EDITORIAL

『サウダーヂ』の特集をした36号が2011年の秋だったので、それから5年を超える年月が過ぎていることになる。前作に勝るとも劣らない、いや前作以上の傑作と言ってもいい『バンコクナイツ』で、再び空族も作品を特集できることは、私たちとっても大変にうれしいことである。

『バンコクナイツ』はタニヤの女性と元自衛隊員の日本人男性のラブストーリーであり、バンコクからラオスへのロードムービーでもあり、この土地の戦争の記憶をめぐる映画でもある。そうした様々な物語が3時間の中に詰め込まれている。その中でも、この映画で流れる音楽が強く印象に残っている。それは、昨年秋の『バンコクナイツ』先行上映の際に行われたライブで、アンカナーン・クンチャイさんたちのモーラムを聴いてしまったからかもしれない。戦いに赴こうとする戦士たちの心を荒ぶらせるかのような、またその旋律を耳にすればただ身体を動かさずにはいられないような、高揚させる音楽がそこにはあった。モーラムに限らずそうした音楽は『バンコクナイツ』の中でもいくつも聴くことができて、そこでは大衆的な音楽や自らの境遇や、身近なことを直接的に語る音楽たち、あるいはタイ語それ自体のなまめかしい響きもある。ただその音を浴びているだけでも楽しく、音楽映画としても見ることもできるのではないか。今回、空族のふたりとともに、スタッフとして参加したMMM、Mr.麿、YOUNG-Gの3人に話を聞けたのもとても楽しい体験だった。

井の頭公園を舞台とする瀬田なつき監督『PARKS パークス』もまた、音楽についての映画である。50年前の若者たちによってつくられた曲を、その孫世代の若者たちが発見し、そこから新たな音楽として生み出してゆく。同じ出処からそれぞれ作られた「PARK MUSIC」は、過去、現在、未来それぞれの別の曲としてバラバラになっていき、最後にまたひとつの曲として一緒になる。「PARK MUSIC」は一度聴くと、まるで瀬田映画の主人公のようにスキップしてくちずさみたくなってしまう。

今年一番の発見となるだろう、小森はるか監督『息の跡』で印象に残るのも、被写体となっている佐藤さんの、音楽のように節をつけて朗読するその声である。陸前高田で種屋を営みながら、自らの体験を英語や中国語の書籍として発表する佐藤さんの行動力にはとても勇気づけられる。佐藤さんの口から言葉が飛び出すとき、震災の後に現れることと、そしてそれ以前からあり続けることがどちらも同じようにあるのだと感じさせてくれる。

また、音楽についての新連載「メタルとは何か」が今号より始まった。多くの人にとってもあまり馴染みがあるとは言えない、この音楽について、安井豊作氏、中原昌也氏を聞き手に迎え、編集部の田中がメタルについて講義をする企画である。メタルに興味のある人もない人も気楽に読んでもらえれば幸いである。

今回、結果的にインタビューが誌面の大半を占めたのも、取材に協力してくれた皆さんと話をする楽しさがあったのはもちろんのこと、いろんな方の声を聴きたかったこともあるのかもしれない。映画の中から音楽が聴こえてくるのように、あるいは街中からふと音楽が聴こえてくるかのように、この雑誌のページをめくるたびにそこに音楽が聴こえてくれるのならば、それはとてもうれしい。