パリ滞在日記6 2013年5月15日(水)

16時からマレ地区のリヴォリ通り沿いにあるカフェ「ラ・タルティーヌ」にてエリーズ・ジラールのインタヴューがあるので、打ち合わせも兼ねてクレモン、槻舘さんとランチ。サン・ジェルマン・デ・プレにあるビストロ「プチ・サン・ブノワ」に行く。ここもかなりの老舗だそうで、かつてはマルグリット・デュラスやセルジュ・ゲンズブールが食事をしに訪れていたらしい。槻舘さんが梅本さんと最後に食事をしたのもここだったらしく、味は普通だが、ここが好きだと言っていたのだそうだ。店の中に入ると、いかにもビストロらしい小ざっぱりとした店内で、デュラスの写真などが飾られている。とりあえずウッフ・マヨを3人分注文し、クレモン&槻舘さんは本日のお薦めポワッソン、僕はビーフのバベット(ステーキみたいな料理)を食べる。たしかに味はいたって普通だが、これくらいの美味さが逆に丁度良い。店内には木でできた書類入れみたいなものが片隅に置いてあり、かつては常連たちの専用ナプキン(デュラスならデュラス専用のもの)が収められていたのだと梅本さんが言っていた、と槻舘さんから教えてもらう。うーむ、さすが梅本さん、そういうちょっとした歴史を感じながら食事をするのは僕も好きですよ。三軒茶屋にある「らんたな」という美味い中華屋があるのだが、そこの店主は昔はダイヤモンド・ホテルや高輪プリンス・ホテルで修行していた、と店主から聞き出した情報を梅本さんに教えると、「高木、もっとそういう記事をnobodyに書いたら?」と言われたことを思い出す。その話をしたのは、大学の研究室掃除で膨大なレ・ザンロックの雑誌をFellowsバンカーズボックスに箱詰めしたあと、秘書の中根さん、隈元くんを交えた4人でランチをしているときだったな。話題はほとんど東京の美味い店の話で、日比谷の「慶楽」だとか、中目黒の「キッチン・パンチ」だとか、渋谷に昔あったうどん屋の話だとかで、気がつくと1時間30分くらい僕たちはおしゃべりしていたのだった。

バベットを平らげたあと、デザートとしてリズ・オ・レ(ラム酒とお米と牛乳を混ぜたお菓子)を堪能。すごくシンプルな見た目で、おかゆみたいでとても美味そうに見えないのだが、ラム酒の風味がほど良く効いており、フランスのデザートの奥深さを実感する。実を言うと、今回僕が食べたウッフ・マヨ、牛肉のバベット、リズ・オ・レというメニューは、すべて梅本さんがここで最後に食べたもの。「なんか梅本さんの最後の晩餐を食べているみたいですな」と槻舘さんに言うと、苦笑いしていた。

ちなみに、なぜ僕は梅本洋一が好きだったカフェやビストロに行っているのかというと、梅本さんが教えてくれる場所ははずれがないから。そして何よりも「梅本さん、あそこの店、美味かったですよ」と話をするのが好きだったからである。大学に入りたての頃、僕にとって梅本さんはとても怖い先生であり、映画の話もまともにできないくらいだったのだが、僕も美味いもの好きという性分もあってか、まずはB級グルメを足がかりにして気軽な話題をつくろうと考え、それが僕もB級グルメ好きになったきっかけだったと思う。まずは横浜の店を「恰幅の良い彼」などの食通サイトを研究室のPCを見ながら教えてもらい、渋谷近辺は「渋谷とっておき!」、あとは食べログで東京のめぼしい店を教えてもらった記憶がある。もちろんネットだけでなくて、梅本さんが昔から食べていた店や、好きなグルメ本にのっていた情報もたくさんあった。入門編として渋谷の「とりかつ」や「コンコンブル」、慣れてくると銀座「三州屋」、京橋の「伊勢廣」など。そういった店をあらかた食べ回ると、最後は神田の鳥すき屋「ぼたん」などなど、気軽に行ける場所から高くて絶対行けないような場所まで梅本さんに教えてもらったが、さすがに「ぼたん」はまだ行ったことがないし、行けるほどの金もない。とにかく、今でもちゃんと営業している店もあれば、もう閉店してしまった店もたくさんある。そんなこんなで、映画を見に行って、安くて美味いものを食べることはいつの間にか僕にとって当たり前の習慣になってしまい、それだけにこの「プチ・サン・ブノワ」のように、まだ僕が未開拓だったパリのビストロのことを梅本さんと話せないが少し悲しい。

エリーズ・ジラールさんはとても良い人で、アクション系映画館の成り立ちや現在の話をとても面白く聞くことができた。nobody次号に載せるので、詳しくはそちらで書くことにしたい。頑張って記事を書かなければ。先ほどのいささか高くついたランチ代を奢ってあげたのだから、クレモンにはテープ起こしを頑張ってもらいたいところ。

夜はポンピドゥーセンターに行き、エンリコにタダ券をもらってアメリカの実験映画監督ナタリ・ドロウスキー(Nathaniel Dorsky)の作品"August and After"、"Song"、"April"を見る。清水宏などについての批評を書いたことのあるセルジュ・ダネーの友人ラファエル・バッサンと話ができ、彼のした仕事についていろいろ聞く。上映後、パリ留学中の須藤さんを発見し、近くのカフェで日本にいる人たちのことやnobody、パリのことについて、しばらく話をする。須藤さん、お疲れ気味のようでしたが、パリで会えて良かったです。

次の日はいよいよカンヌ映画祭に行くので、家に帰りジャン=フランソワとシネマテークのスタッフのアンヌさんからカンヌのことについて色々話を聞いたあと、寝た。パリを離れるのが少し悲しいが、きっとカンヌでも色んな人たちに会えることだろう。