ヴェルナー・シュレーター/フィリップ・ガレル :死を恐れなかった人/死とともに生きた人

 12月の初旬から先月にかけて、パリのポンピゥーセンターでヴェルナー・シュレーターのレトロスペクティブが開催されていた。パリでは2回目ということだけれど、ここまで大規模な回顧展は初めてとのことだ。このイベントにあわせて、フィリップ・アズーリによるシュレーター本(『À Werner Schroeter, qui n'avait pas peur de la mort』)が発売され、フランスでも初!のシュレーターの写真展、舞台設計家あり衣装デザイナーでもあったAlberte Barsacqの展覧会も行われた。上映の際の豪華なゲストーーイザベル・ユペール、ビュル・オジエ、カロリーヌ・ブーケ、イングリッド・カーヴェン・・の登壇もあり、チケット売り出し後、数10分で完売してしまうという回も珍しくはなかった。  

 レトロスペクティブの初日を飾ったのは『La Mort de Maria Maribran』(1971)。華美な衣装、顔の造作をかき消してしまうほどに濃厚にほどこされたメイク、絶えることなく響くマリア・カラスの歌声……顔、顔、顔。最初からその過剰さに圧倒されてしまった。正直に言ってしまうと、パリに来るまでシュレーターの作品を数本しか体験したことはなかった。六十年代から七十年代の作品に関してはほぼ皆無…でも、長い間、ヴェルナー・シュレーターという固有名は私にとって重要な位置を占めていた。今回の特集上映で残念ながら抜粋という形でしか上映されなかった『芸術省』(1988)(フィリップ・ガレル)への出演ーーユスターシュにオマージュを捧げるという名目で制作され、ヌーヴェルヴァーグ以後、ガレルが70年代の作家と呼ぶ映画監督たちが、『ママと娼婦』について、映画制作がいかに困難であるかを語るドキュメンタリーー。日本で何度かこのドキュメンタリーを見る機会を得られたものの、なぜ彼があえてシュレーターを『芸術省』に迎えたのか、数少ない作品からその答えを見つけることは難しかった。だが同時に「70年代の作家たち」という枠組みで語るには、ガレルがだいぶ特殊な立場にある作家だという意識もあった。当時、彼は〈アンダーグラウンドの時代、あるいはニコの時代〉つまり、商業性とは無縁の彼方にいたからだ。これはガレルによって〈70年代作家たち〉とよばれる監督たちとの大きな違いだろう。

 しかしながら、今、ガレルよって選ばれた70年代の作家たちーージャック・ドワイヨン、ブノワ・ジャコー、アンドレ・テシネ、シャンタル・アケルマンーーの誰よりも、彼はおそらく、ヴェルナー・シュレーターに共振していたのではないかという気がしている。たとえば、シュレーターの初期の短編『Maria callas portrat』(1968)『Mona lisa』(1968)『Maria callas singt1957 rezitativ und arie』(1968)を見れば、彼が実験映画から大きな影響を受けていることがわかる。2002年、『Deux』の公開に際してのカイエのインタヴューで、シュレーター自身、はっきりと実験映画作家であるグレゴリー・マルコポーロに影響され映画を撮り始めたこと、シュルレアリズムへの傾倒していたことを語っているだろう。ガレルもまた、ウォーホルに強い影響を受け、Zanzibarに所属し『集中』(1968)『現像液』(1968)『処女の寝台』(1969)を、70年代以後は、ニコと8本の映画を制作した。

 シュレーターの作品は、モノクロでかつ〈無口な〉と形容されたガレルのフィルムとは一見対照的なものとして映るかもしれない。だが、1968年からキャリアをスタートした彼と14歳で処女作を撮ったガレル、出発点の違いはあれど、68年5月以後、とりわけ70年代、通底しているのは同じ感覚のように思える。ミューズを巡って映画を撮ることーーマグダレーナ・モンテズマは、ガレルにとっての二コだ。彼女たちの顔に向かい合い、まったく時代、時間感覚を失った空間で親密さとともに恐ろしいほどの冷酷さを秘めたカメラの前に彼女たちを晒すこと。表現の仕方は異なるにせよ、彼らは同じ方向に向かっていたように見える。そして、70年代の終わり『Le Règne de Naples 』(1978)ーーガレルがシュレーター作品でもっとも美しいと賞賛した作品ーーで、シュレーターは、『秘密の子供』(1979)と『自由、夜』(1983)の混血のような作品を生み出す。自身の生きた時間に帰還しつつ、自身の生きていない時間を映画において生きること。シュレーターはこの作品で、商業映画の世界に降りてくる。そう、そして、まさに時を同じくしてガレルは彼にとって商業映画デビュー作となる『秘密の子供』を制作していた…それは偶然ではないだろう。『Le Règne de Naples 』の上映当日、上映30分以上前から出来た長蛇の列に、フィリップ・ガレルの姿があったことを書き記しておく。