第4回 監督紹介・広島国際映画祭2016 上映作品解説(上)

最後に、改めてディアゴナルの監督たちの経歴を紹介し、広島国際映画祭2016で上映される作品について解説する。今回はヴェッキアリ、トレユー、フロ=クターズ、ジャック・ダヴィラ、そしてディアゴナル製作のオムニバス映画『愛の群島』を取り上げる。

ポール・ヴェッキアリ

1930年、コルス(コルシカ)島のアジャクシオに生まれ、その後南仏のトゥーロンに移る。6歳の時女優ダニエル・ダリューに魅了され、彼女と映画のなかで逢いたいと願うようになったという。エコール・ポリテクニック入学を機にパリに上京。アルジェリア戦争への従軍によって出遅れたものの、ヌーヴェル・ヴァーグ全盛の1960年代初頭からすでに、現在まで続くインデペンデントな映画製作を試みている。同時に批評活動も開始。短期間ではあるが「カイエ・デュ・シネマ」の執筆陣にも加わった。ゴダールの『はなればなれに』(1964)や親友ジャック・ドゥミの映画を思わせる『悪魔の策略』(1965)、ジャック・ペランが美しき死の天使を演じる『絞殺魔』(1970)に続く『女たち、女たち』(1974)は、パゾリーニをはじめ少数だが熱狂的な支持者を獲得した。同じ俳優陣・スタッフによる女探偵ポルノ映画『手を変えるな』(1975)は一般映画として初の成人指定を受けた。1976年に映画会社「ディアゴナル」を設立。翌年その第一作として死刑制度の問題を扱った『マシーン』を発表。以後グレミヨンのメロドラマ映画を現代的に読み換えた『身体から心へ』(1978)、念願のダニエル・ダリュー主演作『階段の上へ』(1983)、キャリア中最大の商業的成功をもたらした『薔薇のようなローザ』(1985)、当時タブーとされたエイズを初めて正面から映画で扱った『ワンス・モア』(1987)など話題作・問題作をディアゴナルから世に送り出す。しかし、1993年の『ワンダー・ボーイ』を機に商業映画の第一線からは後退。2000年以降は、主に南仏の自宅を舞台として超低予算映画を量産するようになった。ロカルノ映画祭のコンペティションに選ばれた『埠頭で明かした夜』(2013)はヴェテラン復活を広く印象づけた。最新作は『劣等生』(2016)。

『女たち、女たち』、『階段の上へ』、『劣等生』
今回の広島国際映画祭では、1970年代と80年代それぞれの代表作が1本と最新作、合わせて計3本、ヴェッキアリの長編が上映される。古い方から解説しよう。

『女たち、女たち』はディアゴナル結成の導火線となった作品。ヴェッキアリの代表作であり、現在では1970年代フランス映画の傑作とされている。本作をムルナウやドライヤーに匹敵すると激賞したパゾリーニは、主演のエレーヌ・シュルジェールとソニア・サヴィアンジュ(ヴェッキアリの実姉)を、同じ役柄でそのまま『ソドムの市』(1975)に出演させた。パゾリーニはヴェッキアリに、「映画監督とはあなたのような人だ。それに比べれば私は作家。だから私の脚本、あなたの演出で一緒に映画を撮ろう」と語ったという。
脚本は監督自身と、友人の批評家ノエル・シムソロ(Noël Simsolo、1944~)の共同執筆。シムソロはヴェッキアリの次作『手を変えるな』やトレユーの『公現祭』(1990)でもシナリオを担当。映画史家・小説家でもあり、ディアゴナル作品や近年はジャン=ピエール・モッキーの映画に俳優として出演するシムソロは、1990年にディアゴナル製作で長編スリラー『悪夢』を監督している。『女たち、女たち』ではシムソロらディアゴナルのメンバーが奇妙な脇役を演じたり、スタッフとして製作に参加している。
本作の主役は、モンパルナス墓地に面したアパルトマンで暮らす二人の中年女優。酒浸りで引きこもりの彼女たちが抱える、仕事と私生活両面での満たされぬ思いを描く。公開当時の或る上映会で、「政治的」な映画を期待する「進歩的」な観客に向かってヴェッキアリは、失業した女優の映画を失業した女優で撮ることこそ革命的ではないかと言い放ったという。酔うことと演じることが似ているという真実を、これほど見事に捉えた映画もないだろう。破天荒な作品ではあるが、西洋古典音楽の変奏曲形式に則ったという緻密な構成にも御注意いただきたい。その「主題」となるのは、冒頭の名人芸的長回しである。
撮影のジョルジュ・ストルヴェ、録音のアントワーヌ・ボンファンティ、音楽のロラン・ヴァンサンはヴェッキアリ映画になくてはならない面々。本作の公開された1974年には、やはり二人の女性を主人公とした『セリーヌとジュリーは舟でゆく』(ジャック・リヴェット監督)が封切られている。

『階段の上へ』は、ヴェッキアリが映画監督を志す動機となった女優ダニエル・ダリューを主演に迎えた念願の企画。そこで演じさせたのは、彼自身の母親に当たる人物だった。第二次大戦中のドイツ占領期から戦争直後にかけてヴェッキアリ家に降りかかった実話を基に、戦中戦後のフランスの歴史と欺瞞を、過去と仮想未来を往復する複雑な構成で語る。ダリューのフィルモグラフィーのうえでは、『自殺の契約書』(1959、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督)で演じた夫の復讐を計画する妻という役柄に重なるが、彼女自身の占領期の伝記的事実、特にドイツの捕虜となった夫の解放と引き換えに参加したと言われる1942年のベルリン旅行をめぐる経緯も踏まえているだろう。オフュルスが早逝した後、引退も考えたダリューにとって、ヴェッキアリとの出会いはジャック・ドゥミとのそれと並んで重要なものだったという。
20世紀フランス映画史きってのスター女優を、最も熱烈な賛美者がどのようにフィルムに収めているか。エンディングでダリューが見せる取り乱した姿は、1930年代初期に映画デビューして以来の、知的で明るい彼女のイメージとはだいぶ異なるものであり、見方によっては残酷な演出とも言える。共演者のなかでは、美しいカラー映像のフランソワーズ・ルブランに御注目いただきたい。公開時、『カイエ・デュ・シネマ』の批評家シャルル・テッソンは本作を歴史修正主義的だと厳しく批判したが、皆さんはどうお考えになるだろうか。

2000年代以降、齢70を超えてヴェッキアリの映画作りは過激さを増す。簡素、あるいはチープとも言える映像と複雑な人物構成やプロットという組み合わせは、退屈する向きもあろうが、想像を巡らせ、画面から様々な物語を読み取ろうとする観客への挑戦とも言える(『女たち、女たち』の主人公二人のうち、一方が片方の妄想だとするような読解可能性をヴェッキアリは積極的に奨励している)。原題「cancre」は「cancer」、すなわち癌のアナグラム。
実に約40年ぶりに『女たち、女たち』の脚本パートナー、ノエル・シムソロと組んだ最新作 『劣等生』は、監督自ら演じる主人公ロドルフが幼き日に憧れた女性マルグリットを探すため、かつて親しんだ女性たちを訪ねるという『舞踏会の手帳』の男性老人版。彼の打ち明け相手となる息子ローラン役は、ローラン・アシャール作品の主演俳優として知られ、『埠頭で明かした夜』以来ヴェッキアリ作品に連続出演中のパスカル・セルヴォ。アシャールはヴェッキアリが誰よりも期待するフランス人映画監督であり、本作でのセルヴォの役名も彼に由来するだろう。ギゲやフロ=クターズの助監督を務めたアシャールはディアゴナルの最も偉大な後継者であり、特にビエット(とイギリスのビル・ダグラス)を思わせる作風で知られる。『劣等生』は、アシャールの「被造物」セルヴォをヴェッキアリが自分の世界に迎え入れた一本と言える。
しかし本作の一番の魅力は素晴らしい女優陣だろう。フランソワーズ・アルヌール(『フレンチ・カンカン』)、エディット・スコブ(『顔のない眼』)、国民的歌手アニー・コルディ、フランソワーズ・ルブランやマリアンヌ・バスレールといった、かつてのヴェッキアリ映画の主演女優、そして別格の存在としてカトリーヌ・ドヌーヴ。格が違う理由は、スターとしてのオーラや役柄──むろん、彼女こそマルグリットである──だけでなく、巧みな演出や構成にもあるのだが、その詳細はぜひスクリーンでお確かめいただきたい。

Paul Vecchiali

短編

1962 Roses de la vie (Les)
1963 Récit de Rébecca (Le)
1967 Premières vacances (Les)
1972 Jonquilles (Les)
1978 Maladie
1982 Archipel des amours (L'): Masculins singuliers(『愛の群島』より『複数の男性単数』)
1984 Barnufles (Les)
1987 Avec sentiment
1994 Terre aux vivants (La)
1996 Amour est à réinventer (L'): Les Larmes du sida
2014 Cérémonie (La)(『儀式』)

長編

1965 Ruses du diable (Les)(悪魔の策略)
1970 Etrangleur (L')(絞殺魔)
1974 Femmes femmes(『女たち、女たち』)
1975 Change pas de main(手を変えるな)
1977 Machine (La)(マシーン)
1978 Corps à coeur(「身体から心へ」)
1980 C'est la vie
1983 Coeur de hareng [TV])(「パリ、17区」)
1983 En haut des marches(『階段の上へ』)
1984 Trous de mémoire(記憶の穴)
1985 Rosa la rose, fille publique(「薔薇のようなローザ」)
1987 Encore (once more)(ワンス・モア」))
1988 Café des jules (Le)(やくざたちのカフェ)
1988 Front dans les nuages [TV] (Le)
1993 Wonder boy - De sueur et de sang(ワンダー・ボーイ)
1996 Zone franche
1998 Victor Schoelcher, l'abolition [TV]
2003 A vot' bon coeur
2004 Et + si @ff
2005 Barereback (la guerre des sens)
2006 Et tremble d'être heureux
2007 Humeurs et rumeurs
2009 Gens d'en bas (Les)
2011 Retour à Mayerling
2013 Nuits blanches sur la jetée(埠頭で明かした夜)
2013 Faux accords
2015 C'est l'amour
2016 Cancre (Le)(『劣等生』)

*『』は広島国際映画祭2016上映作品。「」は日本国内で以前に特別上映、またはソフト化された作品。()は連載中で触れた作品。

マリー=クロード・トレユー

1948年トゥールーズ生まれ。同地で哲学を学んだ後パリに上京、1968年の争乱を目の当たりにする。学生運動に共感し共産党に入党。70年代にジェラール=フロ・クターズの知遇を得て雑誌『シネマ』に寄稿。彼を介してヴェッキアリをはじめ、後のディアゴナル・メンバーとも交流するようになる。『身体から心へ』でヴェッキアリの助監督を務めた後、自らの体験談に基づく『シモーヌ・バルべス、あるいは淑徳』(1979)で監督デビュー。女優としてもディアゴナル作品に度々出演する。監督作としては、中世の民話をオムニバス形式で語った『月を飲み込んだロバ』(1986)、ダニエル・ダリュー、ミシュリーヌ・プレール、ポーレット・デュボスト(『ゲームの規則』のリゼット役)という三人の大女優を起用し、公現祭に集まった姉妹たちの人間模様を描いた『公現祭』(1990)、長年の友人の間に生まれた不信をテーマとした『良心のささやかなる疑懼』(2001)などがある。2000年以降は主にドキュメンタリー映画の分野で活動。クラシックの音楽家たちの働きぶりを追った三部作はフランスでDVDが発売され、そのうち『合唱団の変容』(2003)は「合唱ができるまで」という邦題で日本でもソフト化された。ヴェッキアリとともに数少ないディアゴナル組の生き残りである。

『シモーヌ・バルベス、あるいは淑徳』
眼したのはヴェッキアリによってであり、彼を通して映画のすべてを学んだと彼女は語る。そんなトレユーの作品には、よい意味での素朴さがある。ディアゴナル映画全体の特徴でもある形式上のアルカイスムが、より純粋な形で見出されると言ってもよい。それは、彼女が愛するパニョールの映画においてそうであるように、俳優たちの声や話し方の魅力、あるいは会話が交わされる場の空気を伝えることに貢献する。「私が1935年から45年の映画で好きなのは、ドラマトゥルギーではなく会話だ」とトレユーは公開時のインタヴューで述べている (註1)
日刊紙「リベラシオン」などで活躍した批評家ルイ・スコレッキが「あやまって言葉を覚えてしまったグリフィス的映画」と評した本作は(註2)、ポルノ映画館で案内係として働く同性愛者の女性に起こった一夜の出来事を三部形式で描く。第一部の映画館の場面ではスクリーンや劇場内は映らず、喘ぎ声だけが聞こえる。ポルノの監督を演じるノエル・シムソロがおかしい。最後に登場する「ナンパ師」役のミシェル・ドラエ(後述)は本作の脚本にも協力している。巧みに配置された音楽も効果的。
主人公シモーヌ役のイングリット・ブルゴワンも、やはりディアゴナル作品ではお馴染みの女優。スコレッキも指摘するように彼女は、日本ではとりわけマルセル・カルネの映画で知られる女優アルレッティを思い起こさせる。彼女の容姿、特にその眼差しや声は、古くからのフランス映画ファンには『北ホテル』(1938)や『陽は昇る』(1939)の記憶を喚起するだろう。ジャン=イヴ・エスコフィエのカメラが見事に捉えた夜のパリにも、1930年代詩的レアリスム映画の雰囲気が横溢している。彼はこの5年後、レオス・カラックスの『ボーイ・ミーツ・ガール』(1984)で同じ課題に取り組むことになる。

Marie-Claude Treilhou

短編

1982 Archipel des amours (L') : Lourdes, l'hiver(『愛の群島』より『ルルド、冬』)
1988 Gaby, artisan charcutier

長編

1979 Simone Barbès ou la vertu(『シモーヌ・バルベス、あるいは淑徳』)
1982 Une sale histoire de sardines
1985 Il était une fois la télé
1986 Âne qui a bu la lune (L')(月を飲み込んだロバ)
1990 Jour des rois (Le)(公現祭)
12000 Au cours de musique
12001 Un petit cas de conscience(良心のささやかなる疑懼)
12003 Métamorphoses du choeur (Les)(「合唱ができるまで」)
12007 Couleurs d'orchestre

【註】

  • 1. «Entretien avec Marie-Claude Treilhou», Cinéma, n°255, mars 1980, p.56.
  • 2. Louis Skorecki, Les Violons ont toujours raison. Chroniques cinématographiques, 1998-1999, Presses universitaires de France, 2000, p.250.

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