——『いたくても いたくても』は画のつくり方やカメラアングルが非常に特徴的です。それはこの作品がスタンダードサイズで撮られていることもひとつの理由だと思うのですが、カメラマンとはどういったやりとりの中で決まっていったのでしょうか。

堀江:カメラマンは謝君謙という中国人の女性で、『電波に生きる』に続いて撮影を担当してくれました。最初は彼女と家のロケハンだったんですが、まず玄関を入ったところの手前がL字型のキッチンとダイニングスペースで、奥の居間に至るまでが縦に連なった間取りでした。横幅もかなり狭い日本家屋だったんですが、そこでふと君謙が「スタンダードで撮りたい」と言ってきたんです。それは横長よりも4:3に近いスタンダードのほうがこの家屋を撮ることに合ってると思ったようで、カメラマンの特徴を考えてみても僕なりに納得できた部分でした。それにこの映画のテーマがそれぞれの俳優の顔を単体で撮っていくことでもあったんで、僕もカメラマンの意見にひとつ乗ることにしたんです。

——物語の後半で葵が実家を出たあとに、居候の星野が縁側に座って煙草を吸っている場面があります。星野を演じる嶺さんは最初からフレームの中央よりやや右に座ってお芝居を始めますが、ああいった全般的なフレームの中の立ち位置はカメラマンやモニターを見ながらの指示だったのでしょうか。

堀江:そういう指示はしてないですね。厳密に「ここに座ってください」とかは言ってません。ただ家周りに関しては、初日と2日目の撮影でかなり時間をかけました。脚本も1シーンがだいたい5ページ近くだったんですが、1シーンの中で俳優たちの感情の浮き沈みを捉えることがこの映画の狙いだったんで、1シーンを撮るだけでも段取りやお芝居のテンポにはすごく時間をかけました。

嶺:僕も自分でモニターを覗きに行ったりはしなかったんですけど、普段よりもフレームサイズが狭いことは意識してました。ただ立ち位置に関してはとくに細かい指示もなくて、「この映画はこういう世界なんだな」って感じながらやってましたね。最初のランニングシーンも澁谷さんと走りながらおたがいの距離感を確認したり、その映画の中の空気みたいなものを掴んでいったというか。

——煙草を吸っている縁側のシーンは星野を捉えるカメラポジションだけでなく、葵が自宅を出て行ったことを告げる彼女の母(大沼百合子)とのやりとりの中で、突如として星野が泪を流す重要な場面ですね。

嶺:脚本をもらったときから、自分の境遇と似ている部分があったんです。その当時付き合ってた彼女ともあんまりうまくいってなかった時期だったし、同棲を解消されたことも映画の中の星野とシンクロしちゃったんですね。泣く予定もシナリオにはなかったんですが、それで何だか泣けてきちゃって……(笑)。

堀江:嶺さんから「泣いちゃったら泣いてもいいですか」って言われた覚えはあります(笑)。でもそれは「もちろん、そういう気持ちなら泣いて良いですよ」と。だから僕もカメラが回って嶺さんが泣いたときはグッときましたね。実はそういった瞬間がこの場面のほかにもうひとつあって、それは葵が家を出て行くときに離婚したころの話を母親の愛子に尋ねるシーンでした。愛子が「(夫とは)もう一緒にお風呂に入れないなあって後悔した」っていうセリフを聞いたときに、この映画は大丈夫だなって確信した部分ではあります。

嶺:『電波に生きる』のときもそうだったんですけど、やっぱり『いたくても いたくても』は脚本がすごいですよね。とくに僕は女性が話す言葉に対してすごく身に詰まされたというか、「普通に言われたことあるなあ」っていうドッキリな瞬間がかなりありました。

堀江:そこは脚本を一緒に書いてくれた木村孔太郎の力が大きかったんだと思います。初稿は僕が書き切ってプロデューサーに見せたんですが、自分の世界に入りすぎていることを指摘されたので、木村に手を貸してもらってもう一度彼に書いてもらいました。

嶺:女性の気持ちってわかりきれないところがあるじゃないですか。いつ戻ってくるのだとか、すぐに戻ってきたみたいなこともあるし。自分が女性の気持ちに鈍感ってわけではないと思うんですけど、「わかるわー、けどどうすればいいんだろー」みたいなことを脚本を読みながら感じてました(笑)。

©東京藝術大学大学院映像研究科

堀江:そういう感情は映画の中の嶺さんの表情にも出てますよね(笑)。

嶺:僕自身はちょっと面倒くさがりな部分もあって、女性に対しては「それさっきも言ったろ、もうええど、寝よう(もういいから、寝よう)」みたいにすぐ言っちゃうんです(笑)。でも脚本を読んで、基本的に女性のほうが男性より強い生き物だなあとつくづく感じましたね。

——嶺さんは以前「NOBODY ISSUE43」の中でお話を伺ったときに、日常と映画を分けるのでなく、映画の中で生活しようと意識することで演じることの何かが生まれるんじゃないかとおっしゃっていました。昨今は俳優としてさまざまな映画に出演されていらっしゃいますが、そういった俳優としてのたたずまいや在り方を維持するための秘訣はあるのでしょうか。

嶺:たしかにメソッドというか、色んな役づくりの方法があると思うんです。たとえば脚本を読み込んで役づくりをする人もいるし、ちょっと早くからロケ地に住み込んでその土地のことを知ることで役づくりをされる方もいると思います。僕はどこに行ってもなるべく撮られる場所に溶け込みたいと思うんで、そういう意味では1ヶ月くらい先に泊まり込んで、周りとの関係性をつくるところから入るやり方のほうが近いですね。そうすることで脚本だけでは想像できないものが降りてきて、現場でカメラが回ったとしても実際には何もない感覚を得られるというか。撮影が終わったら映画の時間はそこで終わっちゃうんですけど、そういった魔法の時間さえも自分の生活だと思いたい気持ちはつねに持っていたいですね。

取材・構成:隈元博樹
写真:白浜哲
2016年11月20日、溝の口

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