プライドの高い音楽

『バンコクナイツ』©Bngkok Nites Partners 2016

——僕もアンカナーン・クンチャイさんやポー・チャラードノーイ・ソンスームさんたちが来日したときのライブをYCAMで見てかなり興奮して踊りまくってしまったんですけど、イサーンの音楽って独特ですよね。あんまり聴いたことがないタイプの音楽というか。

宇都木:「TRIP TO ISAN」の中でも書いたんですけど、もともと東南アジアの音楽はだいたい7音階だったらしいんです。それが西洋の音楽が入ってきたときに7音階を捨てて12音階になってしまったんですね。70年代のイサーンのアーティストが凄いのは西洋の楽器を取り入れたけど7音階のまま取り入れてあくまでイサーンの音楽を発展させようとした点です。もちろん12音階にしたアーティストもいますけど。僕らも最初はそれを知らないから音階がずれてるのを聴いて「このヘタウマなのがかっこいいんだよね」とか「ラフなのがクールなんだよね」とか言ってました。それが彼らにインタヴューしていくと全部計算されてたことがわかった。他と一緒だったらつまらないじゃんって。それは衝撃でした。

高木:イサーン音楽に飽きなかったのはそこが大きいかもしれないですね。西洋と同じ音階になってしまったアジアの音楽とか聴いててもすぐに飽きちゃうんです。

——イサーン地方の人たちは植民地にならないために戦ってきた歴史があって、そのことが大きいんじゃないかというのはインタビューしたときに富田監督も言ってました。

高木:特にラーオ人はそうですよね。イサーンの伝統楽器であるケーンは闘争心を掻きたてる音色なので禁止されたことがあるんです。音もプライドが高い。すごい雑に言っちゃうと、パンクミュージックとかレベル・ミュージック。

宇都木:東南アジアの他の国のレコードも僕ら好きで買うんですけど、イサーンの音楽ほどのめり込まないのはやっぱり植民地なんです。そのことがわかってくると、どんなにブレイクがあったりファンキーな音楽でも西洋の音楽に近ければ僕らの中では興味が薄れていきました。そういった音楽のレコードはDJではウケやすいからもちろん上手くセットに混ぜて使いますけど(笑)。でもやっぱりイサーン人の反発心というか、それがめちゃくちゃかっこいいのでそれをプレイしたいですね。
インドネシアでもミャンマーでも西洋の音楽ではないグルーヴを僕らは求めているんです。

——イサーンの音楽がプライド高いというのはすごくわかる気がします。この本のインタヴューを読んでいても、みなイサーン人であることや自分たちの音楽にすごく誇りを持っていますよね。

宇都木:ペット・ピン・トーン楽団を率いていたノッパドン・ドゥアンポーンという人がいるんですけど、彼は絶対に白人とか華僑にライセンスを売らないんです。タイ人の華僑に売ることすらこの人は嫌がっている。彼のインタヴューを読むとわかるんですけど、本当のDIYで全部自分たちでやっているんですね。インディーレーベルで最強にかっこいい音楽をやっている人なんです。いまのタイの若者はノスタルジーとかエキゾブームで簡単に伝統楽器にドラムやベースとか混ぜたりしたりしているんですけど、それはこういう人たちが作ってきたものとはちょっとベクトルが違う。

高木:タイの楽器を使っているだけで植民地の音楽みたいになってるんです。

宇都木:彼らの気持ちはわかるけど、7音階とかそういうのとかやってたアーティストを知っていると、安易すぎるし西洋に迎合してるという感じがします。

高木:最近、僕らタイの音楽が好きな日本人ということで、タイのバンドからすごい売り込みが来るんですけど、たいがいがつまらないです。いまタイの子が送ってくれるサンプルって日本人でも作れる。でも、70年代のイサーン人アーティストたちが作ってたものは絶対日本人じゃ作れないです。

——僕も実際にライブで聴くまでは、踊れる音楽だと思ってなかったのでびっくりしました。こんなに激しくて、かっこいい音楽なんだとは考えもしませんでした。

高木:それはやっぱり日本のこれまでの見せ方もよくなかったんだと思うんです。文化的に見せないと支援援助金が下りないということもあって真面目に勉強しましょうというのがあったと思います。文化保存という見せ方に結構こだわった気がします。

宇都木:ただ僕らはそれをやりたくなかったので、boidの樋口さんにいろいろ無理言ったりしてアンカナーンさんやタイの人間国宝のポーさんたちを呼んだんですね。

高木:実際、モーラムもタイで見るとクラブと同じですよね。アンカナーンさんが歌ってる目の前で乱闘とか起こっていて。ジャンキーとアル中しかいないみたいなそういう世界。それをみんなで座って鑑賞しましょうというのはできないですよね。あのときもみんなのビザを通すのがすごい大変でした。椅子に座って聴くスタイルにすればビザは取りやすいんです。それがスタンディングにしてアルコールが飲めるとなると興行になって一気に壁が高くなる。でも、みんなで座って見ても全然楽しくないじゃないですか。その伝え方をしていたら若い子がたぶん興味を示さないと思ったんです。クラブに行くみたいにやりたいというのがありました。一番はちゃんと娯楽に持っていきたかったんです。

『バンコクナイツ』

——『バンコクナイツ』を見たときに、やっぱり音楽がかっこいいというのが最初の印象としてありました。Soi48のおふたりが『バンコクナイツ』でした役割はかなり重要だったと聞いています。そもそものところ、空族と知り合いになったのにはどういう経緯があったのでしょうか。

高木:2010年にアンカナーンさんを僕らのイベントに呼んだときに、ふたりがそのチラシをどこかで見たらしくて僕らのイベントに来てくれたみたいなんです。そのときに僕らアンカナーンさんが歌う前にモーラムって何かをスライドを使って説明したんです。その方が楽しめると思って。そうしたらふたりはそれに感動してくれて、すげえ変な奴らがいるみたいなことを樋口さんに言ったみたいです。それで樋口さんがつないでくれました。会ったらすぐ意気投合して、音楽を紹介してほしいということで『バンコクナイツ』の脚本を渡してくれました。それで、こういうシーンやるんだったらこういうバンドがいいですよとか、ここで説教をするんだったらアンカナーンさんにモーラムしてもらったらいいんじゃないですかといったことを提案しましたね。

宇都木:Soi48にも協力してもらいたいからちゃんと読んでほしいと脚本を渡されたときに、本当にちょっと感動しました。パンチの効いたセリフがポンポンあって、言いたいことが全部書いてあった。この人たち面白いなと思って。だから、一緒にやろうと言われたときは嬉しくて何でも協力するので一緒にやりましょうと。

——『バンコクナイツ』では何曲もイサーン音楽が流れていますが、これらの曲はイサーンの人たちはみんな知っている曲なんでしょうか。

宇都木:エンディングテーマはアンカナーンさんの歌っている「イサーン・ラム・プルーン」という曲なんですけど、あれはかなり知られていると思いますよ。

高木:イサーン人だったらほとんど知ってますよね。何十回もカバーされてる。

宇都木:あの曲は『ブアラムプー』(1971)という映画の主題歌だったんですね。ルークトゥンというジャンルとモーラムというジャンルを混ぜて、初めてヒットした歴史的にも革命的な曲なんです。それを40数年ぶりで空族が映画で使った。

高木:それが面白いですよね。他の曲でいうと、バイクのシーンでかかるクワンター・ファーサワーンの「憎っくきモーターサイ」はほぼ知らないと思います。あれはカセットだけでCDにもなっていないんです。若い子はほぼ知らないと思います。

宇都木:あんまり有名じゃないのはその曲くらいですかね。その当時だけ流行ってた一発屋的な曲なので。ダオ・バンドンの「パイプよパイプよ」は結構有名な曲です。この曲は空族のふたりにサンプルを送ったときに、歌詞を見てすぐに使うって連絡が来ました。相澤(虎之助)さんが選曲した「君を買い戻す」とかのプア・チーウィットの方も国民的な曲ばかりです。だから、タイ人が見たら自分たちが知っている曲がこんなに使われているのでびっくりするんじゃないかな。『バンコクナイツ』にはイサーンへのリスペクトがあるし、ちゃんとわかっている人が作っているんだってイサーンの人にも気付いてもらえると思います。

高木:クン・ナリンズ・エレクトリック・ピン・バンドに関してはたぶん誰も知らないというくらい知られていないです。そこら辺の街のローカルバンドなんで。

『バンコクナイツ』©Bngkok Nites Partners 2016

——クン・ナリンズ・エレクトリック・ピン・バンド、めちゃくちゃかっこいいですよね。電気ピン、最高です。彼らの出ているシーンを使ったNOBODY46号の表紙も気に入っていただいたということでありがとうございます。

高木:脚本を読んだら得度式があるというシチュエーションだけが書いてあったんです。得度式をやるんだったらめちゃくちゃかっこいいバンドがあるので絶対呼んだ方がいいですよって、動画や音源をいっぱい送りまくってプレゼンしました。そうしたら、これはいいよと言ってくれて採用してくれて。あのシーンができたんです。

宇都木:これは衝撃ですよね。サウンドシステムを押しながら演奏して。しかも、結婚式とかじゃなくて出家だし。

——「TRIP TO ISAN」の中でもクン・ナリンズ・エレクトリック・ピン・バンドが出家儀式で演奏するところにおふたりが参加したときのことが書かれてますけど、彼らはあのスタイルで2時間とかぶっ通しでやるわけですよね。

高木:2時間どころじゃないです。だいたい朝6時か7時くらいから始まって、出家する人が剃髪したりお祈りしている間もずっと演奏しています。出家する人たちがお昼を食べているときだけ休んで、それ以外はずっとです。大体4、5時間くらい。

宇都木:こういう音楽が映画映えするとは思っていましたけど、撮ろうと思う人がまずいないじゃないですか。よくわからない白人とかにエキゾチックな視点で撮られたらムカついたから、空族が撮ってくれて本当に良かったと思います。しかも、これ面白いのはもともとイサーンの文化だからイサーン地方だけで行われていたんです。それがこのスタイルがクールだとなって、いまだと南の方でも同じスタイルでやるようになってます。

高木:ひとつのタイですから。簡単に言ったら、イサーンというのはタイの中に大きい別の国があるというのに近いかもしれないです。もちろん人種が混ざり合って薄くなってきていますが。

——ただの田舎ということではないわけですね。

高木:バンコクとイサーンだと言葉がまず違います。ご飯もイサーンはそれだけじゃないけど、もち米が多い。バンコクは普通の米なんです。あとはイサーンの方が料理も辛いです。人種もすごく大雑把に言うと、中国人とラオス人という違いがあります。バンコクは華僑が多く中国人。イサーンはラオス人、イサーンの下の方ならクメール人もいます。

宇都木:空族の凄いところというのは、今までそういうことって東南アジアを研究している人たちくらいしか分けて考えなかったことなんです。それが『バンコクナイツ』で描かれているということですよね。
タイの音楽にしたって、今の音楽も古い音楽もポップスも何でもひと括りにされてこれまで語られてきていました。ロックにしたっていろんなジャンルがあって、欧米の音楽だったらちゃんと研究して体系的に語るということをみんなやっているのに、なんでタイの音楽ではやらないのというのはすごい思いますよね。この本を作るにあたってそこをちゃんと区別しないと始まらないでしょっていうのはありました。

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