冨永昌敬 インタヴュー 前編
聞き手・構成:大寺眞輔
   
現在、シネマ・ロサ(池袋)にて絶賛公開中の『亀虫』(「亀虫」シリーズ)の監督、冨永昌敬監督のインタヴューを掲載します。『亀虫』はもちろん、これまでの作品の撮影秘話も語られています。
『亀虫』はシネマ・ロサにて連日21:00よりロードショー中。なんと21日まで!皆さん、いますぐ池袋へ出かけましょう。
シネマ・ロサ→http://www3.ocn.ne.jp/~rosanet/
 
──今、自主映画の世界でお互いの交流とかってあるんですか?
 
冨永 最近何人かの人とちょっと会ったぐらいですか。仲間内でやるときは、もちろん話しますけど。仲間内って今言っているのは、同じ日芸の映画学科という範囲なんですけど、ここだと昔から仲良いから、お互いが何かやるときは行きます。そうじゃなく、最近知り合った他のところで自主映画やっている人たちとの交流は、ほんとに薄いですね。
 
──僕らのときも基本的にはあまりなかったと思うけど、早稲田のシネ研が上映会やって、稲川方人さんとかをゲストに招いて、そこから色々な人と知り合って、という流れは個人的にありました。もともと日本では、互いの作品を批評したりとかあまりないし、外に開かれる回路が非常に限られている。だから、その限られた通路の傾向と対策を考えて、みたいな話もまた出てきてしまうんだけど、その意味では、今回みたいに青山真治や阿部和重がプッシュしてくれるような機会と巡り会ったのは、本当にラッキーだったよね。
 
冨永 あの水戸の映画祭はラッキーとしか言いようがなかったですね。1年違ったら賞はもらえなかったかもしれないし。僕が行ったときの前の年は、黒沢清さんと武藤起一さんが審査員だったみたいですが。
 
──『亀虫』は面白いよね。
 
冨永 『亀虫』が一番評判いいんですよ。
 
──そうでしょ。『亀虫』が面白いって言われるのは、不本意なんですか?
 
冨永 いや、不本意っていうか、そんなもったいないお言葉をっていうか(笑)。手抜きという訳でもないんですけど、もちろん撮っているときは一生懸命撮っているんですけど、それでも、あれは無理をしてまで作るもんじゃないって決めているんです。みんなで約束して。だからしんどくなったらやめることにしました。2話目なんか、何で4分になっちゃったかっていえば、その日、「面倒くさい、もうこのへんでやめておこう」って誰かが口にしちゃったものだから。
 
──あれは、全作品一日で撮っているんですか?
 
冨永 1話目と2話目は一日で撮って、ただ2話目は、だから短くなり過ぎちゃったので、3話目は取り戻そうってことでちょっと時間をかけました。4話目をこの前撮ったんですけど、今みんな忙しくてだるいから、二日かけてのんびりやろうって(笑)。
 
──あまり厳密に規則を決めている訳じゃないんだね。
 
冨永 そうですね。手は抜かないけど、頑張らないっていう感じですね。
 
──台詞とかは、あらかじめ書いているんですか。
 
冨永 書いてません。その場で決めて喋ってもらってます。ちゃんと書いているのは、ナレーションだけですね。撮影のときに台詞がなくて、話がすごく不明瞭になっている部分をナレーションで埋めたのが最初です。それまでは、どうもナレーションって嫌いだったんですけど、『亀虫』でどうしても必要があったのでやってみたところ、その後は、入れるのが楽しくなったんです。
 
──『亀虫の兄弟』の最初がナレーションで始まるよね。『VICUNAS』もそうだけど、言葉の自然なリズムや遠近が崩れた形で意図的に処理されてる。
 
冨永 あれは、もともと間を詰めなければ普通につながるんですけど、それを詰めちゃったから。要するに、物理的にスペースが足りなくなって混雑している状態なんです。で、そういう状態では、遠近をつけないと重なった声が聞こえにくいから、それを配慮して台詞の距離を変えています。同時に喋る時には、こっちは左からで、こっちは右からという風に振り分けてみたり。
 
──何回か台詞を取って、マルチチャンネルで処理したりとかはしていないの?
 
冨永 『テトラポッド・レポート』でやってみました。途中、登場人物の女性が一生懸命演説する場面があるんですけど、あれは何テイクも録ってつなぎました。あそこはもう、最初からジャンプカットにするって決めていたので、割り切ってやったんですけど。
 
──ジャンプカットは、『亀虫』にもあるよね。
 
冨永 そうです。『VICUNAS』では、一応アングルを変えたりしたので、ジャンプはやってません。まったく同じポジションから、同じアングルで、同じ構図で、同じサイズでのジャンプを始めたのは、『亀虫』の一話目からですね。あんまりやると、ちょっとみっともない感じもするので、気を付けるようにしてますが。
 
──音は、全部同録ですか?
 
冨永 同録です、はい。『亀虫』は、テイクもあまり録ってません。あの作品は、会話があまりないんですよね。例えば『亀虫の妹』なんか、会話が一切ないですから。女の子が電話で喋るのと、ぼそっと独り言を言う以外は全部ナレーションです。だから、ナレーションを頑張って書かないと、何が起こっているのかたぶん観客には分かりにくいだろうと。そういう心配からナレーションを使うことにしました。『VICUNAS』の場合は、一応台本を書きましたから、会話の映画になっちゃいましたし、『テトラポッド・レポート』でも、一応台詞は書いてます。それに比べると、『亀虫』の場合は、まあ、こういう流れになるから何か喋ってみてよって感じで進めてますね。
 
──台詞上手いよね。
 
冨永 あれは、役者の貢献も大きいんです。『亀虫』の場合だと、主人公が自分がやりたいキャラを勝手にやってくれてるから、だからもう好きにやって良いよと、責任もって勝手にやってくれって言ってます(笑)。
 
──ナレーションは、どの段階で決めるんですか?
 
冨永 撮影の後ですね。撮り終わって、ラッシュ見るじゃないですか。そこで、これはたぶんこういう話として見せることができそうだなって先に見当つけてから、そこに導くための言葉を補うことを考えて、こういう台詞を喋らせるから、それを入れるためのスペースを編集で作るという順番です。
 
──『亀虫の妹』だと、ちょうど主人公がその部屋に引っ越してきたって設定で、窓から外を見て、「飯を喰う、金を借りる、エビを喰う」と。あれは最初から書いてないとできないよね
 
冨永 そうです。あれは実際に、あの子があの部屋に引っ越したんですよ。それで「引っ越したから見に来る?」って誘われたので、見に行って、窓をがらっと開けたら「あ、ガスト」って(笑)。目の前に、ガストとアコムとレッドロブスターがほんとに並んでたから、これはちょうどいいじゃないか、何と良くできた街だって話になって(笑)。ほんとうは目白通りを挟んでこっち側にカーウォッシュもあったんですよ。あれも笑えるなと思ったんですけど、でもカメラをそっちに振るには、ちょっと動きが面倒なことになってしまうので、諦めました。
 
──猫、映ってたね。
 
冨永 あれは、近所に住んでいるお兄ちゃんが出かけるから預かってくれって言われて。で、撮影中にカメラを下に振ったらちょうどそこに居座ってて、しかもカメラの方を抜群のタイミングで振り返ったから、じゃあ猫も登場させなきゃってことでナレーションで適当に説明して、話自体を後から付け加えたんです。
 
──そういう即興性が面白いよね。あの猫はすごい。やろうと思ってできないし。あと、『亀虫の妹』は、ずっと抑えた色で統一してあって、最後だけ絵画的にレタッチした感じになるよね。
 
冨永 あれは最初から決めてたんですよ。撮影したのが三月末だったんですけど、ちょうどイラク戦争の報道をテレビで見てると、レポーターがバクダッドから中継でしゃべっていて、その後ろで「ババン!ババン!」って銃声が聞こえるのがかっこいいと思ったんです。これは『亀虫の妹』で使おうって決めて。最後に外を歩かせて、目白通りで戦争が起こっている設定にしようと。ただ、普通に撮ったらどうしても普通の目白通りにしか見えなかったから、思いっきり飛ばして色変えようって。だから絞りをいっぱいに開けて、撮影のときはカメラ見ても何にも映ってなかったんですよ、真っ白で。あの女の子が洗濯物を持っていたから、その洗濯物の色でかろうじてどこにいるか分かるぐらいで。後でパソコンで絞ってようやく形が出てきて、強引に色も出して。するとあんな感じになったんです(笑)。樋口泰人さんには、「あの銃声は何かちょっとなあ」とか言われたんですけど、そういう意見は多いんですよね。
 
──まあ、ゴダール思い出すし。映画っぽいもんね。
 
冨永 確かにちょっとあざといとは思ったんですけど。まあ、いいやって。『VICUNAS』とか『テトラポッド・レポート』の場合だったら、ちょっとでも自分であざといと思ったら控えるんですけど、『亀虫』はもういいかって。
 
──言葉遊びの要素が一番強いのは、やっぱり『亀虫』だよね。『亀虫の嫁』の手袋のギャグとか、笑いました。
 
冨永 あの手袋は、ちょっと前に友達がくれたんですよ。冬に自転車でバイトに行ってて、「寒い寒い」って言ってたら、毛糸の上に皮で二重になった手袋を買ってくれて。同じ形のまま別々に分けることができるから、あれを2人に渡して、ああいうギャグにしてみました。
 
──仕草の面白さとか言葉の面白さとかは『亀虫』が一番ストレートに出てる感じはしますね。『VICUNAS』とかだとつくりが凝ってるから、そっちに目も耳も持って行かれる。『亀虫の兄弟』とか見ると、純粋にお話のなかで台詞や2人の関係の演出が上手いなとか、ナレーション良いなあとか思います。
 
冨永 『VICUNAS』とか『テトラポッド・レポート』もそうなんですけど、一応自分で構成を立てて台本を書く段階を踏んじゃったものですから、何か複雑にしなきゃ気がすまなくて。時間の流れを前後させたりとか。「それをやるからわかりにくくなるんじゃないか」て言われても、分かりにくいくらい作り込まないと気が済まなかった。だから、それがない分『亀虫』は分かりやすいし、分かりやすいから、お話はないんですけど、お話があるかのように見てもらえるんだと思うんです。
 
──カッチリした構成のお話はないけど、東京で家族が出てくるだけでお話が見える、という部分もあるとは思う。
 
冨永 動いていく話をつくるのは面倒くさいんですが、とりあえず設定上はちょっと物語があるかのようにしていますね。バツイチのお姉ちゃんと同級生が結婚したっていう設定にしたりとか。
 
──いかにも物語が始動しそうな意匠はいっぱいあるんだよね。記号はね。ほら、本棚の奥にもう一部屋あって、実は2LDKだったとか。
 
冨永 あのときに一番心配だったのは、『マルコビッチの穴』とか連想されたら嫌だなって(笑)。
 
──物語の断片的な記号性とか、言葉の横滑りみたいなもの自体は、実のところ映画にとって決して目新しい訳じゃないんだけど、ポストモダンな空虚とは、はっきり違った手触りが『亀虫』なんかにはあって、そこが素晴らしいと思う。豊玉北とか、西武線も出てくるし、ああいうのがすごく良かったです。
 
冨永 『VICUNAS』や『テトラポッド・レポート』だと、どこで撮影してるかっていうのはむしろ隠して、あんまり豊玉北みたいな具体名は出してないんですよ。それに対して、『亀虫』はむしろそういうのを出そうって決めていました。『VICUNAS』で固有名が出るときは、バルサンとかダニアースみたいにわざと出すんですけど、『亀虫』の場合は、もう少し自然体でそれをやることにしようって気持ちで。普段だったらうちのカメラマンも、歩道橋に書いてある「豊玉陸橋」とか嫌がってぎりぎりで切っちゃうんだけど、いや、あれを入れてくれって頼みました。