パリ日記/藤原 圭祐  (2/26〜3/1)
2月26日(火)  新凱旋門


 パリについて初めてバスに乗る。日本のようにアナウンスは無いので注意しないといけないが車内に地図つきの路線表があるので問題はない。ホテル前からルーブル周辺まで乗った後メトロに乗り換え1番線の終点La Defenceに向かう。楽しみにしていたIMAXはなぜか閉まっていた。せっかくだからと新凱旋門に登ってみる。観光名所としてはポピュラーではないのか自分のほかには数組の客しかいない。新凱旋門は相当に高いので、エッフェルやモンマルトルで観たパリの姿をここではもう一つ外側の視点から見ることができる。凱旋門やエッフェル塔は見えるがノートルダムやモンパルナスタワーは遥彼方だ。ブーローニュの森に雲の間から光が差し込んでくる。雲の流れは速く、眺めは息をつく間もなく変わっていく。
 La Defenceはオフィス街なのだろうか人気が少なく閑散としている。ショッピングモールもいまいち人が入っていない。週末にでもなればまた違った顔を見せるのだろうか。いまいち見るべきものもなく、バスに乗って帰る。
 ルーブルまで戻りモードと織物博物館に行くが閉館中。じゃあルーブル美術館にでも入ってみるかと思えば定休日だった。それならば、とオルセー美術館に向かうが入場口でのあまりの行列の長さに断念してホテルに帰る。なんだか疲れた。
 ホテルのロビーで日本人旅行者と世間話をして過ごしていると(この時期卒業旅行のシーズンでかなり日本人が多かった)今晩ムーラン・ルージュに行くという女性から一緒に行かないかと誘いを受ける。どうやら予約はしたのだが一人で行くのは心寂しいので連れ合いを探しているらしい。ムーラン・ルージュにはもちろん興味があるが金銭的に行くことはできない。それにあそこって確か要正装ではなかったか。こんな格好で行っても追い返されそうだ。結局相手は見つからず彼女は一人で出かけていった。行きたいんだけどね。
 パリに住むため部屋を探しているイイヌマさんがレイトショーのジム・ジャームッシュ特集を見に行くというのでついていくことにする。着いた映画館はなかなか通好みの趣のある(簡単に言うとボロイ)映画館だった。後にこれがパリでは標準レベルであることを知る。渋谷にある映画館みたいに小奇麗でないのはそれだけ歴史があるからなのだろう。時間ぎりぎりに入るが席は半分ほど開いていた。予告なしにすぐに始まる。今日の上映は「ダウン・バイ・ロー」だ。英語は比較的聞き取りやすい。
 満足して外に出ると雨が本格的に降っている。走って駅に向かうがホテルに帰るまでにはかなり濡れた。直りかけていた風邪が悪化したみたいだ。

2月27日(水)  Villette


 今日は朝から天気がよい。天気がよいうちに少し中心から離れたところにあるLa Villetteに行っておくことにする。科学・産業シティでチケットを買うと受け付けのお姉さんがジェオッド(球体の映画館)のプログラムはどれにするか聞いてくる。よくわからずにいると「私はこれがお勧めよ」と教えてくれるのでそれを買う。上映までは時間があるので先に館内の展示を見る。見学にきているのは小学生のグループや家族連ればかりだ。東洋人のいい年こいた男が一人で「発電の仕組み」だか「音の伝わり方」だかの実験装置を試している様は彼らにとってやはり異様に映るのだろうか。小学校低学年ぐらいの女の子が変な動物でも見るような目つきで見つめてくる――睨んでくる。3Dの映像部屋では久しぶりに赤と青のセロファンの張られたメガネをかける。子供たちは立体に見えるキャラクターに触ろうと手を空に伸ばしている。こっちも負けずに伸ばして不思議がる。そのうちに目をスクリーンに平行に向けていないと立体に見えないことを発見する。すなわち首を傾げてみると赤と青の二重の像しか見えなくなってしまう。おぉ、これはすごい発見、君たちにはわからないだろうな、と回りの子供たちを観て優越感に浸っているとその直後映画のキャラクターにネタばらしされてしまった。
 ジェオッドでのフィルムは水と地球をテーマにした記録物だった。世界中のあらゆる場所の水の形態と人間との係わり合いが紹介される。スクリーンが恐ろしくでかく人間の視野に入りきらない。全体を見るにはあちこちに視線を移さなければならないのだ。終了後に映写室を覗いたがフィルムの幅が手のひらぐらいある。やはりあれだけの大きさのためにはそれだけ大きなフィルムが必要らしい。
 いったんホテルに帰ってシャワーを浴びる。その後ポンピドゥーにブライアン・デ・パルマ特集を観に出かける。時間に余裕があるので歩いていく。それにしても風呂に入った後に映画館まで歩いていける環境って素晴らしい。しかも毎日違う映画とくればパリに住むと嫌でもシネフィルになってしまうかもしれない。
 今日のデ・パルマ特集は「The Fury」聞いたことが無い。場内は満席に近くとても蒸し暑い。夕べから風邪は治らず咳が止まらない。やたらと回想だか妄想だかの多い映画でストーリをよく読み取れない。

2月28日(木)  オルセー


 朝、部屋に何故か女の子が入ってきて目がさめる。どうやら同室のイイヌマさんの知り合いらしい。9時とやや遅めの起床だ。早
くしないと朝食が終わってしまう。
 明日にはスペインに出発だが、またパリには帰ってくるので焦って行っておかないといけないところは特にない。朝のうちなら空いているだろうともくろみオルセー美術館に向かう。入り口の前では大道芸人が一人でトランペットとアコーディオンとドラムを演奏している。観光人向けに誰でも知っているような曲ばかりだ。「スキヤキ」「サクラ」も演奏している。そういえばこれっぽっちも日本が恋しいなどと思っていない。まぁそんな暇が無かったのだけど。そのうちホームシックにかかるだろうか。
 かなり広い美術館を周るとくたくたになった。印象派はともかくとして美術館の中ではロダンの彫刻に目を引かれた。地図を見るとロダン美術館が近くにあるので行ってみよう。
 ロダン美術館に向かう途中、Cafeに入り「その日のプレート」と思われる料理を注文するが店員のかわいいおねえさんが何か言ってくる。が何をいっているかわからない。英語で聞いてみるがまったく通じない。今日は不幸にもポケットフランス語会話集を忘れてきている。しばらく実を結ばないやり取りが続いた後、親切なおねえさんはわざわざキッチンへ行ってお皿に豚肉と豆を乗せて持ってきて見せてくれた。どうやら「今日は豚と豆の料理だけど大丈夫?」と聞いていてくれたらしい。その笑顔に負けて食後のコーヒーとデザートを注文してしまう。
 美術館はロダンだか誰だかの家を改築したもので庭も広く落ち着いている。展示を見た後、庭のベンチに座り隣のおじいさんと一緒にしばらくぼけーっとする。いい天気だ。  夕方からイイヌマさんと洗濯をしに出かける約束をしていたので早めに帰る。聞くと朝部屋に入ってきた女の子も一緒に洗濯するという。だがまだ姿が見えないので夕食を食べながら帰りを待つ。今日は建築学課の人が多くて話も興味深い。話題はジャン・ヌーヴェルル・コルビジェ関連が多い。彼らは昼間ル・コルビジェの家に行ってきたという。場所を知らなかったので教えてもらう。ここを始めとして旅の間、建築巡りをしている人には本当に多く会った。彼らはまるで各地の寺院を巡礼するかのように名のある建築から建築へと移動を重ねる。ここにいる彼らはおそらくこれからイタリアに下るか、ベルギー・オランダを経てドイツに上がっていくのだろう。モロッコに向かう人なんて誰もいない。
 そのうち女の子が帰ってきたのでコインランドリーに出かける。洗濯・乾燥が終わるまでの間、日本の大学生活についてのくだらないことで盛り上がる。盛り上がったまま帰り、ロビーで話を続けていると12:00を過ぎたあたりにジダンに似たホテルのおじさんがもう寝ろと怒りだしたので仕方なく部屋に戻る。

3月1日(金)  パリを去る


 今日からいったんパリを離れ、南に向かう。今のところマドリッドから先はポルトガルとモロッコに行くつもりだが予定はまったく立っていない。まあ気分しだいでどうにでもなるだろう。時間はまだたっぷりあるのだから。
 ポンピドゥーの横のMK2 BEAUBOURGで「Kids」を見て時間をつぶした後、バスターミナルに行く。しばらく迷った後、マドリッド行きのバスを見つける。出発を待っていると日本人も一人いるみたいだ。話をするとチェックインが必要だったらしい。急いでカウンターに引き返す。やけにハイテンションな黒人の受付にチケットを渡すと「あーフジワラ・ケイシュケ、君の受付はここじゃない。こっちだ。」とすぐ隣のカウンターを指される。まぁ時間に間に合ってよかった。
 バスは15:30時間通りに出発した。すぐに眠ってしまい起きると18:00頃、高速道路をひた走っている。途中バスが止まり、国境かと思い荷物を降ろそうとすると夕食休憩だとヒロさんがまた教えてくれる。(ヒロさんとはチェックインのことを教えてくれた人)ヒロさんはイギリスに2年住んでいてこれからしばらくヨーロッパを旅してから日本に帰るとの事。
 バスでは眠れないかと思ったが意外にも快適ですぐ眠りに着く。夜中に目を覚ますとカーブの多い雪の残った山道を走っている。どうやらピレネー山脈を越えているみたいだ。

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