【羅針盤インタビュー
nobody ISSUE15 収録
一部抜粋


 

『いるみ』羅針盤(トラクター エンターテインメント)



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■nobody Issue.15

黒沢清 新作撮影
・マイケル・チミノ
青山真治、梅本洋一

・青山ブックセンター
・ドミニック・パイーニ「フランス映画とは何か?」
・オリヴィエ・アサイヤス『CLEAN』──樋口泰人
・『大島渚1968』──冨永昌敬

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その音楽の多様さや、参加グループの数の多さから、ジャンル・バスターと称されたりするミュージシャン、山本精一。近年彼の活動の中心となっているグループ「羅針盤」が、今夏、7thアルバム『いるみ』を発表した。羅針盤史上、最も短期間、少人数でつくられたというその音楽、その歌は、非常にシンプルな響きを持ちながら、かつ、様々な表情を見せる。
結成から約16年。数回のメンバーチェンジを経ながら、羅針盤の音楽はどのようにつくられてきたのか。そして彼らにとって羅針盤とはどんなグループなのか。山本精一とドラムのチャイナ(羅針盤には2000年に加入、自身のバンドJESUS FEVER、少年ナイフのサポート・ドラマーとしてもお馴染み)に話を聞いた。
 

−−最近、羅針盤はだいたい1年に1枚のペースでアルバムを出されていると思うのですが、今回は前作『はじまり』から7ヶ月程しか経たないでのリリースですね。何か理由があるのでしょうか。

チャイナ 早くつくれたから(笑)。

山本 素材が録りやすいんです。あと、僕のCDって毎年まとめて秋口に出てたんですよ。ここ10年ぐらいずっとそうで、多いときには7、8枚ぐらいまとめて。そうすると1作ごとが薄くなるなあと思って、季節ごとに、ばらけさせるように出していこうと思ってるんですよ。3、4枚まとめて並んでいるのも、それはそれでインパクトはあるわけだけど、1作っていう単位ではどうしても印象が薄れてしまう。そのためにはバンドごとにインターバルを短くしていなかないといけない。早くつくったっていうのはそういう理由もありますね。

−−いままではリリースが重なることについて何か考えがあったわけではないんですか。

山本 考えてなかった。っていうかね、プロモーション的なことについてあんまり考えたことなかったんですよ。つくりっぱなしやったんで。ところが、それぞれのバンドが結構ちゃんと活動しだしたんで、いろいろと支障が出てきたんですね。だからアーティスティックな理由じゃないんですよ。

−−今回はベースの柴田篤さんの名前がなかったんですけど、どうしてでしょうか。

山本 とりあえず、羅針盤はベースが難しいんですよ。伝統的にベースが追いつかないんです、難しくて。柴田君的にはベストを尽くしてくれたし、彼の感性でやってくれていたんですけど、正直やっぱり羅針盤には合わない。

チャイナ 今回はたまたま今まで羅針盤でやっていたメンバーだったってだけなんです。羅針盤は解散になりませんけど、メンバーは解散しちゃって、たまたま今度集まった面子でつくった感じですよね。

山本 1回バンドを元に戻してね。だからこれからはギターが入ったりとか、もっといろいろな人が入ることもあるかもしれないけど、今回は周りにいなかったからね。まあ僕らだけでやってみたかったところもあったし。シンプルな編成でどこまでできるかってことで。
でも、やっぱりベーシストっていうのは難しくてね、とうとう見つけられなかった。それで、俺がやったんだけど、やっぱり弾けるもんと弾けないもんっていうのはあって、自分が作った曲でも難しかったですね。歴代のベーシストが苦労していた意味がようやくわかりましたよ。ベースが難しいというより、羅針盤の曲でのベースの役割っていうのがすごく難しい。ただビートを辿っていくってことでもないし、どうしたらいいか理想型がまだ見えないんですよね。それは俺が弾いてもそうなんで、他の人はさもありなんっていうかね(笑)。

チャイナ そうやね。要は、何が羅針盤のベースかがまだ見えへん。どういうふうなベースラインだったり、弾き方だったり、音だったりがいいかわからへん。

−−じゃあ今後はベースの音を減らしたり無くしたりしていく形ではなくて、ベーシストも探しつつやっていくような感じですか。

山本 そうですね。もしかしたらすごく合う人がいるかもしれないし、見つかるまではレコーディングでは僕がやっていくつもりです。ライブではベースなしでやる可能性もある。ベースがあったほうがいい曲もあるし、逆にいらない曲っていうのもあるんですよね。

チャイナ バンド・アンサンブルに必ずベースがなきゃいけないという概念はない。私が10年以上やってきているバンド(JESUS FEVER)もベーシストがいないし。ギターふたりとタイコだけ。それはベースなしでやろうっていうコンセプトではなくて、ベースがない形でやっているうちにいつの間にか成立しちゃったんですよ。

山本 と言うか、見てるほうも全然ベースが欠けているっていう感覚がないよ。もともとJESUS FEVERの場合はベースが入ってなかったから、特にそう思う。ベースがなくてもいい音楽もあるってことですね。ただ、インプロヴィゼーションでずっとやるときとかは、ベースがいたほうがいいなあと思うときがありますけどね。もうひとつあういうラインが下のほうで鳴っているっていうのは、ギター的にはやりやすいんですよ。グレイトフル・デッドなんかでもベーシストの存在が大きい。ベースがしっかりキープしているから上が成り立ってるんですよ。のっかれるようなラインがすごく重要なときあるからね。ゆるーいインプロっていうか、サイケデリックなインプロとかっていうのは、別にベースなくてもいいかもしれないですけど。

−−それはライブだけじゃなくて、レコーディングで音を重ねていくときにも多少関わってくることですよね。

山本 多少はねえ……ベースっていつも後入れしてたっけ?

チャイナ ベース後入れも結構ありますね、羅針盤は。

山本 チャイナなんかベースを聴かずに音録りますからね。

チャイナ そういうこと多いですよ。とりあえず山本さんの歌と、ギターもまだ完成型じゃなくてコードだけだったとしても多少雰囲気はあるので。たぶんレコーディングで最初に録る段階では、ベーシストのほうも曲によっては完全に決まってないと思うんですよ。だからまずは山本さんの歌に対するタイコを録っていくっていう感じですね。

山本 僕なんかときどきキーボードもベースもカットしちゃって聴いてないですからね。ドラムも音小さくしちゃって、自分のギターだけ。今回は歌詞がその段階であったので、歌を聴くときもあったかな。

−−へえ、その段階で歌詞はできてるんですか。

山本 今回初めてだったんですけど。

チャイナ そうしてくれーって頼んだんです。歌詞の具体的な内容に対して云々というよりは、やっぱり最初に歌詞があったほうが、歌がそこにある、歌が存在するところに向かえる。いままでは歌詞がないんで、サウンドやメロディーに対してだけのタイコだったんですけど、特に羅針盤は歌詞が重要なので、皆がその歌に向かって行けるっていうのを、1度やりたかった。
結局は、レコーディングで歌詞を知らずに、まずはタイコ録りをしますよね。出来上がって、こんな歌詞の内容になったんだって思って、その後ライブでやるときはまた変わってくる。こういう歌だなって思って叩く場合と、そういう歌と知らずに演奏する場合とでは全然違うから、それをレコーディングの段階でやってみたかったので、リクエストしてみました。

山本 今までは歌詞ができるのがほんとに一番最後。完パケの直前までできなかったです。だからボーカル入れは、詞ができるまで2週間ぐらい無意味に待たなきゃいけない状態だったんですね。そういう意味では、始めに歌詞があれば時間のロスも減るっていう部分もありますね。やっぱり歌詞は時間がかっかってしまうんです。普通の詞は歌いたくないっていうか、独特の世界が要るんで。特に羅針盤ってやっぱりフィルター通してるし、かなり気合い入れて歌詞をつくってる。普通リズムとメロディーと同時に出てくるもんなんですけど、それがどうしても出てこない。ずっと出てくるまで待たなきゃいけない。

−−じゃあ今回のレコーディングは、仮歌を入れてそれぞれの音を録って、最後にもう1度歌を入れるっていう順番だったんですか。

チャイナ いや、せーので仮歌、仮ギター、ドラムをぽんと入れていく感じ。そこで瞬間的に思ったものは、とりあえずやってみようってやっていって、あんまり考え込んではやってません(笑)。もちろん自分の納得いくまではやらせていただきますけど、ぱっと思い浮かんだ時にやるっていうのが一番いい。もうインプロみたいなノリでタイコは録っちゃいます。自分のなかでは、プレイがどうこうじゃなく、そこにあるメロディーだったり曲に対して自分がちゃんと歌えてたらそれで良い。たまに、失敗するわけじゃないんだけれど、なかなかインスパイアされなくて、「これはまだ歌えてない」っていう場合は時間がかかることもあるけどね(笑)。

山本 ギターとかボーカル入れとかは、俺が性格的にすごく作り込むタイプなんで、今でも10時間入ったりする。ボーカル入れのときとか、1曲を50回、60回って歌うんです。以前は1曲で声が嗄れちゃうこともありました。ちょっとあれは異常な世界かもね。昔のテープを回してるスタジオなんかでやってるとテープがすり減ってくるんですよ。100回とかなってくると。テープの磁性体っていうのかな、あれがだんだん外れて音が悪くなってくるんですよ。そういうやり方でできるもんってあるんですけどね、ただちょっともう羅針盤ではやめようと思ってます。そういうのは、自分のソロかなんかでやっていこうと。

−−今回の『いるみ』は、前作や前々作に比べてもさらに音が軽い印象を受けたんですが。

山本 アルバムに関して言えば、初期の頃は、僕らアングラなイメージがあるからわざとポップな曲を1曲目に持ってくるようなことはありましたけど。3作目ぐらいからはそういうこともなくて、方向性はどんどん変わっていくけど、あまり意味はないですね。コンセプトなんかほとんどないんで。ほんとにたまたまその時そういう曲ができたってだけ。ただ淡々と録ってるだけなんですよ。

チャイナ 音が軽いとおっしゃいましたけど、確かに今回軽いんです。いままでヘヴィーにいってたんじゃんくて、スーッとっていう感じはありました。

山本 タイコ的にはそうかもしれんけど、俺はそういう感覚はずっと前からなくなってたよ。
チャイナ ああ、そうやね。私は途中から入って今回で3枚目ですけど、前回までは音に対して神経質になっていた部分があったかもしれない。一音入魂とかじゃないけど(笑)。

山本 今回はある意味力がすごく抜けてる感じで、あまり何事も起こらないんですけど(笑)。そこの面白さはあって、逆に今回の作品は結構聴けますね。悪く言えば適当にやってるってことですけど、自然に順番に曲を録っていった。まあいつでもそうですけどね(笑)。ここ2、3作ぐらい初めて苦しさっていうのがなかった。

−−時間的にも短かったんですか。

山本 史上最速ですよ。2、3週間くらい。その間ライブあって抜けたりもあったし。そういう意味でも肩の力が抜けてる。これからどんどん抜けていくんじゃないんですか。骨なしみたいになって、それでいてハードコアみたいなね。すごい芯が通ったクラゲみたいな。すごい好きですね、それこそ『いるみ』のジャケットみたいな感じ。

聞き手・構成 黒岩幹子