梅本洋一が私たちのもとを去ってから5年の月日が流れた。もう5年? 私は何をやっていたんだろう、相変わらず飲んだくれて帰ってきて、大学生になった息子に呆れられ、仕事も家事も恋愛も、いろいろなことにびくびくしながらも、とにかく突っ走っり、いろいろなものにぶつかってばかりの毎日。

たまに思い出す、「安美は豪快な人だね」、「長所を伸ばせばいいんだよ、短所なんて皆、持っているんだから」、どんなときも励まして、褒めてくれた彼の言葉を。

5年間、なかなか梅本洋一の著作を手にすることができずにいた。読んでいると泣いてしまうから。今でも泣いてしまうけど。でもそろそろちゃんと向かい合い、洋一の言葉に触れたいと思う。彼の言葉の持つ速度(「川島雄三の速度について」)、かっこよさ(「ミッキーさんはずっと青春」)…。

あれから東京の街はまたどんどん変わってしまい、洋一がよく電車の窓から眺めていた風景もどんどん変わってしまった。あなたは、がっかりしているだろうか。いや、きっとそれでもあなたはこの街を、風景を、いろいろなものを見つめ続け、美味しいものをたくさん食べ、スポーツ、映画、建築、音楽、本、そして若い学生たちに触れながら、どこかで「週刊平凡」を書き続けている。その視線とともに、これからの5年間をまた歩んでいきたいと強く思う。

坂本安美

坂本安美 ブログ

 昨年のカンヌ国際映画祭監督週間でプレミア上映されたフィリップ・ガレルの最新作『つかのまの愛人』を見たフランスの批評家の友人から勧められ、小さなコンピューターのスクリーンでガレルの新作を見るなんて、と思いながら、今すぐにでも発見したいという欲望に負け、再生ボタンを押したその瞬間から、映画が幕を閉じるまで、息をしたことも忘れるほど、作品の美しさ、その強度に魅了された。ガレルの作品ほど女性と男性が同じレベルで存在し、また不透明な他者として向かい合っている映画は見たことがないと思ってきた。そして『ジェラシー』以降は、ガレルの映画において女性たちが占める割合が大きくなり、またガレルの息子ルイ、娘のエステールたちと同世代の若者たちの物語が紡がれるようになってきた。『ジェラシー』、『パリ、恋人たちの影』、そして最新作の『つかのまの愛人』は、女性たちの無意識、欲望、苦悩、恋愛における様々な感情、所作、そして身体にこれまでになく迫っていく。

「カイエ・デュ・シネマ」より編集長ドゥロームの批評の冒頭部分、そして同編集長とガレルの長く、濃密なインタビューの抜粋を以下に訳出した。

ファム・ファタール ステファン・ドゥローム

「『つかのまの愛人』は裂け目から始まる。ひとりの女子学生がすさまじい勢いで階段を駆け下り、大学のトイレで恋人である哲学教師と落ち合う。立ったまま、人目を忍んで、ふたりは愛を交わす。今までガレル作品でこんなシーンは見たことはなかった。今まで映画の中でこんなオルガスムを聞いたことはなかった。激しい息づかい、あえぎがすべてを凌駕する。ルイーズ・シュヴィロットの真に迫った演技が文字通りスクリーンを切り裂く。次のシーン。先ほどの学生と同年齢と思われる若い女性、エステール・ガレル演じる女が夜、路上に座り込み、大きな声を上げて泣いている。あえぐように泣くその声がさらに奥から聞こえてきて、私たちの想像の中で先ほどのオルガスムのあえぎ声と泣き声がシンクロして聞こえ、快楽と悲痛な叫びが重なり合う。このふたつのシーンのつなぎによって、ある意味、このふたりの登場人物についてすべてが語られているといえるだろう。快楽を求め、その場限りの関係も辞さない女、そして目から涙を流すしかない苦悩する女。彼女たちは同じ喘ぎをしながらも、片方はもう片方の裏であり、表裏一体のような関係であるだろう。映画を始めるにあたっての土台のようなものとしてこのふたりの女性たちの間の深い不平等さを提示する。ふたつのシーンだけで、ガレルの最新作は最近私たちが見たどの作品も超えたものとなっている。(...)ふたつの状態、ふたつの感情、ふたつの考えを対置。立っている女性と、座っている女性、快楽を味わう女と苦悩に泣く女、そうした正面からの対置、音響のつなぎを通して、映画の編集がそこで語られるべきことを告げている。」(カイエ・デュ・シネマ 733号)

フィリップ・ガレル インタヴュー

フロイト的三部作

----『つかのまの愛』は『ジェラシー』、『パリ、恋人たちの影』に続く三部作を締めくくる作品ですね。

フィリップ・ガレル(以下PG):はい、かつて私は『内なる傷跡』、『アタノール』、『水晶の揺籠』の3本をひとまとめにして上映したことがあります。それは3本で2時間45分の一回上映を行うためでした。その上映はシャイヨー宮にあったかつてのシネマテーク・フランセーズで一回のみ開催されました。回顧上映のために、どのようなことを望むか、と主催者側に尋ねられ、それならば『内なる傷跡』と『記憶のためのマリー』を入場無料で上映してほしい、そして先ほど挙げた3本をひとまとめにして、途中で明かりをつけることなく、一回で上映してほしいとお願いしたのです。当時『アタノール』は非難され、ある批評家には、映画が運動であることを認めず、私が壁にぶち当たっているとさえ言われました。『内なる傷跡』はトラヴェリングと音楽であり、『アタノール』は沈黙と固定ショット、そして最後にアシュ・ラ・テンペルの音楽とともに『水晶の揺籠』が上映される。このように3本続けて上映することで、『アタノール』ふたつのコンサートの間の幕間のような存在となり、この組み合わせは上手くいきました。しかし今回はひとまとめに上映するためではなく、真の3部作となっています。

----3部作として撮ろうと思われたのはいつ頃だったのですか?

PG:2本目を準備している時でした。『ジェラシー』を撮り、この原型で上手くいくのを確認できました。1時間15分の長さ、つまり(長編作品の通常の長さの)90分よりは15分短い製作となります。映画史には実はこうした短めの作品が数多く存在していて、誰も覚えていないかもしれませんが、『戦艦ポチョムキン』は1時間5分の長さです。したがって私は同じプロトタイプ、つまり1時間15分の長さ、21日の撮影期間、シネマスコープ、モノクロで3本撮ろうと思ったのです。

(...)

----経済的な側面を超えて、今回の3部作は主題となるモチーフに基づいて構想されていらっしゃいますか?

PG:観客として、私は映画以外の芸術も愛しています。映画以上に絵画の愛好家です。そのほかに私が長いこと行ってきていることのひとつは、フロイトを読むことです。1975年頃から読み始めたかと思います。フランス国立演劇学校では生徒たちにドラの夢、あるいは「狼男」の夢を読ませています。映画を撮るときは、フロイト的課題を自分に与えています。『ジェラシー』では女性における神経症を、『パリ、恋人たちの影』では女性におけるリビドー、そして『つかのまの愛人』は女性における無意識を扱いたかった。『つかのまの愛人』はエレクトラコンプレックス、つまりエディプス・コンプレックスの女性の場合(もちろんまったく同様というわけではないのだが)について語りたかった。エレクトラは母親のクリュタイムネーストラーが他の男性と再婚したため、母親を殺してしまった。本作では若い娘と彼女と同じ歳である父親の恋人との間の意識的に結ばれた友情の話であり、父親をめぐり、若い娘が無意識によってどのように自分のライバルを追い出すかが語られています。こうした要素を理解することは実はそこまで重要ではありませんが、このように本作は構想されているわけです。

----本作にはふたりの女性が出てきます。エレクトラは、(エステール・ガレル演じる)ジャンヌの観点ですね。それに対して、アリアンヌの観点は、快楽に拠っています。本作で私にとってもっとも印象的だったのは、リビドーを描いている点で、それ以前の2作品でもその描写が強く現れています。 『つかのまの愛人』はまさに、オルガズムの驚くべきシーンから始まります。

PG:ブレヒトの日記を読んでいて、ある箇所で彼はこう書いています。「私は戯曲を完成した。最終的に12のシーンとなったが、それは8シーンと4つの夢で成っている」。ブレヒトが見て、書き留められた4つの夢がほかの部分と同じレベルで一つの戯曲の中に、とりわけ夢として区別されることなく入っているわけです。『つかのまの愛人』の冒頭のシーンも同じで、起き掛けに見て書き留めた夢なのです。同作には他にもうひとつそうしたシーンがあります、大学教授は、若い女子学生と肩を並べて歩いているが、結局自分の家に帰るシーンです。こうしたシーンと、その他の想像、あるいは自伝的エピソードに由来するシーンが区別されることなく、すべて同じレベルでこの作品に存在しています。シャンタル・アケルマンはこう述べていました、「いい、フィリップ、平坦であるべきよ。『平凡なスタイル』という意味ではなくすべてが『同じレベルで』である、という意味で」。

----冒頭は見事です。ある女性が快楽を味わっていて、そのシーンが泣いている女性へと繋げられます。片方はつねに快楽を味わい、もう片方はつねに泣いている、二人の状況は不公平と言えるでしょう。そしてそこにエレクトラコンプレックスが結びついている。つまり快楽を享受している者は厄介払いしなければならないわけですね。

PG:私はドラマトゥルギー(劇作法)が何なのかよく分かりませんが、ジャン・ドゥーシェはこんなことを述べていました。「『パリ、恋人たちの影』はシネマスコープで撮られているから、登場人物がひとりでいるとき、その人物は誰もいない空間、空白に囲まれる。そうすると、もし誰もない空間、空白に囲まれているふたりの人物がいたら、彼らは同じフレームの中へと一緒に身を置くことになるだろう、それがドラマトゥルギーであると。つまりそれは造形的なものであると同時に物語も語っているのだと。したがってあなたが今語られたことも、ドラマトゥルギーだと言えるでしょう。ブレヒトも述べています、良い主題とは、人生があり、そして内面の葛藤があるものだと。人生の何かを示す矛盾が。(本作の共同脚本家である)ジャン=クロード・カリエールはこうしたことに長けています。まず視覚的なもの、たとえばしぐさのようなもの、つまり映画特有なものから始まり、ただちに葛藤、衝突が示されます。矛盾の方に向かっていくというわけではなく、それはすでにそこに存在していて、それがすぐに示されます。3本の作品とも、リハーサルを同じように行いました。主な登場人物たちを演じる俳優たちと一年かけて毎週土曜日に行ったのです。でも最後の作品、つまりこの『つかのまの愛人』がほかと異なるのは、土曜日のリハーサルのときに、脚本に対して編集を変更し始めたということです。ヒッチコックの有名なあの問いを再び見出すために、つまり、「観客は何を知っているか?登場人物は何を知っているのか」という問いです。緊張、そして遊戯=演技があり、そうした原則とともにこれらの問いがさらに興味深いものとなるわけです。観客はこれと、これを知っている、したがってこんなふうに思っている、などなど。毎週土曜日にシーンを通しで稽古をつけているので、編集の順番を徐々に変えていくことになりました。

----ふたりの女優たちとはどのように準備していったのですか?

PG:彼女たちとは毎週土曜日に、ぜんぶで34回、リハーサルを重ねました。彼女たちと仕事をするときに私はただ次のように伝えます。「私が興味のあるのは、君たちがすでにテキストを知っていても、もう一度それを覚えてみること、反射的に記憶が働くようになり、頭の中で脚本のページを読もうとしなくなり、もう一方が台詞を言ったら、自然に台詞が出てくるようになることだ」と。私から指示するのはほとんどそれだけです。これまで覚えたことがなかったほど、記憶のレベルになるまでテキストを身につけること。そうやって俳優たちが台詞を覚えている間に、彼らは自分たちで何かを見出して行き、ひとつの言葉が二つの意味を持つことを発見し、これまで考えたことがなかったようなことを考えるようになり、そうして彼らの演技が上達していくのです。

----脚本についてコメントはされないのですか?

PG:しません。3回ほどリハーサルを行っても、理解していないことがあるな、と感じた時だけ、論理を打ち立てるために説明を加えます。でもほとんどは、俳優たちが自分でその論理を見出します。私が一番力を入れるのは、記憶の部分です。相手が台詞を言ったら、自分の台詞を言わないほうが難しくなるほど、自然に台詞が口から出てくる、そうしたレベルに達することで、正しいと思える演技に到達します。

映画は、思考に属するものなのです。正しく演じる、それは正しく思考することであり、また正しく喋ることでもあります。正しく話していても、間違った思考をしていたら、うまく演じられない。俳優があるシーンを演じるとき、書かれたテキストを述べるとき、彼らはある一連の思考、動き続けるある思考を即興で行わなければなりません。私が彼らに与えられるのはメソッドだけで、中身ではありません。そのことで彼らには、相手の台詞やその時の状況よって登場人物が何を考えているのか思考する自由が与えられるのです。

本作は、4/7(土)アンスティチュ・フランセ東京でプレミア上映された後、京都、大阪での「カイエ・デュ・シネマ週間」でも上映予定です。

http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/cinema1804011700/

8月18日(土)よりシネマヴェーラ渋谷 他全国順次公開予定です。

 東京、京都、大阪、横浜と開催される今年で21回目を迎える「カイエ・デュ・シネマ週間」。まずは4/1(日)から東京でスタートする本特集の上映作品を同雑誌の批評やインタビューを訳出しながら紹介していきます。

 これまでもブリュノ・デュモンの作品を紹介し、そして監督自身をお迎えしながら、この監督の作品を心から愛せたことはない、とまずここで正直に告白しておこう。心から愛せないながら、しかし見ないわけにはいかない、いや、とにかく見てみたい、そう、ブリュノ・デュモンとは私にとって至極やっかいな存在なのだ。居心地の悪さを感じながらも、どうしても見ずにはいられない、という気持ちにさせられる。それはたんにカイエ誌を含めた数少なくない批評家たちから高い評価を得ているからではなく、まさに彼の作品が描く世界が孕む相反する要素によってなのではないか...、とぶつぶつ思いながらも、今日まで、そしてこれからも見続けるであろう監督がブリュノ・デュモンである。

 そうした「やっかいな」デュモンの映画においてまず驚かされるのは、彼の作品に登場する人々だ。初長編作品『ジーザスの日々』(1997年)から今回の新作に至るまで、ほとんどの場合(『カミーユ・クローデル』と前作の『Ma Loute』は例外として)、デュモンの作品にはプロの俳優ではない素人が起用されている。彼らは今風な美貌を兼ね備えているわけではなく、その表情も振る舞いもどちらかというと無骨なのだが、一度見たら忘れられない、なにか強烈なものを醸し出している。とくに主人公演じる俳優たちの顔、その身体は、まるで偉大な肖像画を目にした時のような、なにか見てはいけないもの、原初的なるものに出会ったかのような慄きとともに私たちの記憶に刻まれてきた。
 ぶっきらぼうな表情で、ときに私たちの心を揺さぶり、恐れさせたりもしてきたデュモン映画の人物たちが、なんと笑いも引き起こすようになった。それはテレビ局アルテから白紙委任状を受けたデュモンが、いつものように撮影場所でオーディションした素人の俳優たちと共に撮り上げた連続犯罪ドラマ『プティ・カンカン』(2014年)から始まった。冒頭から、登場人物たちのやりとりやふるまいには可笑しみがあり、それはときにブラック・ユーモアを含みながらも、多くの場合、愛おしさを伴った笑いを誘うのだ。それに比べ、小さな村で起こる事件を描いた推理ドラマの次回作の『Ma Loute』(2016年)は、ブラック・ユーモア満載のコメディである。ドーバー海峡に面したその土地で俳優たちがどのように動き、またその場所にどのように俳優たちが動かされていくか、土地と人々との生々しい関係をスリリングに見せていくデュモンのいつもながらの演出は見応えがありながらも、ビノッシュらプロの俳優たちと素人たちの演技、その有り様の対比がそのまま階級の対比となるなど、あまりにもあからさまな図式にはやや辟易する。

 さて、今回上映する最新作『ジャネット、ジャンヌ・ダルクの幼年期』である。作品ごとに、そこで語られる内容、テーマ、そのスタイル、前述した独自のキャスティングでつねに驚かせてきたデュモンだが、本作の奇抜さはこれまでになく観る者を驚愕させるだろう。フランスの詩人・思想家シャルル・ペギー(1873 - 1914)による『ジャンヌ・ダルク』と『ジャンヌ・ダルクの愛の秘義』を元にブリュノ・デュモンが未来の聖女の幼年期をミュージカルで描き出した、というだけでどんな作品となっているのか興味を掻き立てられるが、ペギーのテキストにフランスのデスメタル系奇才作曲家Igorrrが音楽をつけ、振り付けはサーカスとダンスを交錯させる奇想天外な演出、そして31歳の若さでアルベールビル冬季オリンピック開会式を手がけたことで有名なフィリップ・デコフレが担当しているという、なんとも奇想天外な企画である。
 物語の舞台は15世紀の百年戦争末期、フランス北東部にあるドンレミ村。農家の娘で羊飼いの少女ジャネット(ジャンヌ)は、目の前のあまりに悲惨な現状を嘆き、心を痛めている。敬虔なカトリック教徒の彼女は、友達のオーヴィエットと修道女ジェルヴェーズとの宗教的かつ哲学的な対話を通して、自身の中にある愛国心に目覚めていく。そして13歳になった時、彼女はついに神の"声"を聞き、ある決意をする......。

ここで「カイエ」736号に掲載されているインタビューでの監督の言葉を紹介することで、この驚くべき試みへのイントロダクションとなることを願う。

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ブリュノ・デュモンへのインタビュー
ーー『ジャネット、ジャンヌ・ダルクの幼年期』の素晴らしさに驚嘆しました。どのようにこの作品が作られたのですか?

ブリュノ・デュモン:あまり何も決めずに出発してみました。企画の段階ですでにいくつかの提案がありました。すでになにか爆発的なものがあると感じていました。難解とされ、やや忘れ去られたきらいのある作家ペギーとIgorrrの音楽という組み合わせは、たしかに奇妙な提案でした。しかし両方とも、それぞれの分野で実験的な試みをしているわけで、その組み合わせは興味深いと思ったのです。

ーー出発点で、コメディからミュージカル・コメディに移行されることをお考えだったのですか?

BD:むしろ「ミュージカル・フィルム」と呼びたいと思います。ミュージカルを撮りたいと強く思っていました、大好きなのです。心理ドラマにはうんざりしていたので、コメディに移行し、「リリック」の中に「普通に」喋らない別の方法を見出しました。コメディの爆発的な部分とリリックの持つ爆発性によって、現在私が必要としている、現実的なるものから離れることが可能となります。

(...)

ーー映画史に刻まれた子供による並外れた演技として、たとえばジャック・ドワイヨンの『ポネット』が挙げられますが、あなたのジャネットもまさにそのひとつとして記憶されますね。彼女は何歳ですか?

BD:8歳です。彼女を選ぶことは大きなリスクでした。はじめて会った時、何かを持っていると感じました。彼女はまずまずは歌える、まずまずは踊れる。この「まずまず」が、ジャネットの「目覚め」には適切、ちょうどいい、と思ったのです。天才少女を探したかったわけではありません。彼女は小さいけど、素晴らしい顔をしていて、温かい心を持ち、何かを放っています。もちろん、それからレッスンをしてくわけで、ダンスを教えたり、手取り足取り教えたりしていくわけですが、望んでいたのはまさに彼女のようにまだ色がついていない、無垢な、天真爛漫とした子供でした。

本作は、4/1(日)アンスティチュ・フランセ東京でプレミア上映された後、京都、大阪での「カイエ・デュ・シネマ週間」でも上映予定です。
http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/cinema1804011700/

カトリーヌ・ドヌーヴからの手紙

坂本安美

--「リベラシオン」2018年1月14日掲載--

Catherine Deneuve : «Rien dans le texte ne prétend que le harcèlement a du bon, sans quoi je ne l'aurais pas signé»

あの文章は、どこにおいても、セクシャル・ハラスメントを正しいとはまったく述べてはおらず、そうでなければ私は署名しなかったでしょう。

カトリーヌ・ドヌーヴ

「性的自由」を守るために「しつこく言い寄る自由」を訴える声明文に署名をしてから1週間後、カトリーヌ・ドヌーヴは、自ら署名したことを認めながらも、他に署名した何人かによる言動とは距離を置いていることを明かす。そしてこの文章によってショックを受けたかもしれない性的暴行の被害者達に対してお詫びの気持ちを述べている。

カトリーヌ・ドヌーヴは、1月12日(金)に私たちが電話で行ったインタビューの後、以下に掲載するテキストを手紙の形式で送ってくれた。それは私たちによってお願いしたからであり、なぜなら彼女自身の声を聴きたい、そして複数の人々に署名されたあの声明文全体に彼女が賛同しているのかどうか知りたい、そしてその後の署名者の何人かの発言に対してどのような反応を示しているのか確認したいと願っていたからだ。つまり彼女自身の立場を表明することを私たちは願った。

「リベラシオン」編集部



たしかに私は、『ル・モンド』紙に掲載された『...自由を擁護します』と題された声明文[註1]に署名しましたが、この声明文は多くの反応を引き起こし、明確にすべき点があると思います。

はい、私は自由を愛しています。誰もが裁き、仲裁し、断罪する権利を持っていると感じているような、現代に特徴的なこういった風潮は好きではありません。今はソーシャル・ネットワークで告発されただけで処罰を受け、辞任せざるを得なくなり、時に、そして多くの場合、メディアによる集団批判、リンチを受けることになります。30年前に誰かのお尻を触ったという理由で、法的なプロセスを経ることなく、ひとりの俳優が一本の映画作品のクレジットから消され、ニューヨークの大きな機関の代表が辞任に追い込まれることが可能な時代です。私は何も弁護しません。そうした男性たちの罪に裁断を下すような資格は私にはありません。そして(法的なプロセスの外で)そんな資格を持つ人などほとんどいないでしょう。

私はただ、今日あまりにも日常的になっている、猟犬のように人の後を追い回そうとする傾向が好きではないのです。『#balancetonporc(豚野郎を告発せよ)』[註2]を賛同することに、昨年10月当初から私が留保しているのはそうした理由からです。

私はうぶなお人好しでもなく、たしかに男性の方が女性よりもそうした行為に及ぶことが多いことは理解しています。しかしこのハッシュタグが密告を誘うようなものではないとどうして言えるのでしょう? そこに操作や汚い手口が存在しない、無実の自殺者がでることはない、と誰が保証できるでしょうか? 「豚野郎」も、「あばずれsalope」もなく、私たちは共に生きるべきでありです。そしてこれは認めますが、声明文『...自由を擁護する』は完全に正しいとは言わないまでも、力強い文章だと私は感じたのです。

たしかに私はこの声明文に署名しましたが、今日、何人かの署名者たちが、我が物顔にメディアで自分の意見を述べ、文章の精神さえ歪めてしまっている、そのやり方に私が感じている異論をきちんと示す必要があると強く感じました。テレビ番組の中で『レイプの際にオルガスムに達することがある』、と述べることは、そうした犯罪の犠牲者たちの顔に唾を吐くより酷い行為です。こうした発言をすれば、破滅させるために権力を用い、セクシュアリティを使う習慣を持つ者たちに、彼らの行為はそれほど深刻なことではない、なぜなら犠牲者たちが性的快楽を得ることもあるから、という口実を与えるリスクがあります。それだけではありません。他の多くの人々と声明書に署名する時、私たちは連帯して表明するのであり、自分自身の言葉を自制することなく述べて、他の参加者を巻き込むことは避けなければなりません。これは恥ずべき行為です。あの文章は、どの部分においても、セクシャル・ハラスメントを正しいとは述べてはおらず、そうでなければ私は署名しなかったでしょう。

私は17才から女優です。そしてこれまでにデリカシーに欠けるなどと言う以上の状況を目にしたことがあり、また他の女優たちから、卑劣なやり方で自分の権力を濫用した映画監督がいたと聞いたこともあります。そのことに言及する事はできます。ただ、私は彼女たちの立場から語ることはできません。そして、つねに権力や階級的立場、あるいは支配の形態が、身体的、心的外傷を引き起こすような、耐えられないような状況を作り出すのです。職を失うリスクがあるため、あるいは侮辱や下劣な嘲弄を受けてしまい、ノンと言えなくなるとき、そうした罠がかけられます。私は、したがって、打開策は、我々の子供たち、男の子、そして女の子たちの教育にあると思います。しかしまた場合によっては、セクハラ行為があれば即座に調査を行うことを職場の規約で定めることも必要でしょう。そういった点において、私は司法の力を信じたいと思います。

結局のところ、私があの声明文に署名したのは、私にとって非常に重要と思えたある理由によります。それは芸術における浄化の危機です。世界文学全集でサドの本を焼き払うことになるのでしょうか? レオナルド・ダ・ヴィンチをペドフィリアとみなし、彼の絵画を消去したりするのでしょうか?ゴーギャンの絵画も美術館から外されるのでしょうか?エゴン・シーレのデッサンは破壊される?それではフィル・スペクターのCDさえも禁止されるのでしょうか? こうした検閲の雰囲気には声を失い、私たちの社会の将来に対して不安にならざるを得ません。

私は時にフェミニストではないと非難されることがあります。私が『343人のあばずれ(343 salopes)たちの声明』[註3]のひとりであり、マルグリット・デュラスやフランソワーズ・サガンたちと共に、シモーヌ・ド・ボーヴォワールが書いた声明文『私は妊娠中絶しました』に私自身も署名したことを思い出してもらうべきでしょうか?当時、妊娠中絶は刑罰の対象となり、投獄されることもありました。だからこそ、戦略的に今回私を支持することが自分たちの得になると考えたあらゆる種類の保守主義者、人種差別主義者、伝統主義者に、私は騙されはしないのだと伝えたかったのです。彼らは私の感謝も、友情も得ることはなく、まさにその逆なのです。

私は自由な女です。そしてこれからもそうあり続けるでしょう。『ル・モンド』に掲載された声明文から攻撃されたと感じた、憎むべき行為の全ての犠牲者へ、友愛の意を表し、彼女たち、ただ彼女たちにのみ、私はお詫びいたします。

敬具
カトリーヌ・ドヌーヴ



訳者から
昨年のフランス映画祭の団長として来日したドヌーヴに数日間アテンドをさせて頂いた。その際に、一番印象に残ったのは、彼女がひとつひとつの出来事、ひとりひとりの発言、行為を自分の目で見て、自分の耳で聞き、受け止める人だということだった。たとえば、前日に、彼女の心を傷つけ、疑問視するような出来事があり、直後は傷つき、それを批判的な言葉で評していても、翌朝、ホテルの部屋に迎えに行くと、片手にタバコ、もう片方にコーヒーを持ちながら、清々しい表情で、その出来事、あるいはその人物を違う角度から捉え直し、なるべくその人の立場から理解しようとしている彼女がいるのだ。これまでも彼女のインタビューを読む度に感じてきたが、身近で接することで、彼女の発言、その眼差しが彼女の生きてきた体験、彼女自身の思考から出てきているのだと改めて感じられた。自分自身の場所から、自分自身の声を発してきた彼女だからこそ、人一倍、集団で寄って集って批判したり、裁いたりする風潮に耐えられない思いを抱いているのだと理解する。そしてこれまでのそのフィルモグラフィーを見れば分かるように、ドヌーヴは既存の価値観を覆し、ショッキングなまでに自由な女性を演じ、芸術である映画の可能性を作り手とともに探求してきた。そんな彼女だからこそ、行き過ぎたポリティカルコレクトネスが芸術表現の自由を奪う「芸術における浄化」の傾向を非常に不安視し、憂いでいるのだろう。しかし、まずなによりも、今回の「ル・モンド」の声明文に傷ついた性的暴力の犠牲者の声を聞き、心痛め、彼女たちになによりもお詫びの気持ちを真摯に伝えたいと願ったことが彼女にこの手紙を書く決断へと至らせた一番の理由であるだろう。
拙訳で、どれだけ彼女の真意を届けることができるか不安だが、まずはこの手紙を読んでいただき、それぞれが自分の言葉で語り、議論できる場を持てることを願い、ここに訳出した。

尚、原文は「リベラシオン」編集部の以下のサイトに掲載されており、英語訳でも読むことができる。
https://goo.gl/5Mp6C5

坂本安美



[註1]

2018年1月10日にフランス日刊紙「ル・モンド」に発表された「100人の女たちによるもう一つの意見」と題された声明文。起草者としてサラ・シッシュ(作家、精神分析医)、カトリーヌ・ミレ(アート批評家、作家)、カトリーヌ・ロブ=グリエ(女優、作家)、ペギー・サストル(作家、ジャーナリスト、翻訳家)、アブノス・シャルマニ(作家、ジャーナリスト)、そしてカトリーヌ・ドヌーヴほか、イングリット・カーフェン(女優、歌手)、エリザベット・レヴィ(ジャーナリスト)らが署名しています。数々の映画関係の翻訳書がある井上正昭氏の翻訳をご参照ください。

[註2]

米プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスティーン氏のセクハラ事件をめぐる動きがフランスにも波及し、議論が巻き起こった。米女優がツイッターで、セクハラ被害に遭った女性に「#Me Too」によって呼びかけたのに対して、フランスでは2017年10月13日に、サンドラ・ミュレール記者が「#balancetonporc(豚野郎を告発せよ)」でセクハラ体験を暴露するよう呼びかけ、18日までに33万5300件のメッセージが飛び交い、さらに議論が沸騰した。

[註3]

1971年4月5日、「ヌーヴェル・オプセルヴァトワール」誌に、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、マルグリット・デュラス、カトリーヌ・ドヌーヴ、フランソワーズ・サガンら女性たちが「フランスでは100万人の女性が堕胎している。私もその一人であることを宣言する」という〈343人のあばずれたちの声明〉を発表し、人工妊娠中絶合法化を要求した。この運動が功を奏し、1975年に人口妊娠中絶合法化を明記したヴェイユ法が制定される。この法は、それまで不衛生で危険な非合法の中絶を選択せざるを得ない女性を含む全ての女性にとっての身体への権利を獲得し、女性の身体への自由、ひいては女性の人権を確立した重要なターニングポイントとして位置づけられる。

カトリーヌ・ドヌーヴの眼の中で...

坂本安美

フランスの人気カルチャー週刊誌である「レザンロキュプティブル」の編集長、元「カイエ・デュ・シネマ」編集長である映画批評家ジャン=マルク・ラランヌによるラジオ番組「...の眼の中で」(Dans les yeux de...)は、映画人を招き、映像、映画だけではなく、絵画、写真、ゲーム、テレビ、漫画、つまり彼らの「眼の中」に映り、記憶している映像についてラランヌが質問し、ゲストが自由に語り、彼らの出演作の音楽や映画の抜粋が流れる、それぞれの映像の歴史、映画史が見えてくる大変興味深い番組である。これまでにジェーン・バーキン、クリストフ・オノレ、アルノー・デプレシャン、オリヴィエ・アサイヤスなどが招かれた。これまで数多くの映画人と素晴らしいインタビューを行ってきたラランヌのジャーナリストとしての才能が十全に発揮されている。

2017年3月5日、ラランヌがもっとも憧れ、これまで何度となくインタビューをし、論じてきたフランスを代表する大女優カトリーヌ・ドヌーヴがこの番組に招かれる。

冒頭、トリュフォーの『暗くなるまでこの恋を』(1969年)の、ジャン=ポール・ベルモンドの、カトリーヌ・ドヌーヴへの感動的な愛の告白のシーンの抜粋が流れる。
「君の顔はひとつの風景だ。ふたつの目は茶色の湖だ」
「茶色と緑よ」
「そう茶色と緑色の湖だ。君の額は平原、君の鼻は小さな山、君の口は火山だ。おお、君を見ていると、あまりの美しさに目が痛くなる。待ってくれ」
「待っているわ」

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『暗くなるまでこの恋を』

この親密で官能的なふたりのやり取りのあとに、司会者であるラランヌによるドヌーヴへの「愛の告白」が続く。「カトリーヌ・ドヌーヴの顔はひとつの風景である。カトリーヌ・ドヌーヴはイメージ、いやそれ以上であり、おそらく映画史上もっとも力強いイコンとして存在している。そのイコンの力の中で、ドヌーヴはジャック・ドゥミの王女様から、ルイス・ブニュエルの倒錯的な女性まで、『暗くなるまでこの恋を』の冒険を顧みない詐欺師女から『終電車』(1980年)の気丈な女性まで、スターの輝きを放つと同時に、アンドレ・テシネの映画で日常を送る現代の女性まで繊細に演じ、女優としてのパレットには幾つもの多様な色が散りばめてきた。カトリーヌ・ドヌーヴは映像の運動そのもの、動く映像=イコンそのものであり、その道程はフランス映画史上の中でもっとも心動かされ、魅惑的である。しかしそのイコンは決してひとつに留まることなく、つねに生き生きと、動き続けている。おそらくそれは彼女がほかの映像に対してつねに大いなる好奇心、情熱を抱き続けていることによるだろう。カトリーヌ・ドヌーヴはつねに新しい映像、新しいフォルム、多様なジャンルの映画の可能性へ好奇心を持ち続けている。連続ドラマ、絵画、漫画など、様々な形態の映像への彼女の情熱を語ってもらった」
ラランヌにはかつて東京日仏学院でドヌーヴ特集を開催した際に「フランス映画の女優たち」について講演をしてもらったことがある。ダニエル・ダリユーからドヌーヴまで、それぞれの女優のスタイル、魅力が語られ、彼女たちがいかにフランス映画史を彩り、変革して行ったのか、抜粋映像とともにとても刺激的な論が展開された。


どうやら、インタビューの場所はどこかのカフェのテラスなのか、お皿が触れ合う音、隣の席の話し声も多少漏れ聞え、煙草に火をつける音が何度か確認できる。ヘビースモーカーのドヌーヴのこと、煙草が吸える場所でのインタビューとなったのかもしれない。ふたりの笑い声も何度か聞こえ、ラランヌの質問にとてもリラックスして、愉しげに答えている彼女の姿が思い浮かべられる。
ドヌーヴはまずマルジャン=サトラピ、タルディなどの作家のバンデシネ(フランスの漫画)への好みについて語り、そこからデッサン、絵画へと話題が及ぶ。「ルーブル美術館に学校の見学で初めて訪れたとき、エジプトの作品のコレクションの前で、その妖しげな雰囲気に強い印象を受けたのをよく覚えています」

「映画で恐怖を感じますか、あるいは感じるのが好きですか」という質問に、声をひそめ、低い声で「映画で怖がるの、好きだわ。ホラー映画もよく見ます。『エクソシスト』とか」と答えるドヌーヴの遊び心がなんともチャーミングである。「とくに吸血鬼映画が大好きです。トニー・スコットの『ハンガー』(1983年)への出演を引き受けた理由のひとつはまさにそこでした。吸血鬼を演じられるなんて、ミステリアスで官能的で素敵だわ、と思ったのです」

『ハンガー』の劇中で使用されている、バウハウスのヴォーカル、ピーター・マーフィーの「Bela Lugosi's Dead」が流れる。

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『ハンガー』

JML デヴィット・ボウイと共演なさった『ハンガー』はご自分の出演作の中でも思い入れの深い作品ですか?
CD はい、とても!まずトニー・スコットのことが大好きですし、彼とはとても馬が合いました。一緒に映画を作り、映像、トラヴェリングなどキャメラの動きに対する彼の配慮、一つ一つのショットにかける心配りにとても感銘を受けました。ニューヨークの橋の上のシーンなど、印象深いです。


次に、若い頃に好みだった俳優についての質問に、クラーク・ゲーブルやモンゴメリー・クリフト、そしてアメリカの30年代のコメディ映画の女優たちへの想いを語る。

CD アメリカ人の俳優たちのエネルギーは素晴らしいですよね。まず大きな声で話し、つねに彼らは「オーバー・サイズ」なんですよね(笑)。
キャサリー・ヘップバーンはもちろんのこと、ケーリー・グランドと共演していたジーン・アーサー、ジュディ・ホリディ、それからマリリン・モンロー、こうしたコメディ映画の女優たちの希有な存在に憧れました。とくに『お熱いのがお好き』(1959年)や『帰らざる河』(1954年)のマリリンには驚かされました。ジョージ・キューカーとの未完の作品、そして彼女の遺作となったはずの作品(『女房は生きていた』1962年)での、マリリンの肉体の脆さには心が揺さぶられます。ほとんど白く見えるほどに輝くブロンドの髪、痩せ細ったその身体......人生の淵に立っているかのようでした。

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『女房は生きていた』


ドヌーヴは連続ドラマについても熱を持って話す。「「X-ファイル」が放映されていたときは、その時間に帰宅するように頑張りました。もちろん道理をわきまえ、一日に3エピソードぐらいまでにとどめるようにはしておりますが...」(その後もアメリカ、フランスの連続ドラマのタイトルが次々と挙がる)。


ドヌーヴがセルジュ・ゲンズブールと共に作ったアルバム『SOUVIENS-TOI DE M'OUBLIE』から『Digital delay』が流れる。
彼女の語りかけるような艶のある歌声を聴きながら、アルバム・ジャケットのHELMUT NEWTON撮影による美しいドヌーヴの写真が思い出される。
「愛では、つねにひとりが苦しみ、もうひとりが退屈している、とバルザックが毎晩語ってくれた」
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次に、最近観た中で好きな映画について聞かれると...

CD もちろん『マンチェスター・バイ・ザ・シー』にはとても感動しました。ケイシー・アフレックは素晴らしかったと思います。それからジム・ジャームッシュの『パターソン』も大好きでした。滑稽で、優しさがあり...、ジャームッシュの作品はほとんどすべて見ています。アジア映画もたくさん見ていて、その中でもジャ・ジャンクーに大変興味を持っています。日本映画では是枝裕和の作品も好きです。フランス映画ではポール・ヴァーホーヴェンの『エル ELLE』、そして若手女性監督たちの作品、たとえばカテル・キレヴェレの『あさがくるまえに』には非常に心打たれました。セリーヌ・シアマもとても才能のある監督だと思います。オリヴィエ・アサイヤスの『パーソナル・ショッパー』も好きでした。アサイヤスの撮り方は本当にエレガントで、『シルス・マリア』(2014年)もよかったし、彼の映画のスタイルはすばらしいですね。クリステン・スチュワートは現在、最も興味深い女優のひとりだと思います。

クリストフ・オノレ監督の『愛のあしあと』(2011年)で娘のキアラ・マストロヤンニとデュエットしている『軽い娘』が流れる。
この映画でふたりは母娘を演じている。彼女達の直接の自伝的映画であるわけではないのだが、ふたりの関係、それぞれの女性としての人生が見えてくるようで、ふたりが一緒に歌い出す駅のホームのシーンは何度見ても感動する。

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『愛のあしあと』

この娘にして、この母親
私は軽い女のままでいた
心の重さとその神秘を避けるため
石の鞄のような愛
重いもの、傷つけるものを避けるため
哀れみを決して求めず、ただ欲望だけを求める


 写真についての質問では、姉たち(ドヌーヴは4姉妹の3番目)との記憶や、日常のささやかなこと、ものを彼女が大切にしていることが伺える次の言葉が心に残った。「写真は、箱の中にしまっています。アルバムで整理する気力はなくて。箱から取り出して、時々眺めて、その写真の中の雰囲気を思い出しています。メランコリックになるときもありますよね、ちょっと。小さい頃に両親や姉たちと写っている写真を見せると、モノクロなのですが、自分の着ていた洋服の色や素材についての細かい記憶がはっきりと思い出されます。姉たちのお古をもらって着ていたことが多かったけれども、とても大切に思っていたからかもしれません」


 最後に、ドヌーヴの最近の出演作、そして今後の企画について質問される。まず今年のフランス映画祭で日本初上映されるマルタン・プロヴォ監督の『ルージュの手紙』(2017年 冬 全国順次ロードショー)、そしてティエリー・クリファ監督『すべてが私たちを引き離す』(2017年)が今年公開予定だ。両作品、続けて最近見たのだが、その身体が以前より多少なりとも厚みも増しているとしても、ドヌーヴという女優がつねに軽やかさ、フランス映画よりも、もしかしたら彼女が大好きなアメリカのコメディ女優の軽やかさを持っていることをあらためて確認した。その軽やかさでもって、ドヌーヴは、普通なら躊躇してしまうような何かと何かの境、階級、世代、男と女、もしかしたら生と死さえ、ときに軽々と、ときに震えながらも潔く超えていく。ラランヌが言うところの「映像の運動」そのもの、自由そのものであるカトリーヌ・ドヌーヴ。
今後の企画としてはアンドレ・テシネとの7本目か8本目になる作品、そして『終電車』(1980年)や『しあわせの雨傘』(2010年)などことあるごとに共演しているジェラール・ドパルデューとの「心温まる」コメディがあるそうだ。


 最後のラランヌの質問「あなたの映画への愛は尽きぬものですか?」に、「はい、尽きぬもの、まだまだ尽きぬものです」と歌うようなに答えるドヌーヴ。軽やかにスクリーンを通り抜けながらも、そこに自分の生きてきた人生を自ずと刻んでいくカトリーヌ・ドヌーヴという女優。彼女はこれからも颯爽と、軽やかに映画史を、人生を進んで行くだろう。その姿をこれからも、いつまでもずっと見つめていきたい。


フランソワ・オゾンの『しあわせの雨傘』(2010年)で流れる彼女の孫娘の父親でもある歌手のバンジャマン・ビオレとデュエットしたジャン・フェレの曲『C'est beau la vie(人生は美しい)』が番組ラストに流れる。

君のブロンドの髪の中を揺らす風
地平線の上の太陽
シャンソンの幾つか言葉、
なんて美しいんだ、なんて美しいの、人生は、


※このラジオ番組は以下のリンクからPodcastでお聴き頂けます。
http://www.novaplanet.com/radionova/72564/episode-dans-les-yeux-de-catherine-deneuve