2015年ベスト
- 赤坂太輔(映画批評)
- 梅本健司(高校生)
- 荻野洋一(映像演出、映画評論)
- 楠大史(NOBODY)
- 隈元博樹(NOBODY)
- 坂本安美(アンスティチュ・フランセ日本 映画プログラム主任)
- 佐藤央(映画監督、映像ディレクター)
- 杉原永純(山口情報芸術センター[YCAM]シネマ担当)
- 高木佑介(NOBODY)
- 田中竜輔(NOBODY)
- 常川拓也(映画批評)
- 中村修七(映画批評)
- 降矢聡(映画批評)
- 三浦哲哉(映画批評)
- 結城秀勇(NOBODY)
- 渡辺進也(NOBODY)
赤坂太輔 (映画批評)
映画ベスト5
本年は年末に死去した母親の介護→看取りに時間を割くこととなり、多くの重要な上映・作品を見に行くことを断念せざるを得なかった。よって辞退したいところではあるが、
- 『La Nuit et l'enfant』 David Yon
- 『Studies for the Decay of the West』 Klaus Wyborny
- 『天竜区奥領家大沢 冬』堀禎一
- 『水槽と国民』ジャン=マリー・ストローブ
- 『フランスの王女』マティアス・ピニェイロ
その他に『岸辺の旅』(黒沢清)『ハッピーアワー』(濱口竜介)『Synchronizer』(万田邦敏)『アラビアンナイト』(ミゲル・ゴメス)『アンジェリカの微笑み』(マノエル・ド・オリヴェイラ)、旧作なら『水晶の揺籠』(フィリップ・ガレル)『Frau fährt, Mann schläft』(ルドルフ・トーメ)等いくつもあるが、前述の理由で詳細を書くことは避けたいと思う。
その他
これも前述した身内の場合を別にしても、マノエル・ド・オリヴェイラのように直接お会いした方、常日頃聴いていたオーネット・コールマン、今別誌に追悼文を依頼されている原節子に至るまで、大小さまざまな影響を与えてくれた方々が逝去され個人的には大いなる喪失の年になってしまった。
一方で本誌の連載をいただいたこと、初めて伺った広島や十年来訪れている京都で出会えた人々が新たな映像の旅へと誘ってくれ、励みとなったことも確かである。
現状は、映像を人を操るための道具=メディアとして使う人々によってますます危険なものとなっている。本誌連載ですでに論じていることだが、特に画面外の空間/音を無視する人々(作り手および書き手)は、それが煽動=戦争の肯定につながるという意味でまず批判されるべきである 。また現状に対抗するための「上演の映画」(本誌の連載が続く機会を与えられたらより詳細に論じる予定)もより重要なものとなろう。
梅本健司 (高校生)
映画
- 『今は正しく、あの時は間違い』ホン・サンス
- 『岸辺の旅』黒沢清
- 『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』ジョン・ファヴロー
- 『ハッピーアワー』濱口竜介
- 『ミューズ・アカデミー』ホセ・ルイス・ゲリン
決してスナイパーやスパイ、派手なカーチェイスなどは出てこないけれど、人と人との会話や駆け引きに、アクション映画のような緊張感があり、ホラー映画のように恐ろしくもあり、サスペンス映画のように驚かされもする5本。恋や旅や料理、あるいは友達や学校、日常の中にあることばかりだが、これらの作品の中ではなんてスリリングで奇跡に満ちているのだろう。
2015年忘れられないこと
- 『ホワイト・ドッグ』サミュエル・フラー(リバイバル)
あるハプニングがあり、冒頭10分を見逃したが、そのハプニングも含め映画体験として忘れられない1本。
- バイト代で買った『COMOLI』のシャツ(服)
バイト代ではじめて買った思い出のシャツジャケット。お店のお兄さんがサービスで少し値引きをしてくれた。
- 『Think Good』OMSB&『BUSINESS CLASS』THE OTOGIBANASHI'S
映画『THE COOCKPIT』に登場するOMSBと、BIMの所属するTHE OTOGIBANASHI'SのアルバムCD二枚。映画で彼らが曲を作っている様子を見たので、よりこの二枚の魅力が倍増した。
- 『亜人』(漫画)
「死がない」ことと、「死」が人に何を及ぼすのか、そのことで登場人物たちがそれぞれ違ったアクションを起こしていく。とても読み応えのある作品。
- 石垣島にて釣りをした(出来事)
船の人数オーバーでなぜか砂浜で釣りをさせられ、うだるような暑さの中、4時間やっても1匹も釣れないという地獄体験。
荻野洋一 (映像演出、映画評論)
映画
- 『雪の轍』ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
- 『あの頃エッフェル塔の下で』アルノー・デプレシャン
- 『フォックスキャッチャー』ベネット・ミラー
- 『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』ビル・ポーラッド
- 『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』ジョン・ファヴロー
選評
上のランキングにはまったく反映できなかったが、昨年は日本の若手女性監督が一段と前進した年であった。中村佑子『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』、松本貴子『氷の花火 山口小夜子』という2本のアートドキュメンタリーがすばらしく、劇映画では大九明子『でーれーガールズ』、草野なつか『螺旋銀河』、安川有果『Dressing UP』、呉美保『きみはいい子』が、その映画作家にしかできないことをやっていて、非常なる刺激を受けた。
また、三宅唱の『THE COCKPIT』もいい。受け手の五感を激しく揺さぶって、潔くさっさと終わってしまう。この作品を見終えた直後の、身体の幸福なほてりを忘れることができない。
ロードショー以外では、暮れにフィルムセンターで開催された〈韓国映画1934-1959 創造と開花〉および、夏に韓国文化院で開催された〈1960-70日韓名作映画祭〉が意義深い。両イベントによって、韓国映画が決してキム・ギヨンだけではないことが改めて印象づけられたが、現在のように冷却しきった両国関係において、関係者の苦労は並大抵ではなかったと思う。
美術展ベスト
- 生誕三百年 同い年の天才絵師・若冲と蕪村(サントリー美術館)
- ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画(千葉市美術館)
- 鳥居清長没後200年 追悼法要&収蔵展(両国・回向院)
- 資本空間vol.1 豊嶋康子(αMギャラリー)
- グエルチーノ展 よみがえるバロックの画家(国立西洋美術館)
選評
美術展の次点は⑥逆境の絵師・久隅守景 親しきものへのまなざし(サントリー美術館)⑦内藤礼〈よろこびのほうが大きかったです〉(ギャラリー小柳)⑧没後30年 鴨居玲展〈踊り候え〉(東京ステーションギャラリー) ⑨蔡國強展〈帰去来〉(横浜美術館) ⑩サイ・トゥオンブリー:紙の作品 50年の軌跡(原美術館)。
1位の若冲&蕪村展はキュレーターの企画力の大勝利である。伊藤若冲の人気を借りつつも、じつはキュレーターの本意は俳人・与謝蕪村の絵師としての再評価を狙ったかと思われる。若冲目当てで押しかけた群衆のなかに少しでも蕪村のすごさに気づいた人がいたならば、同展は画期的な成功だったと言える。
その他のジャンルについてベストを。本=今福龍太 著『ジェロニモの方舟』(岩波書店)、詩=稲川方人『形式は反動の階級に属している』(書肆子午線)、写真=《そこにある、時間》ドイツ銀行コレクションの現代写真(原美術館)、スポーツ=アリッツ・アドゥリス(アスレティック・ビルバオ 元スペイン代表)、演劇=『フェードル』(東京芸術劇場シアターウエスト)、『タニノとドワーフ達によるカントールに捧げるオマージュ』(東京芸術劇場アトリエイースト)、『ミステリヤ・ブッフ』(にしすがも創造舎)、音楽=向井山朋子+ゲラルト・バウハイス『シメオン・テン・ホルト作曲 カント・オスティナート』、食=銀座七丁目のそば屋「よし田」(現在は更地になっているが、閉店ではなく、単に建て替え中だと信じたい)。
楠 大史 (NOBODY)
映画
- 『さらば、愛の言葉よ』ジャン=リュック・ゴダール
- 『インヒアレント・ヴァイス』ポール・トーマス・アンダーソン
- 『岸辺の旅』黒沢清/『THE COCKPIT』三宅唱
- 『黒衣の刺客』ホウ・シャオシェン
- 『バード・ピープル』パスカル・フェラン
2015年に映画館で見た順番。『バード・ピープル』でアメリカ人とフランス人の主人公ふたりがエレベーターに乗っていて、誰もいない階に止まるシーンで「Il n’y a personne」(誰もいない)とフランス語で述べる主人公に対し「Personne-Nobody?」と英語でもう一方が応える場面がある。フランス語の「Personne」はラテン語の「Persona」から来ているように、人の内面や人格を指しているのに対し、「Nobody」はその言葉通り「No-body」、身体が見当たらない状態を指している。そして今年の映画は「No-body」から「Some-body」へと変化するように、とある身体、または精神へと移り変わる映画に富んでいた気がする。人から犬へ、ヒッピーから刑事へ、人から幽霊へ、暗殺者から女性へ、人から鳥へ。そうした意味では今年の締めくくりにマノエル・ド・オリヴェイラの『アンジェリカ』が上映されたのは相応しいことと言えるのかもしれない。
Others
- 『DUBHOUSE:物質試行52』七里圭+鈴木了二@新宿K’s Cinema
まるでスクリーンが発光するかのように、建築に捉えられた闇が映像の中から現実へと溶け出していく。「フィルムの闇を見てほしい」という監督の思惑は見事に成功していたように思う。
- 『ジャン=リュック・ゴダール、さらけ出された無秩序』オリヴィエ・ボレール、セリーヌ・ガイユール@山形国際ドキュメンタリー映画祭
縁あって、この作品のセリフを翻訳することになり、ゴダールとラバルトの言葉に翻弄される不思議な経験をした。ゴダールとラバルトが車の中で会話するシーンは印象的だった。
- 『水槽と国民』ジャン=マリー・ストローブ@広島国際映画祭2015
まさかストローブの作品が日本の映画祭で上映される日が来るとは。「国民国家」の概念を水槽の中で金魚がただ泳ぐ様子に例えてみせる、相変わらずストローブらしい作品だった。人間の理性や理屈を重んじる風土とはいかに。
- 広島国際映画祭 2015
急遽通訳を引き受けることになり、かなり密度の濃い数日間を過ごしたが、得がたい体験だった。とにかく必死だった為、もはや自分がどんな風に訳したのかあまり覚えていないが、未熟ながらも精一杯やったと思う……
- 『凡庸な芸術家の肖像:マクシム・デュ・カン論』蓮實重彦
1988年の出版物だが今年の再販をきっかけに購入。まだ上巻を読み終えたばかりなので、コメントは控えておく。
隈元博樹 (NOBODY)
映画ベスト5
- 『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』ジョン・ファヴロー
- 『アクトレス ~女たちの舞台~』オリヴィエ・アサイヤス
- 『黒衣の刺客』ホウ・シャオシェン
- 『Re:LIFE~リライフ~』マーク・ローレンス
- 『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』クリストファー・マッカリー
あらゆる状況の変化に物怖じせず、つねに反応と速度で対応するための5本。そこから学ぶべきはキューバサンドイッチを通して息子との関係性を新たにつくり直すことであり、画面から消え去った者たちの遺志とともに新たな女優としての一歩を踏み出すことであり、意表を突くようにしてスタンダードからヴィスタへとフレームサイズを切り替えることであり、過去から脱却し目の前にある人生という名の脚本と真摯に向き合ってみることであり、事態の収束を導くための機智と俊敏性とを兼ねそろえたトム・クルーズになることだった。
OTHERS
- 『去年の夏、ぼくが学んだこと』片岡義男(書籍)
今年は読書に没頭できなかったことを猛省しつつ、それでもここ数年はテディさんのお世話になりっぱなし。週刊誌の編集長が主人公の若手ライターに「すべては運命かもしれない、という考えかたは小説だよ」と語りかける後半の場面は、何だか身に詰まされました。
- 10月27日 日本シリーズ第3戦 東京ヤクルトスワローズVS福岡ソフトバンクホークス@明治神宮野球場(スポーツ)
今年初めて訪れた神宮球場が、人生初の日本シリーズ観戦。外苑前駅を降りて、都立青山高校、秩父宮ラグビー場を抜けるといつも『イースタン・プロミス』のチェルシーサポーターと同じような気持ちになってしまいます。圧倒的な総合力を擁した若鷹一味に対し、一羽の燕(山田)が放った3打席連続ホームランは敵ながらにあっぱれでした。
- 新潟県上越市高田(旅行)
雪よけの屋根を施した雁木造り、仲町通りの特異な町並など、先代からの知恵と叡智にあふれた場所です。また学生時代に同期だった上野迪音が支配人を務める「高田世界館」では、レトロな雰囲気に包まれた中で地元の方々と日々の上映に勤しむ彼の姿を垣間見ることもできました。色々と苦労はあるだろうけど、僕は高田を応援してます。
- 東銀座「武ちゃん」(居酒屋)
王子製紙本社の裏手のたたずむ一等地でありながら、お手頃価格で呑み食いさせてくれる老舗の銘店。巷ではほとんど見られなくなった鉄串での提供(手羽先のみ)、『秋立ちぬ』の料亭と同じタイプの冷蔵庫、大将とおぼしき曽根中生似の武ちゃんなど、あの暖簾をくぐるたびにワクワクしちゃいます。
- 7月15日 安保法制強行採決反対デモ集会@国会議事堂前(デモ)
日本の民主主義政治が終わった日であり、それを取り戻すための日。はらわたの煮えくり返るような政治や権力にはうんざりだ。だから僕らは、絶えず反応と速度の中で生きていかなければならない。上記の映画ベストを選んだのも、そうした理由が一端にあります。
坂本安美 (アンスティチュ・フランセ東京 映画プログラム主任)
映画ベスト5(日本公開作品より)
- 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』ジョージ・ミラー
- 『約束の地』リサンドロ・アロンソ
- 『岸辺の旅』黒沢清
- 『アクトレス ~女たちの舞台~』オリヴィエ・アサイヤス
- 『ハッピーアワー』濱口竜介
と挙げつつ、『アメリカン・スナイパー』と『さらば、愛の言葉よ』で年を明け、世界がますます混迷を深めていった2015年が終わろうとする今、再びこの2本について思い出している。「アメリカ」にとことん近づき、抱き寄せながら、その不気味さ、醜悪さ、矛盾を曝け出してみせるイーストウッド。小さな、小さな場所から、ミニマルな方法ながら、誰よりも果敢に世界への愛と闘いを繰り広げるゴダール。
自分が、これまで生きてきた記憶、あるいはもっとずっと遠くからの記憶、死者たちとともにあることを年齢のせいなのか、大切な人たちを亡くしたせいなのか、以前より強く感じるようになった。とくにこの一年は死者たちがこれまで以上に近くに感じられた。『アクトレス ~女たちの舞台~』のシルス・マリアの空をゆっくりと流れる雲、『岸辺の旅』の大きな月、『約束の地』の犬、あるいは『アンジェリカの微笑み』のあの部屋の窓。過去と現在を、死者と生者を結びつける映画の力、シンプルな力をこれらの作品はなんと丁寧に引き寄せていたことだろう。
『ハッピーアワー』の四人の女性たち。人と人、人と世界、どうすれば触れ合うことができるのか。言葉、身体によって、少しずつ近づいてくことで、彼女たちはようやく孤独に至る。そしてそこから始まるだろう。Adieu au langageこんにちは。彼女達、この作品とともに向かう未来に乾杯!
侯孝賢の8年ぶりの新作『黒衣の刺客』の主人公である女刺客はどこまでも孤独だ。どこに属することもなく、寄る辺なく、しかししっかりと、風を受け止めながら、強く進んで行く。彼女が見つめるものたち、その動きの確かさ、美しさ。We’re all exiles。
Others
- “Je vais te décevoir (あなたをがっかりさせてあげるわ)”(台詞)
アルノー・デプレシャン『あの頃エッフェル塔の下で』のエステルの台詞。
恋人ポールから「大学を卒業したらどうするの?」と聞かれたエステルが、いつもの傲慢かつ茶目っ気のある微笑みとともに口にする一言。こんな台詞を彼女みたいに言ってみたいものだ。他にも忘れられない台詞がたくさん詰まっているが、その一言一言にほぼ映画初出演の若き俳優たちが魂を吹き込んでいる。何度も、何度も見直し、生き直したい、そんな愛すべき作品=人生だ。 - イルボッリート(レストラン)
神楽坂はイタリアン・レストラン激戦区になってきている。銭湯のある神楽坂裏の路地にはヴェネツィア料理屋イル・スカンピと、同じオーナーが経営するエミリアロマーニャ州の料理を出してくれるイルボッリートがほぼはす向かいにあり、どちらもそれぞれイタリアの郷土料理、その地方のワインが食せる。とくにイルボッリートの「赤牛パルミジャーノの白プリン」は必食!
- 『たとへば君 四十年の恋歌』河野裕子・永田和宏 著(書籍)
今年少しずつ大切に読んでいた本。短歌がこんなにもダイナミックで、自由で、情熱的なものであることに、そして出会いからずっと短歌を通して愛し、思いを伝え合い、闘ってきた夫婦、彼らのあり方、その家族の懐の大きさに驚き、感動した。
- 『民主主義ってなんだ?』高橋源一郎、SEALDs 著(書籍)
2015年初夏、とにかく怒りが腹の底から沸き起こり、自然に国会前に向かい、SEALDsという名前を掲げる若者たちを目にし、たちまち魅惑された。それから国会前に毎週金曜日足を運ぶようになる。同著は、そんな彼らの主要メンバーたちと高橋源一郎氏の対話が読める。ようやくなにかが始まった、ワクワクする本だ。
佐藤央 (映画監督、映像ディレクター)
映画
- 『アメリカン・スナイパー』クリント・イーストウッド
『ブラックハット』マイケル・マン - 『アンジェリカの微笑み』マノエル・ド・オリヴェイラ
『岸辺の旅』黒沢清
『アクトレス ~女たちの舞台~』オリヴィエ・アサイヤス - 『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』クリストファー・マッカリー
- 『フォックスキャッチャー』ベネット・ミラー
- 『クリード チャンプを継ぐ男』ライアン・クーグラー
今現在、観客に対して「優れたストーリーと登場人物への深い共感」を提供しているのが映画ではなく、アメリカを中心とした連続もののテレビドラマだと仮定した場合、「今、観客に対して映画が提供できることは何か?」という問いに対する答えとしてこれらの映画を上げてみた。
「1」の2本は、例えばテレビドラマにしてみたところでそのドラマはこの2本の映画とは似ても似つかないものになるだろう。仮にストーリー展開を豊かにし登場人物への共感を深める描写を重ねたところで、この2本の映画が持つ豊かな魅力には遠く及ばないものになるに違いない。「2」の3本の映画の魅力は、それぞれの上映時間と密接に関わっている。仮にこの3本の映画をテレビドラマにしてみたところで登場人物の性格の説明的なシーンや、ストーリー展開や人物たちの取った行動について「なぜこうなったのか?」といった原因の説明が増えてゆくだけだろう。それはつまらない。「3」はトム・クルーズの説明的にならない映画特有の演技設計というか身体表現が他には変えられないものになっており、「4」はエピソードを重ねれば重ねるほど登場人物の内面が見えなくなる監督の演出の手腕に深くうなずき、「5」はロッキーという登場人物が40年に渡って積み重ねて来た時間の流れの厚みが、彼自身のイメージに不意に露出する瞬間に強く胸を撃たれた。
ボクシングベスト5
-
5月2日 アメリカ ラスベガス MGMグランド
WBAスーパー・WBC・WBOウェルター級タイトルマッチ
○フロイド・メイウェザーJr.(アメリカ) VS マニー・パッキャオ(フィリピン)● -
11月21日 アメリカ ラスベガス マンダレイベイ
WBCミドル級(155lbs契約)タイトルマッチ
●ミゲール・コット(プエルトリコ) VS サウル・”カネロ”・アルバレス(メキシコ)○ -
10月17日 アメリカ ニューヨーク マジソン・スクエア・ガーデン
WBCフライ級タイトルマッチ
○ローマン・ゴンサレス(ニカラグア) VS ブライアン・ビロリア(アメリカ)● -
10月17日 アメリカ ニューヨーク マジソン・スクエア・ガーデン
WBAスーパー・WBC暫定・IBFミドル級タイトルマッチ
○ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン) VS デビッド・レミュー(カナダ)● -
12月29日 日本 東京 有明コロシアム
WBOスーパーフライ級タイトルマッチ
○井上尚弥(日本) VS ワーリト・パレナス(フィリピン)● -
IBFライトフライ級タイトルマッチ
●ハビエル・メンドーサ(メキシコ) VS 八重樫東(日本)○
2015年は「メイウェザーVSパッキャオ」の試合がとうとう開催されたことで記憶される年であり、世界中の人々の「この試合を見たい」という欲望が、約6年という潜伏期間を経てとてつもない規模で大爆発を起こした歴史的なメガイベントとなった。
この大爆発は、世界のボクシング界を一気に「ポスト・メイウェザー時代」の覇権争いの時代へと導いた。各ラウンドに必ず優劣をつけなければならない「10ポイントマストシステム」時代のボクシングを完成の域にまで高めたメイウェザーのスタイルは、良くも悪くもボクシングから能動的な攻撃性を奪ってしまい、アマチュアボクシング的なポイントピックアップのためのスポーツに変容させてしまった。メイウェザーが確立したスタイルから「ボクシング本来の攻撃性を取り戻せるのか」というのが、「ポスト・メイウェザー時代」の覇者に求められる要素となっている。
そこで次のPFP候補として上げられているのが、「2」の“カネロ“・アルバレス、「3」のローマン・ゴンサレス、「4」のゲンナディ・ゴロフキンといった攻撃センスの高い選手たちであり、その次の世代として期待されるのが「5」の井上尚弥だ。これらの選手にアンドレ・ウォードを筆頭にしたポイントピックアップ能力に優れたテクニカルなボクサーがどういったパフォーマンスを見せるかというところが2016年の魅力の一つである。最後になるが、大好きなボクサーである八重樫東選手の3階級奪取に心からの感謝と祝福を贈りたい。
杉原永純 (山口情報芸術センター[YCAM]シネマ担当)
映画ベスト5
- 『黒衣の刺客』ホウ・シャオシェン(福岡・中洲大洋劇場/2015.9.19)
- 『ハッピーアワー』濱口竜介(広島・横川シネマ/2015.11.23)
- 『ワイルド・スピード SKY MISSION』ジェームズ・ワン(山口・イオンシネマ防府/2015.5.19)
- 『恋人たち』橋口亮輔(大分・シネマ5/2015.11.15)
- 『劇場版どついたるねんライブ』梁井一(下北沢トリウッド/2015.9.23)
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『ブラックハット』あたりのスクリーンで見れていないもの、『神々のたそがれ』など自分で上映を組んだ作品は別とする。たまたま出くわすことのできた上記5作品。こうやって遭遇する可能性こそが映画とスクリーンの価値だと信じている。
ホークス優勝で割引を行っていた中洲大洋劇場で『黒衣の刺客』。お客は自分含め4人。侯孝賢の手さばきは、映画というメディアがすでにこの世のものではないという感覚を呼び起こす。
劇場で仕事をしていると完成版の作品をきちんと初見で、最初から最後まで中断なく見た経験が結構欠けていることもあったりして、自分にとってはそれが濱口竜介だった。『ハッピーアワー』のあのシーンで、東山千栄子を幻視した。
『ワイルド・スピード SKY MISSION』傑作とか駄作とかそういうことを超えている点が、見るべき唯一の理由。
『恋人たち』の出演者たちは皆、個性派と呼ばれそうな俳優を目指しているように見える。その違和感に、丹念に練り上げられた脚本と演出が見事にハマっていた。
『劇場版どついたるねんライブ』は『テレクラキャノンボール2013』出演で男気を発揮した梁井さんが撮った劇場版AVの次なる傑作。ライブ中に花火着火、警報器ワンワンしながら煙モクモクスモーク効果でのセックスが神々しい。「生きてれば」がエモすぎる。
地方映画館私的5選
- 大分・シネマ5
- 広島・サロンシネマ
- 広島・横川シネマ
- 福岡・中洲大洋劇場
- 大阪・109シネマズ大阪エキスポシティ(シアター11:IMAXレーザー)
大阪市内からから電車を乗り継ぎ約1時間、「次世代」と呼ばれるIMAXレーザー映写のエキスポシティの109シネマズで「スターウォーズ」鑑賞。万博公園前駅で下車し、家族連れで賑わうエキスポシティに向かう途中、左手に太陽の塔が現れてくるだけで、もう良い。
高木佑介 (NOBODY)
映画ベスト
- 『ブラックハット』マイケル・マン
- 『チャイルド44 森に消えた子供たち』ダニエル・エスピノーサ
- 『岸辺の旅』黒沢清
- 『黒衣の刺客』ホウ・シャオシェン
- 『ジョギング渡り鳥』鈴木卓爾
普段何も考えていないのでこの年がどういう年であったか未だに考えれていない。とりあえずぱっと思い出すことができた5本。見たいけれどまだ見ていない映画のほうがそもそも多い。選んだ5本に関しては、ここはいったいどこで、こいつらはいったい何者なのか、映画館のなかでああだこうだと考えながら見た気もするし、何も考えずにただ映画に身を任せて見れたような気もする。失われたもの、生み出さなければならないもの、どこからともなく打ち寄せてくるもの。そういうものたちが映っていたかどうかはわからないが、でもたしかに映っていたような気にさせる映画だった。
読書ベスト
- 『重力の虹』トマス・ピンチョン(佐藤良明訳、新潮社、2014)
- 『アメリカ大陸のナチ文学』ロベルト・ボラーニョ(野谷文昭訳、白水社、2015)
- 『夜に生きる』デニス・ルヘイン(加賀山卓朗訳、早川書房、2013)
- 『ジェロニモたちの方舟――群島-世界論<叛アメリカ>篇』今福龍太(岩波書店、2015)
- 『中原昌也の人生相談 悩んでるうちが花なのよ党宣言』中原昌也(リトル・モア、2015)
読書もろくすっぽしなかった1年だったが、読みながら素直に「面白い!」と寝る時間を先送りしながら読んだ本5冊。
その他ベスト
- 音楽
- 『Think Good』OMSB
- 演劇
- SWANNY公演・ファスビンダー作「ゴミ、都市そして死」「猫の首に血」@世田谷パブリックシアター
- 食
- ちゃんぽん屋「長崎」のトリプル(半チャーハン、半シューマイ、半煮込み)¥850@三軒茶屋
- 酒
- アブサンドリップで飲むアブサン@恵比寿Bar Tram
田中竜輔 (NOBODY)
映画
- 『岸辺の旅』黒沢清
- 『アラビアン・ナイト』ミゲル・ゴメス
- 『ハッピーアワー』濱口竜介
- 『あの頃エッフェル塔の下で』アルノー・デプレシャン
- 『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』クリストファー・マッカリー
すでに失われてしまったものを取り戻すことはできなくとも、これから見出される瞬間を永遠にすることはできるかもしれない。そうした欲望に導かれて生み出されたように思えた5本を選んだ。
生活の探求
- 「無言日記」(+『THE COCKPIT』)三宅唱
『THE COCKPIT』に際してのインタヴューでの、「半径5mの生活感覚とか実感を絶対に手放さず」に「目の前にあるものをちゃんと発見する」という三宅監督の言葉を今年は何度も反芻した。こう言ってよければ、ほんとに励まされた。月に一度の「無言日記」は、いまや私にとってレッドブルみたいなものとしてある。以下の4つは、そのようなものの見方と直接的に繋がるような作品や事柄を選んだつもりである。
- 『わたしの日々』水木しげる
91歳を超えた「わたし」の日常は、晩年の小島信夫の小説やオリヴェイラの映画にも似た、現実/虚構、生/死、精神/身体といった境目を設けることを積極的に放棄した先に、記号ばかりが煌めくような世界をかくも鮮やかに描く。水木さんは本当にただこの世をさらっと通り過ぎただけなのだと、この偉大な作家の最後の作品を読んだ後では納得するほかない。
- 「登場の演劇 ジョン・フォード『荒野の女たち』」セルジュ・ダネー
「シネ砦」第1号に掲載されたダネーのこの批評は本当にすごい。「ホークス的な自立とは対照的に、フォード的な孤独は人物をそうした『回帰』に向き合わせる。一人きりの存在はすぐさま満たされてしまうのに対して、集団でいる存在は--ただ集団でいる者だけが--『よき』孤独というものを経験しうる」。本論でダネーがフォードに見出している「『よき』孤独」という感覚は、もはや孤独であることが困難なものとさえなった今日の私たちの生に、きわめて重要な知見を与えてくれている気がする。素晴らしい翻訳を手がけられた角井誠さんの「井戸の底のイメージ セルジュ・ダネーによるジョン・フォード」と併せて改めてじっくり精読したいが、その際にはようやく日本盤が発売される『荒野の女たち』をぜひとも再見しなければならない。
- 『ジル・ドゥルーズの「アベセデール」』
なんでもないような習慣や嗜好、あるいは好き嫌いが、たんに個人の生活に関わるものではなく、世界の果てに関わる政治であると思考すること。その驚異的な実践が映し出される7時間半。「左翼とは知覚の問題だ」という言葉を座右の銘にして生きていきたい。素晴らしい字幕翻訳にはただただ感謝するばかりだ。
- 国会前で過ごしたいくつかの夜
私にとっての「不可能性の壁」(廣瀬純)がさまざまなかたちで具現化された場所だった。絶望と呼ぶにふさわしい何かを幾度も知覚したと思う。私たちはこの経験の後に、単調な日々にさえそれと同じものを積極的に見出して、その都度きちんと絶望する必要があるだろう。要するに、何にも終わっていないんです。
常川拓也 (映画批評)
映画
- 『呼吸 友情と破壊』メラニー・ロラン
- 『タンジェリン』ショーン・ベイカー
- 『子連れじゃダメかしら?』フランク・コラチ
- 『Ex Machina』アレックス・ガーランド
- 『インサイド・ヘッド』ピート・ドクター
1.女優メラニー・ロランの監督としての非凡な才能に度肝抜かれた。親友との関係(友情)が乱れ、孤立していく少女の感情が破裂するラストカットまで、彼女が激しい動悸に襲われると同時に、強く胸が締め付けられた。劇中、FUN.の「We Are Young」が新年を迎える瞬間に流れる鮮烈な場面は恐ろしくも見事。
2.ジャーナルの方でも映画評を書かせていただいたが、クリスマス・イヴに愛を求めるが裏切られ、愛に絶望したトランスジェンダーの映画である。この映画は、ウソばかりの世界にうんざりし、誰も信じられなくなったはぐれ者のためにあり、それでも人の善意を信じようとする者のためにある。主演のふたりのトランスジェンダーの決して何事にも屈しない姿が美しい。「アタシはやる時は徹底的にやるんだから!」
3.『ウェディング・シンガー』のフランク・コラチ×アダム・サンドラー×ドリュー・バリモアが再結集した、『そして家族になる』とでも呼びたい愛すべきロマンティック・コメディ。原題の“Blended”というワードも印象的で、言うなれば、2015年を代表する傑作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』もまた男ふたりと女たちの、あるいはマックスからフュリオサへの輸血という意味でもblendedな映画だった気がする。高らかに友愛と多様性を謳った『パレードへようこそ』も境遇の異なるゲイやストレートが「混合」した映画だったように思う。
4.男の女への所有欲の幻想、そして<囚われの姫君>という古典的な神話を砕く近未来SFの傑作。
ほか、『ストレイト・アウタ・コンプトン』『はじまりのうた』『君が生きた証』など、音楽の力に勇気付けられる映画の存在も大きかった。140分全編1カット長回しの映画『ヴィクトリア』の試みも買いたい。
Others
- 『GIRLS/ガールズ』レナ・ダナム(TVドラマ)
ラッパーの田我流が「Saudade」という曲で歌ったように、「同じ国の違う世代より違う国の同じ世代」と本気で感じてしまうほど共感し、世界は広いのだと感じた。人生は踏んだり蹴ったりでうまくいかないことばかりだけれど、レナ・ダナムのような存在がこのクソみたいな世界を素晴らしいものと思わせてくれる。愛おしい。
- 『わたしに会うまでの1600キロ』シェリル・ストレイド(本)
ジャン=マルク・ヴァレによる映画版も素晴らしかったが、たったひとりでパシフィック・クレスト・トレイルを歩き渡った女性が、いかにして孤独や不安と向き合ったかをより精緻かつ丹念に、そしてユーモラスに綴った原作に感銘を受けた。
- RAU DEF『ESCALATE Ⅱ』(音楽)
もともとユニークな比喩表現に長けたリリカルなラッパーだと思っていたが、ZEEBRAとのビーフを経て、こんなにも実直で感動的な歌詞を書くとは思ってもみなかった。生意気でふてくされた“WAKAZO”からの精神的な成長ぶりが泣けた。改心しつつも現在を肯定しようとする態度が胸を打つ。「昨日の後悔/明日に立たない/意見があるヤツはHands In The Air」(「GR8TEFUL SKY」)
- RHYMESTER「King Of Stage 12」@Zepp DiverCity
2015年5月に急逝した盟友DEV LARGEに捧げるため、アンコールでBUDDA BRAND「人間発電所」のカバーを披露したのは忘れがたい。クラシックは死なない。「気持ちがレイムじゃモノホンプレイヤーになれねぇ」「BUDDAらに火を灯して夜空に翳そう/Yo!そして天まで飛ばそう」
- PFF予備審査および審査会議
恐れ多くもぴあフィルムフェスティバルのセレクション・メンバーを務めさせていただいた中で、何かの魅力あるいは欠点について、<書くこと>と<話すこと>の違いを改めて痛感させられた。まだ誰も知らない作品の魅力を声で正確に伝えることは思った以上に難しいと実感した。事前情報に左右されることなく自分の評価を思考する時間も含め、実に有意義な経験だった。平成男子のリアルな姿を生き生きと描いた『あるみち』との出会いも喜びだった。
中村修七 (映画批評)
映画
- 『ラブバトル』ジャック・ドワイヨン
- 『ビッグ・アイズ』ティム・バートン
- 『アクトレス ~女たちの舞台~』オリヴィエ・アサイヤス
- 『光のノスタルジア』パトリシオ・グスマン
- 『サンドラの週末』ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
5つを選んで、見た順に並べた。
『ラブバトル』は、感情の劇でもあるし、肉体の劇でもある。サラ・フォレスティエとジェームズ・ティエレが様々な感情を露わにしていたように、映画を見ていると、様々な感情を喚起される。
『ビッグ・アイズ』では、縦の構図で、手を握り合い、視線を交わし合う母と娘の姿が何度かにわたって捉えられている。同じ構図を反復することによって最終的には母と娘の勝利を確信させる端正な演出が良い。
『アクトレス』のジュリエット・ビノシュの周辺には、いくつもの相似と相反がある。そして、この映画は、それらの相似と相反を雄大な時間の流れの中に漂わせる。
『光のノスタルジア』の舞台となるチリのアタカマ砂漠は、過去をめぐるいくつもの探求が折り重なる場所だ。天体観測と考古学と遺骨収集という3つのテーマは、過去の探求という面でつながるだけではなく、イメージの上においてもつながる。
主人公のサンドラが精神的な病を抱えているからといって、『サンドラの週末』は、彼女が病から回復していく姿を捉えているわけではない。この映画が捉えているのは、精神的な病を抱えたまま、彼女が勁さを獲得していく姿だ。栄光は、マリオン・コティアールが演じるサンドラのもとにある。
美術展
- 「1930-1985 没後30年 ロベール・クートラス展 夜を包む色彩 カルト、グワッシュ、テラコッタ」、渋谷区立松涛美術館/li>
- 「Remembrance 3.11 畠山 直哉写真展 陸前高田 2011-2014」、銀座ニコンサロン
- 「尾形光琳300年忌記念特別展 燕子花と紅白梅 光琳デザインの秘密」展、根津美術館
- 「若林奮 飛葉と振動」展、神奈川県立近代美術館葉山館
- 「マルモッタン・モネ美術館所蔵 モネ展」、東京都美術館
5つを選んで見た順に並べた。
ロベール・クートラスは月光の画家だ。彼の作品において、事物はみな月の光に照らされている。「月に抱かれた男」(1978)と題された油彩の作品は、クートラスの自画像だろう。
東日本大震災以降の畠山直哉は、ヴァルター・ベンヤミンが描き出した「歴史の天使」のように写真を撮る。彼の視線の先には、瓦礫が積み上がっていくばかりなのかもしれない。大津波によって自然の驚異を見せつけられた陸前高田では、いわゆる復興事業によって工業の驚異的な力が発揮される土地となった。
光琳展の目玉は、「燕子花図屏風」と「紅白梅図屏風」が並べて展示されていることだった。「燕子花図屏風」の鮮やかさと若さ、「紅白梅図屏風」の不気味さと老獪さが印象に残っている。
若林奮は、木や鉄を用いた彫刻を作りながらも、蒸気や大気や振動に対して関心を向けていた。このことは、必然的に彼を独自の問題へと向かわせることになる。若林は、彫刻を作りながら、触覚的に空間を捉えることを意識していたのではないかと思う。
1910年代以降の晩年にクロード・モネがジヴェルニーの庭で描いた作品群に驚かされる。晩年のモネと初期のモネとでは、光の質が大きく異なる。晩年にモネが描いた作品群は、印象派と呼んで片付けてしまえるようなものではない。
降矢聡 (映画批評)
映画ベスト(順不同)
- 『メイド・イン・アメリカ』ロン・ハワード
- 『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』J・Cチャンダー
- 『マイ・インターン』ナンシー・マイヤーズ
- 『ネイバーズ』ニコラス・ストーラー
- 『スタテン・アイランド・サマー』リス・トーマス
1.アメリカ製ドリームストーリーはまるっきり嘘くさく聞こえるが、イリーガルなアパートの屋上から見えるバークレイズセンターには、やっぱり胸が熱くなる。そして日本にはアパートの一室から宇宙が見える『THE COCKPIT』があった。
2.最も暴力に溢れた年/都市。1981年真っ白な雪に覆われたNYに流れる、ドス黒いオイルとアレックス・エバート「America For Me」のかすれ消え入る絶唱は、近年でもとりわけアンビバレントで悲痛な響きを持っていたように思う。
3.「このゴミだらけの汚い街を水洗便所のように洗い流してくれよ」と孤独にNYを徘徊し、ウーマンリブも知らなかった“タクシードライバー”が、いまやNYを正しく乗りこなし、女社長とFBで友達となる姿はなによりも感動的だった。
4.2015年で一番笑えた愛すべき隣人コメディ。この映画や『恋人まで1%』のザック・エフロンと『クレイジー・ドライブ』、『WHAS:キャンプ1日目』のクリス・パインの活きっぷりは見事なもので、今後の活躍がとても楽しみ。
5.永遠に繰り返されるこの夏休み青春映画は、だから2015年の一本というわけではないけれど、ぜひとも2015年の一本として入れておきたい。
Others(書籍)ベスト(順不同)
- 『山口組動乱!! 日本最大の暴力団ドキュメント 2008~2015』溝口敦
『山口組分裂抗争の全内幕』もご一緒に。三島組長ら伝説の人物たちが復帰し集いだした現在は、『龍三と七人の子分たち』というよりリアル・アベンジャーズだ。まったく笑えない。
- 『S,M,L,XL+: 現代都市をめぐるエッセイ』レム・コールハース
'95年の『S,M,L,XL』は1,300ページ超え2.7kgの大著だったが、こちらは『S,M,L,XL』から都市にまつわるエッセイを抜き出し、その後の問題作も加え、文庫本でお届けしている。お手軽だ。
- 『民のいない神』ハリ・クンズル
空爆/空漠(=民のいない土地)、なんて風刺はおろかシャレにもならない不吉なビジョンが脳裏に浮かぶ。ピンチョンなどから影響を受けたこの作家が描くモハヴェ砂漠に、『インヒアレント・ヴァイス』の監督PTAの荒野、砂浜が少し重なった。
- 『WIRED VOL.20』(GQ JAPAN 2016年1月号増刊)/特集 A.I.(人工知能)
10年後にはエネルギーや衣食住がフリーになり、労働とお金がなくなる。そして不老までも手に入る「新生人類」の時代が幕を開ける。やっぱりな! 僕もそろそろかなと思っていたところ。
- 『ナチュラル・ボーン・ヒーローズ―人類が失った"野生"のスキルをめぐる冒険』クリストファー・マクドゥーガル
ヤギの論理に従い、無法者の見方(アウトロー・アウトルック)をすべての原動力とし、燃料としての脂肪(ファット・アズ・フュエル)を用いて、自然な動き(ナチュラル・ムーブメント)で遂行された、クレタ人たちによるあまりにも過酷なドイツ軍司令官誘拐作戦の顛末は、ずばり超面白い!
三浦哲哉 (映画批評)
映画ベスト5(順不同)
- 『息の跡』小森はるか
- 『THE COCKPIT』三宅唱
- 『僕と兄』ロバート・フランク
- 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』ジョージ・ミラー
- 『ハッピーアワー』濱口竜介
見逃した新作はあまりに多く、自分が選者になっていいのかと恥じ入りつつ、山形国際ドキュメンタリー映画祭で出会うことのできた作品を特記したかったので参加させていただいた。震災以後の映画の行方を自分なりに注目してきたが、ついに『息の跡』のような作品に出会えたことの感動は本当に何ものにもかえがたい。崩壊と忘却の縁(世界の果て)でなされる種屋の佐藤さんの真剣でユーモラスな営みに、心をはげしく揺さぶられる。『THE COCKPIT』に触発された。日々の仕事をこういう風にやりたいものだ。今年の山形は、二つの特集「二重の影」と「ラテンアメリカ」が大充実(『チリの闘い』は別格とした)。度肝を抜かれたのはロバート・フランク『僕と兄』。統合失調者のジュリアスをしたがえたアレン・ギンズバーグによるポエトリー・リーディングの現場の興奮は、発狂しそうなほどすごい。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は人間が意識してできる範囲がついにここまで広がったのか、と感嘆。『ハッピーアワー』、感無量!
乳児むけ番組ベスト5
- 「アンパンマン」
- 「みいつけた!」
- 「いないいないばあっ!」
- 「ピタゴラスイッチ」
- 「おかあさんといっしょ!」
新作チェックもせず何をしていたのかと言うと、乳児の世話をしており、その間、乳児対象テレビ番組の知見だけは増えたのだった(ご興味ない方は飛ばしてください、すみません……)。さて、これはよく聞いていたのだが、やはり『アンパンマン』の訴求力はさながら魔法のようだった。なぜか。HULUテレビで何度も見せながらわかったのは、これはメリエスだということ。顔をすげかえるという芸がまさにそうだが、消えては現れ、現れては消えること、それが映像の魅力の核心にあると見抜いたメリエスと同じ発想で作られているのがアンパンマンでは。『いすのまちのコッシー』は毎回スウィングする高水準のコント。サボさんとコッシーの中年趣味人的な声の響きがいい。『いないいないばあ』は、着ぐるみのキャラクター・ワンワンの声の苦労人的なやさしさに大人も癒やされる。「いないいないばあ」という遊びそのものも、メリエス的原理と親和性がある。「ピタゴラスイッチ」は、ドミノ倒し映像に毎日しみじみと感嘆。『おかあさんといっしょ』のお兄さんとお姉さんのコントは醒めた目で見ると狂気の世界。「かぞえてんぐ」がとくに。20代目歌のお姉さんの三谷たくみは、一見カマトトに思われるかもしれないが、よくよく観察すると、目に聡明な稚気と毒気が潜んでいて(酒席などでは醒めた毒舌を振るうのでは?)、独特の魅力をかたちづくっているように思われてくる。
結城秀勇 (NOBODY)
映画
- 『チリの闘い――武器なき民の闘争 三部作』パトリシオ・グスマン
- 『岸辺の旅』黒沢清
- 『黒衣の刺客』ホウ・シャオシェン
- 『神々のたそがれ』アレクセイ・ゲルマン
1.映画であると同時に現実であり、国家をめぐる陰謀であると同時に名もなき民衆の物語であり、過去の記憶であると同時にたえず現在に送り返されるなにか。詳しくはこちら 。おそらく彼らはある種の失敗や敗北によって「武器を持たぬ人々」になるわけだが、彼らの敗北は歴史上のいかなる勝利よりもいまを生きるために必要なことを教えてくれる。きっと 2016年には東京とかでも上映される機会があるはず。
2.今年は『アンジェリカの微笑み』(マノエル・ド・オリヴェイラ)や『5 windows eb』『5 windows is』(瀬田なつき)など、個人的に長年のテーマでありつづけている「すでに死んだひとりの女に恋をする」問題にふれる傑作が他にもあったのだが、その問題の最先端でありかつあきらかに別のパラダイムへと突き抜ける『岸辺の旅』をここでは選びたい。死者に会いに向こう側へ旅するのでもない。たんに死者がこちら側へやってくるのでもない。どちらが生きていてどちらが死んでいるのかもわからないような波打ち際のような場所で、生者と死者は束の間出会う。そんなこともきっとあるよね、と希望的観測でも諦念でもなくただ静かに確信させてくれるような映画だった。光に質量があるかも、って話がノーベル賞を取った年にこの映画があるすごさについてみんな語るべき。
3.とにかくなんといっても2015年の映画のテクノロジーについて一番考えさせられたのはこの映画。詳しくはこちら。35mmフィルムで撮影する行為が映画というものに対して持つ、真偽や美醜や善悪の観念を粉々に打ち砕く、暴力的なまでの作品。これを見ている間ずっと、画面には映し出されることのないホウ・シャオシェン率いるスタッフ陣の姿が思い浮かんで、絶対この人たちカタギじゃねえな、としみじみ思う。そうした意味で個人的に2015年ベストの「ヤクザ映画」。
4.「我々にはひとつのエチカ、ひとつの信が必要なのだ。そう聞いたら愚か者たちは笑うだろう。しかし、我々に必要なのは何か別のものを信じることではなく、この世界を信じること、つまり、愚か者たちもその一部をなしているこの世界を信じることなのだ」(ジル・ドゥルーズ『シネマ2 時間イメージ』)。雨や雪でどろどろにぬかるんだ地面と、そこらに吐き捨てられ垂れ流される唾や糞尿。そうした汚れたどろどろの表面が覆っている世界に生きることにひどい徒労を感じているようなドン・ルマータが、それでもそこに生きる愚かな人々に対して「愛」としか呼びようのない感情をも抱いているのが見えるとき、彼に対して「だよね、お互いつらいよね」と共感めいたものが湧いてくる。BDにも収録されているこの映画のメイキングドキュメンタリーの中でゲルマンは、「ペレストロイカの頃は社会がこんなに後退することになるとは思ってもみなかった」と語っていた。それはなにもロシアだけの話ではない。私たちは世界全体を包み込む巨大な「後退」のなかにいて、あるときドン・ルマータのような人物とすれ違ったときには、「あんたも神様だったのか、お互いつらいよね」とアイコンタクトをひそかに交わすのだ。
意外と長くなったので4本にしておきます。
その他
「カイエ・デュ・シネマ」715号に文章を載せてもらう機会があった。「あのカイエに!」という感慨ももちろんあるのだが、それ以上に「若い日本映画」というこの特集を機会に考えたことは、自分にとって新たなパースペクティヴを形成するきっかけになったように思う。
「ここ一年の日本映画の状況について書いてくれ」という依頼を受けたときには、なんでとりわけこの一年なんだ?と悩んだものだった。600本を越える邦画が公開されるという狂ったような現状の、とりわけ自主映画や低予算映画と呼ばれるような作品のことを考えた結果、『サウダーヂ』(富田克也)以降(そして2011年3月11日以降)というひとつのフェーズを強く意識し、同時にまたその次のフェーズの到来もそう遠くないような気がしている。実際ここに書いた作品のいくつかは、その後公開の際にまた違うかたちで関わったりすることになったりもし、だから『THE COCKPIT』(三宅唱)『ハッピーアワー』(濱口竜介)『ディアーディアー』(菊地健雄)『ジョギング渡り鳥』(鈴木卓爾)などの作品は上のベストからは除外した。ここに書いた作品群は、自分もその一部であるところの新しい現状をささやかながら作り出しつつあるように思う。そのことを本当に評価するべきなのは私ではなくて、まだ見ぬ観客たちーーそれは海外の、ということかもしれないし、(もしそれが存在しうるのならば)来るべき未来の若い観客たちかもしれないーーだろう。そのために自分にできることはなんでもやろうというつもりでいる。来年は『ディストラクション・ベイビーズ』(真利子哲也)も『バンコクナイツ』(富田克也)もあるし、楽しみだ。
渡辺進也 (NOBODY)
映画ベスト(順不同)
- 『アメリカン・スナイパー』クリント・イーストウッド
- 『無言日記/201466』三宅唱
- 『きみはいい子』呉美保
- 『岸辺の旅』黒沢清
- 『私の血に流れる血』マルコ・ベロッキオ
- 『ハッピーアワー』濱口竜介
数を限ってしまうことでいろんなことがこぼれ落ちてしまうような、今年はそんな多種多様な映画に溢れていたように思います。取材や公共の場で、また広島国際映画祭で、映画について多くの人と話したのが財産となる1年でした。
書籍
- 「TOmagazine」
東京23区を移住しながら、順番に特集してゆく雑誌。次はどの区が特集されるのか楽しみ。
- 『マリリン・モンローと原節子』田村千穂
ほとんど出演映画を見ているはずなのに自分の知らないふたりの姿を知る。
- 『ヤング・アダルトU.S.A.』山崎まどか、長谷川町蔵
ここで話されていることが、いまではほとんど言及されなくなってしまったアメリカ映画のある部分だと思う。
- 『人類のためだ。ラグビーエッセイ選集』藤島大
ラグビー自体よりも、ラグビーについて書かれた著者の文章のほうが好きだという。
- 「シネ砦」
待ちに待った創刊号。