2019年ベスト
- 赤坂太輔(映画批評家)
- 井戸沼紀美(『肌蹴る光線 ーあたらしい映画ー』主催)
- 梅本健司(映画館受付)
- 海老根剛(表象文化論/ドイツ文化研究)
- 岡田秀則(映画研究者/フィルムアーキビスト)
- 荻野洋一(番組等映像演出/映画評論家)
- オリヴィエ・ペール(「アルテ・フランス・シネマ」ディレクター/映画批評家)
- 隈元博樹(NOBODY)
- クリス・フジワラ(映画批評)
- 坂本安美(アンスティチュ・フランセ日本 映画主任)
- 佐藤公美(映画プロデューサー/マネジメント)
- ジュリアン・ジェステール(フランス日刊紙「リベラシオン」文化部チーフ/映画批評)
- 杉原永純(映画キュレーター)
- 田中竜輔(NOBODY)
- 千浦僚(映画文筆)
- 常川拓也(映画批評)
- 中村修七(映画批評)
- 新谷和輝(映画研究/字幕翻訳)
- PatchADAMS(DJ)
- 廣瀬純(現代思想/映画批評)
- 三浦翔(NOBODY)
- 結城秀勇(NOBODY)
- 渡辺進也(NOBODY)
赤坂太輔 (映画批評家)
2019年映画ベスト
- 『王国(あるいはその家について)』草野なつか
- 『Terra』鈴木仁篤、ロサーナ・トレス
- 『Amor Omnia』山角洋平
- 『嵐電』鈴木卓爾
- 『ポルトガルの女』リタ・アゼヴェード・ゴメス
- 『Baldio』イネス・デ・オリベイラ・セザール
- 『Voskresenye』スベトラーナ・プロスクーリナ
- 『La vendedora de fosforos』アレホ・モギランスキー
- 『ファイアー・ウィル・カム』オリベル・ラシェ
- 『In Memoriam』ジャン=クロード・ルソー
- 『Classical Period』テッド・フェント
次点『イメージの本』ジャン=リュック・ゴダール
自著の出版もあって映画館に行けなかった年だし、5本以内にと思いましたが、結局11本。日本未公開作は将来の参考にしてくれればいいと思います。
2010年代映画ベスト
- 『家族の灯り』マノエル・ド・オリヴェイラ(2012)
- 『果てなき路』モンテ・ヘルマン(2010)
- 『向かいにある夜』ラウル・ルイス(2011)
- 『Festival』ジャン=クロード・ルソー(2010)
- 『ラ・カサ/家』グスタボ・フォンタン(2012)
- 『天竜区奥領家大沢 冬』堀禎一(2015)
- 『ジョギング渡り鳥』鈴木卓爾(2015)
- 『影たちの対話』ジャン=マリー・ストローブ(2014)
- 『西洋の没落のためのエチュード』クラウス・ウィボニー(2010)
- 『15時17分、パリ行き』クリント・イーストウッド(2018)
5本では無理で、こちらも10本に。次点はゴダール(『さらば、愛の言葉よ』)、スコリモフスキ(『11ミニッツ』)、ベロッキオ(『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』)のベテランからマリアーノ・シニャス、マティアス・ピニェイロら南米とエロイ・エンシソ、アルベルト・セラ、ホナス・トルエバらスペイン周辺の若手ら、ホン・サンス(『よく知りもしないくせに』か『夜の浜辺でひとり』または『次の朝は他人』)やウジェーヌ・グリーンもいるが1本に絞れず。映像の現状論は拙著『フレームの外へ』に書いた通り。
2019年その他ベスト
特にライブ映像にあったエイヴァ・メンドーサのギター入りクインテットがよかった。
井戸沼紀美 (『肌蹴る光線 ーあたらしい映画ー』主催)
2019年映画ベスト(順不同)
- 『アマンダと僕』ミカエル・アース
- 『自画像:47KMの窓』ジャン・モンチー
- 『ディアーヌならできる』ファビアン・ゴルジュアール
- 『ホワイト・ボイス』ブーツ・ライリー
- 『・ふ・た・り・ぼ・っ・ち・』榎戸耕史
葬儀場のスタッフが、見ず知らずの故人について情感たっぷりに語るナレーションが苦手だった。『アマンダと僕』が好きなのは、この映画がその対局にあると思えるから。みずみずしく切り取られたパリの街も、登場人物たちの震える涙も、物語のためにかたどられたものではない。ただ広場が存在し、光が降り注ぐように、ある人々が生きている。そのことを映したフィルムは、疑いの余地なく美しかった。『自画像:47KMの窓』は山形で。中国の小さな村を映した同作を観て、観客席にいた同じ中国出身の少女は「私の村をみているようで、嬉しいし、悲しい。」と言った。外界と室内をむすぶ窓のように、悲壮感と無邪気さ、風と炎、お爺さんと少女の間に立って、ジャン・モンチー監督は微笑む。『ディアーヌならできる』は、同性婚・代理出産のテーマに対する深刻すぎず、軽率すぎないアプローチが心地よかった。クロティルド・エスムの演技や、とろけるようなキスシーンが作品をなおさら忘れがたいものにしている。『ホワイト・ボイス』は『Sorry to Bother you』の原題で話題になっていた印象だったので、突如配信が始まり驚いた。日本ではまだ「ブラックムービー」に全然お客が入らないという噂をよく聞くから、出来るところから抗う術を考えたい。最後に初DVD化を祝して88年公開の『・ふ・た・り・ぼ・っ・ち・』。「自分の能力を蔑むべきじゃない!」とストラグルするHIROKOの姿や、今年『Kawasaki FEMINIST FILM MONTH』で初上映された『ボーン・イン・フレイムズ』(1983)を観て思うのは「There's a Riot Goin' On…!」ということ。「どう生きるか?」に向き合うヒントをくれた5作を順不同で選びました。
2010年代映画ベスト(順不同)
- 『親密さ』濱口竜介(2012)
- 『幸せな人生からの拾遺集』ジョナス・メカス(2012)
- 『凱里ブルース』ビー・ガン(2015)
- 『レディ・バード』グレタ・ガーウィグ(2017)
- 『ウィ・アー・ザ・ベスト!』ルーカス・ムーディソン(2013)
2011年、大震災の当日に福島から東京へ引っ越してきて、それから1年後の夏まで、ほとんど映画を観たことがなかった。突然友達に『親密さ』を勧められ「暇だし」とオーディトリウムのオールナイトに足を運ぶまで、私にとっての映画は田舎のTSUTAYAで面出しされた作品のことを指していた。だから自分に「2010年代映画ベスト」を作れるのかは不明だけれど、ひとまずこの10年の間に発表された大好きな5本を挙げてみる。『親密さ』は映画と現実の境目がなくなってしまうような体験をした初めての映画。朝方東横線に乗って泣いて、それから映画を観るようになった。2012年に発表された『幸せな人生からの拾遺集』は、瞬く「日記映画」のイメージをふんだんに散りばめながら、メカスが彼にとっての「フィルム」を語り始める作品。10年代にも多くのヴィデオを残した彼だけど、この作品は間違いなく代表作の1つだと思う。中国のビー・ガンが友人や親族と共に、生まれ育った街で作り上げた第一長編『凱里ブルース』はどんなカテゴリにも分類することが憚られる。やっぱりこの世には詩人が必要だと信じまくってしまう決定打。2010年代を振り返る上で避けて通れないA24からは、迷わず1本『レディ・バード』を。最後に、今日2019年12月31日に鑑賞した『ウィ・アー・ザ・ベスト!』。「バンドとは、楽器が弾ける人間の集まりのことを言うんじゃなくて、集まった人と人との間の、繋がってる部分の謎の接着剤のことだ」と夏目知幸さんが書いていたけれど、この映画で主人公たちが組んだパンクバンドはまさにそれ。避けがたく訪れるサイアクな瞬間を、ある時は電話が、ある時は音楽が、ある時は友がなんとか繋ぎとめる。そうやって少しずつ紡がれたエネルギーが最後スクリーンから一気に溢れ出たとき、それはもう嬉しくてたまらず、来る2020年代へのパワーを授かったようだった。
2019年その他ベスト(順不同)
- 『ジョナス・メカス写真展 "Frozen Film Frames"』
1月にジョナス・メカスが逝去する前から企画していた写真展が、図らずも追悼展となった。東京会場のスタジオ35分では白梅、福寿草、サンシュユ、ウグイスカグラ、椿、じんちょうげを週替わりで飾ってもらい、映画も流してもらった。メカスさんが亡くなった夜、粟津ケンさんと共に偶然会場を訪れていたという『メカスの映画日記』翻訳者の飯村昭子さんは、ご飯の席で今一番関心のあることを訊かれ、俯きながら小さな声で「メカスさん」と呟いた。作品を貸してくださったギャラリー・ときの忘れものさんや京都会場・誠光社店主の堀部さんも並々ならぬご好意を重ねてくださった。感謝という一言では言い表せない気持ちが今もこみ上げる。
- 『Reborn-Art Festival 2019』
約2ヶ月間の会期中、吉増剛造さんが石巻の鮎川に滞在し「詩人の家」に在中するというのでぜひお会いしたいと母に車を走らせてもらった。しかし会場にはご本人がおらず。肩を落として別会場のホテルに向かうと、ロビーで本を読んでいる吉増さんがいらっしゃった。勇気を出して声をかけてみると「よく来たね、おかけになって」と正面のソファに招かれた。母も私も恐縮しっぱなしだったけれど、その洗練された身のこなしと降り注ぐ優しさに触れたかけがえのない午後だった。部屋の窓にはその日の朝に書かれた「金星のひとみは涙をこぼす」という詩が書かれていて、その奥で海がきらめいた。
- 『入船 19』
梅田哲也さんによるクルーズツアー。夜の大阪市内を船で回った。加速度と夜の沈黙にしばし恍惚。風はとても冷たかった。どう考えても川からしか見えない位置にグラフィティがあったり、鳥たちの独自の生活ルートが垣間見えたりと驚きが止まらない。どの方向を向いていても、座っていても立っていてもよいという船の上の自由度の高さもありがたく、もっといろいろな街で開催されることを願うばかり。
- 『岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟』
同時期に開催されていたソフィ・カル展もだけれど、美術館の建物の魅力を贅沢に生かした構成に惹かれた。まるで宝石みたいに言葉が展示されていた。夢を爆撃機が犯してしまいそうな、新館に入ってすぐのゾーンはショッキングだったけれど、それでも眩しい心臓を携えて立っていた彼女のことをもっと知りたいと思った。庭園美術館の桜が満開だった。
- 『un/real engine - 慰霊のエンジニアリング - 』
友達を東京駅に見送った時、オススメされて偶然観にいった展示。1、20分暇を潰すくらいの気持ちで会場に入ったら結局1、2時間居座ってしまった。高山明さんの『個室都市東京2019』で「避難するなら何を持ち歩きますか」と聞かれたおじいさんは「尺八一本」と答えていた。座り込む飴屋法水さんの姿を、直視できなかった。来年はオリンピックがいよいよ開催されるけれど、どうしたらよりよく生きられるのだろうと考える。Instagramのストーリーにデモの様子をよくあげている香港のアーティストたち、彼ら彼女らにも一刻も早く平穏が訪れますように。
梅本健司 (映画館受付)
2019年映画ベスト(見た順)
- 『ワイルドツアー』三宅唱
- 『旅のおわり世界のはじまり』黒沢清
- 『運び屋』クリント・イーストウッド
- 『さらば愛しきアウトロー』デヴィッド・ロウリー
- 『トイ・ストーリー4』ジョシュ・クーリー
かけがえのなさなんてものを探すためではなく、絶えず起こる変化の中に身を投じている旅人たちの5本。レッドフォードが口にしていたように、それこそmaking livingではなく、just livingなのだろう。
2010年代映画ベスト
- 『ブロンド少女は過激に美しく』マノエル・ド・オリヴェイラ(2009)※日本公開は2010年
ある男の特定のイメージの中に押し込められ、最後には身勝手にもそこから追い出された女。その時のマリオネットから糸が切られたような彼女のポーズが忘れられない。
- 『マリアンヌ』ロバート・ゼメキス(2016)
何よりも、アクションこそが真実であり、愛なのだと教えてくれる。
- 『seventh code』黒沢清(2014)
秋子(果たしてそれも本当の彼女の名前なのかわからないけれど)が、どのような人物であるのか、毎ショットわからなくなる。何重ものフィクション性を内包しながら駆け回る彼女の軽快な姿は、フィクションの幅を狭めようとするアホどもへの抵抗そのものだ。
- 『それから』ホン・サンス(2017)
過去も現在もごちゃ混ぜになり、それぞれのあり方を忘れたり、不意に思い出したりを繰り返す。そんな自由で捉えどころのない時間は、時計を忘れさせ、時間そのものを思い出させてくれる。
- 『ローラーガールズ・ダイアリー』ドリュー・バリモア(2009)※日本公開は2010年
心の一本。
2019年その他ベスト(サッカー)
- マンチェスターシティvs アタランタ(19/20CLグループC第3節、5ー1)
スコアで見れば大きく差がついた試合だけれど、ハイレベルの戦術修正合戦が起きていた試合。また、いかに現代サッカーにおいて、サイドバックに視野の広さが求められるかを学べる試合。 ・シェフィールドユナイテッドvsリヴァプール(19/20PL第6節、0ー1)今シーズン2部から昇格してきたシェフィールドUだが、本当によく練り上げられた戦い方をする。今シーズン折り返し時点で無敗、ほぼ優勝を決定付けているリヴァプールに対して大健闘した。後方に引きながらサイドバックのスペースを消す守備陣形、W型のビルドアップ、最強を倒すヒントが最も多く詰まっていた試合。
- シェフィールドユナイテッドvsリヴァプール(19/20PL第6節、0ー1)
今シーズン2部から昇格してきたシェフィールドUだが、本当によく練り上げられた戦い方をする。今シーズン折り返し時点で無敗、ほぼ優勝を決定付けているリヴァプールに対して大健闘した。後方に引きながらサイドバックのスペースを消す守備陣形、W型のビルドアップ、最強を倒すヒントが最も多く詰まっていた試合。
- ボーンマスvsアーセナル(19/20PL第19節、1ー1)
ここ10年間のアーセナルの合計得点は、メッシとCロナウドの二人が10年間でとった得点と同じらしい。二人が異次元だということもあるけれど、同時にアーセナルが暗黒時代であったということでもある。それを抜け出す兆しが見え始めた試合。現監督は37歳、プレミアムリーグ史上2番目の若さで監督に就任したクラブOBのミケル・アルテタ。世界最高の監督ペップ・グラディオラ(現マンチェスターシティ監督)のもとで3年半アシスタントコーチを務めた後にロンドンに戻ってきた。
海老根剛 (表象文化論/ドイツ文化研究)
2019年映画ベスト
- 『スパイダーマン:スパイダーバース』ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン
- 『マーウェン』ロバート・ゼメキス
- 『王国(あるいはその家について)』草野なつか
- 『ワイルドツアー』三宅唱
- 『宮本から君へ』真利子哲也
- 『ホットギミック ガールミーツボーイ』山戸結希
- 『TOURISM』宮崎大祐
タイトルは順不同。「統計的超自我」が支配する社会に生きているからだろうか。外れ値と呼べるような作品にしか興味が持てなくなってきた。最終的に記憶に残るのは完成度の高い作品ではなく、バランスを欠いていたり不格好だったりしながらも、ある種の積極的な愚かさや野生に触れる作品である。『スパイダーマン:スパイダーバース』では、スパイダーマンというヒーローをめぐってこれまで織り上げられてきた数々の物語とそれらを作りあげた先人たちの仕事への深い敬意が、ヴィジュアルスタイルの革新性と固く結びついている。『マーウェン』は世界中で配給されるハリウッド映画でありながら、まるでアニメーションの個人作家の作品のような繊細さで視覚表現の冒険と内面的な経験の伝達を結びつけている。『王国(あるいはその家について)』の150分は、私が今年映画館で体験した最もスリリングな時間だった。三宅作品では完成度から言えば『きみの鳥はうたえる』だろうし、あれは見事と言うしかない作品だったけれども、見ていて心底動揺させられたのは『ワイルドツアー』のほう。『宮本から君へ』は主演の二人にとってキャリアハイの仕事ではなかろうか。愚かさを見つめるこの映画の眼差しは『タロウのバカ』のそれとは対極にあり、はるかに神代的である。初恋以上に愚かさと結びついた出来事があるだろうか。初恋は終わったときにしかそれとして認識されないのだから、すべからく暴走するしかない。その暴走をどのように演出し撮影し編集するべきか。『ホットギミック』はそれを徹底的に考え抜いていた。宮崎監督は一作ごとに自由になっている。『TOURISM』は2010年代に生じた空間と時間の感覚の変容を見事にフィクションに取り込んでいる数少ない作品のひとつだ。
2010年代映画ベスト
- 『アンジェリカの微笑み』マノエル・ド・オリヴェイラ(2010)
- 『天竜区奥領家大沢 別所製茶工場』堀禎一(2014)
- 『ハッピーアワー』濱口竜介(2015)
- 『アラビアン・ナイト』ミゲル・ゴメス(2015)
- 『ザ・ウォーク』ロバート・ゼメキス(2015)
- 『パターソン』ジム・ジャームッシュ(2016)
- 『息の跡』小森はるか(2016)
あらためてどんな映画があったのか振り返ったりせずに、上の文章を書いた後で思いついたのがこの7本。オリヴェイラをのぞくと、2014年から2016年の映画ばかりになってしまった。2012年から2019年まで安倍晋三は5回の国政選挙で圧勝し、2016年にはトランプが大統領選挙に勝利する。時代の潮目が変わり始めた時期の作品に何か感じるものがあるのかもしれない。『アンジェリカの微笑み』はこれぞ映画という作品。映画とは何かと問うならば、この作品を見ればよい。全編、映像論にして映画論。まったく同じことが『天竜区奥領家大沢 別所製茶工場』にもあてはまる。人、動物、機械、物、自然。それらが響きあい、リズムを生み出し、ポリフォニックな宇宙を作り上げる。それらのあいだの多種多様な連結、アンサンブルが生成しては変化し消滅する。そこでは「カメラ+マイク+人間」というアンサンブルもまた、被写体である世界の多様なアンサンブルの一部でしかない。『ハッピーアワー』は『THE DEPTH』(2010年)から『寝ても覚めても』(2018年)にいたる濱口監督の2010年代の冒険に敬意を表して挙げておきたい。『アラビアン・ナイト』三部作は冒頭で述べた世界の変容と渡り合わんとする堂々たる野心に感動した。『ザ・ウォーク』はいまやすっかり下火になってしまった2010年代の3D映画の重要作だと思う。3D作品としては『ゼロ・グラヴィティ』(2013年)もあるが、アルフォンソ・キュアロンは『ROMA/ローマ』(2018年)で完全に僕の信頼を失ってしまった。『パターソン』を見たときに浮かんだのは decency という言葉。安倍晋三とトランプの時代にまっさきにゴミ箱に捨てられた何か。本作はもっとも政治的なジャームッシュ作品ではないか。『息の跡』を見ると大地がいまも揺れ続けていることを感じる。地震の衝撃は佐藤さんの魂と身体をいまも揺さぶり続けている。しかしそれは「生きている」ということそのものが振動し続けることだからでもある。この映画はそのことを僕に理解させてくれた。
2019年その他ベスト
ちょっと簡単に思いつかないので、赤坂太輔氏のフレームの外へ──現代映画のメディア批判にだけ触れておきたい。この本を読み始めたときに「この本は映画の理論書でも映画史研究でもなく、「実用」の書だと思う。映像を作る人であれ、見る人であれ、日々映像に触れている人たちが(著者も想定していないような仕方で)徹底的に使い倒すべき書物だ」とTwitterに書いたが、読了してもこの感触に変化はない。たくさん付箋をつけながら読んだけれども、別にあとで論文に引用するためではないし、特定の作品について重要な指摘がなされているからでもない。赤坂氏がそこで論じているのとは別の映像と音響をめぐる考えがアタマの中で起動し、「使える」と感じたからである。こうした横断性こそ優れた批評の印であり、この本が正真正銘の批評家の書物であることに感動した。
岡田秀則 (映画研究者/フィルムアーキビスト)
2019年映画ベスト
- 『ROMA/ローマ』アルフォンソ・キュアロン
- 『木々について語ること(ようこそ、革命シネマへ)』スハイブ・ガスメルバリ
- 『半世界』阪本順治
- 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』クエンティン・タランティーノ
- 『COLD WAR あの歌、2つの心』パヴェウ・パヴリコフスキ
ほかの映画には申し訳ないが、山形国際ドキュメンタリー映画祭で観た『木々について語ること』について語りたい。1989年の軍事クーデター以降、スーダンでは映画作りができなくなり、ささやかな上映会を開くだけの老監督4人。みなヨーロッパの映画学校を出たエリートだが、その老人たちが、閉館した映画館を借りてタランティーノの『ジャンゴ』を上映しようとする。監督のひとりがラクダを連れてきて、映画館とは何かを説明するシーンが詩的で素晴らしい。ダンディな爺さんもいて、ちょっと『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』を思い出したりもした。『ようこそ、革命シネマへ』なる邦題で日本公開が決まったようなのでご期待のほど。
ほかに2019年では『ブラック・クランズマン』(スパイク・リー)、『東京干潟』(村上浩康)、『昔々、ベイルートで』(ジョスリーン・サアブ)、『マリッジ・ストーリー』(ノア・バームバック)、『カツベン!』(周防正行)、『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』(フレデリック・ワイズマン)、『月夜釜合戦』(佐藤零郎)、『つつんで、ひらいて』(広瀬奈々子)が優れて印象に残った。『つつんで、ひらいて』では、菊地信義だけが魅力的なのではなく、「書物を映画に撮る」という行為への果敢な戦略性が画面から感じられた。
あと、国際フィルム・アーカイブ連盟のローザンヌ会議の特別上映としてスイス産のスパイ映画『シャンディゴールの見知らぬ男』(ジャン=ルイ・ロワ)を観たのだが、スパイ映画という枠組みが終始脱臼させられ、そこへさらにセルジュ・ゲンズブールの歌がかぶさるというヘンテコぶりに感激した。そういえば2019年は久々に『東京裁判』(小林正樹)を見直した年でもあった。4時間37分あるこの映画はやはり寸分の緩みもなく、今なお人をつかんで離さぬ力に満ちている。
2010年代映画ベスト
15本を選びました(順位なし)。
- 『ジャージー・ボーイズ』クリント・イーストウッド(2014)
- 『ペコロスの母に会いに行く』森崎東(2013)
- 『神々のたそがれ』アレクセイ・ゲルマン(2013)
- 『エッセンシャル・キリング』イエジー・スコリモフスキ(2010)
- 『テトロ 過去を殺した男』フランシス・フォード・コッポラ(2009)※日本公開は2012
- 『ROMA/ローマ』アルフォンソ・キュアロン(2018)
- 『ハッピーアワー』濱口竜介(2015)
- 『ル・アーヴルの靴みがき』アキ・カウリスマキ(2011)
- 『ブンミおじさんの森』アピチャートポン・ウィーラセータクン(2010)
- 『GONINサーガ』石井隆(2015)
- 『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』スティーヴン・スピルバーグ(2017)
- 『アントニオ・カルロス・ジョビン』ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス(2011)
- 『ルイ14世の死』アルベルト・セラ(2016)
- 『未来よ こんにちは』ミア・ハンセン=ラヴ(2016)
- 『アンストッパブル』トニー・スコット(2010)
- 『ゾンからのメッセージ』鈴木卓爾(2018)
今年はかなり疲労した一年だったので、当初これを選ぶのは遠慮しようと考えた。観た映画の題をメモに取らなくなってすでに長く、この10年間分の情報を探り出すのに手間がかかること、またかりに情報が得られても選定作業に時間を費やすことが確実だからだ。 それでも頑張ってみた。5本に絞りきれなくて申し訳ないし、まだ大切な映画が漏れている可能性が多分にあるが、ひとまずこの形で提出させていただく。どうしても5本というならば、これら15本のうち上から5本までと考えても差し支えない。
2019年その他ベスト
- 「吉村芳生 超絶技巧を超えて」東京ステーションギャラリー(展覧会)
途方もないものを見た。あえて言うならハイパーリアリズム絵画だが、技巧に対する作家の自己満足が一切感じられないのがかえって怖い。例えば、白黒写真を拡大して細かいマス目を引き、転写した紙の全マスに濃度に応じた10段階の数字を書いて、そこにシルクスクリーン用の透明フィルムを重ね、各マスを数字に合わせた濃さで描き潰すという作品があった。これはいわば「人力ピクセル」であり、アナログでデジタル写真を作り直すようなもので、その単純作業を想像すると本当に怖い。狂気じみたものさえ感じる。こんな人がずっと山口県のローカル作家だったというから驚く。
- 安アパートのディスコクイーン──トレイシー・ソーン自伝(書籍)
エヴリシング・バット・ザ・ガールのトレイシーが、頼まれて自分の過去のことを書き、それが積もっていつしか自伝になり、有り難くも日本語にまで訳された。ポストパンク時代のロンドン郊外に育った少女が歌を書き、男性中心のポップシーンのただ中で物事を考え、時にはまっとうな評価に喜びつつ、時には無理解や的外れの評価にも翻弄されつつ、ポップスターとしての自身を聡明に描写している。終始変わることのない冷静さが果てしなく得難い。
- 「ソフィ・カル 限局性激痛」原美術館(展覧会)
この展覧会は、人の痛みを分かち合うなどと簡単に口にしてはならない、できることはその前に茫然と立ち尽くすことだけだ、という当たり前だが厳粛な事実を教えてくれる。これを見ることは、1984年、27歳のフランス人女性の気乗りのしない日本への旅と、旅の終わりに訪れる彼女の絶望という物語を、かりに通りがかりであっても受け止めることだ。一抹の重苦しさとともに、忘れがたい体験になった。
- 「旅する風(RAJAKELANA)」モンド・ガスカロ(音楽)
ジャカルタ発の爽快なポップスに心を救われた年だった。リアリティ・クラブやピジャーなどの若いギター・ポップの連中も素晴らしい曲を書くが、その世代にリスペクトされているという兄貴格のモンド・ガスカロを聴いてみたらこれが絶品で、2019年の夏はこの一枚とプール通いでしのいだと言っても過言ではない。
- 「僕たちの好きなジョナス・メカス」OFS gallery(展覧会)
メカス作品のフィルムを抜き出して写真作品にした、ファンにはおなじみの「フローズン・フィルム・フレーム」をベースにした展示だが、それらに伴走するパネルの文章が実にいい。偶然あの2001年9月11日の前日に、彼の拠点であるアンソロジー・フィルム・アーカイブズを突如訪れた日本人を迎え入れたメカスの、爽やかで詩性に満ちた人となりを窺わせる。追悼の先に、メカスのことがもっと好きになる展示だった。
荻野洋一 (番組等映像演出/映画評論家)
2019年映画ベスト
- 『灰色の石の中で』キラ・ムラートワ
- 『79歳の春』サンティアゴ・アルバレス
- 『イメージの本』ジャン=リュック・ゴダール
- 『チェリー・レイン7番地』楊凡(ヨン・ファン)
- 『主人の館と奴隷小屋』ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス
劇場公開作ベストについては他メディアで既発表なので、NOBODY誌ベストのゆるい選考基準に甘え、2019年初見作から真に最高の5本を並べた。1、2、5位はアテネ・フランセ文化センター。3位だけが劇場公開の新作。4位は東京国際映画祭で上映された香港アニメ。1960年代を舞台にした王家衛ふう恋愛劇の単なるアニメ化に見えて、ここに描かれる反英デモは現在の闘争の生々しいアレゴリーとなっている。
セルジオ・レオーネ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』リマスター版公開、そしてフィリップ・ガレル『救いの接吻』初一般公開も印象深い。そしてユーロ&アンスティチュのユスターシュ特集、先行試写で見ることのできた篠崎誠の最新作『共想』(未)の嫋やかさも。「ここには米国映画が不在だ」などとどうか責めないでいただきたいですね。中米も南米も入っているのだから。
2010年代映画ベスト(年号順)
- 『ラム・ダイアリー 』ブルース・ロビンソン(2011)
- 『皇帝と公爵』バレリア・サルミエント(2012)
- 『親密さ』濱口竜介(2012)
- 『白鯨との闘い』ロン・ハワード(2016)
- 『ピートと秘密の友達』デヴィッド・ロウリー(2016)
トリュフォー『アデルの恋の物語』(1975)でアデル嬢(イザベル・アジャーニ)が地の果てまで追いかける英国軍中尉アルバートを演じたブルース・ロビンソンが、アルコール漬けになったジョニー・デップを酩酊しながら写したのが『ラム・ダイアリー』。『ウィズネイルと僕』(1988)のプロデュースをつとめたジョージ・ハリソン(元ザ・ビートルズ)はロビンソンの才能を見抜いていた。そして彼は『ウィズネイルと僕』だけで終わらなかったのだ。それが判明しただけでも2010年代という時間は意味があったのではないか。
『皇帝と公爵』は、クランクイン前に他界したラウール・ルイスの夫人で、チリの映画大学で同窓だったバレリア・サルミエントが亡き夫の遺志を継ぎ、執念で完成させた超大作。ナポレオンの侵略からポルトガルを防衛した英国ウェリントン将軍の転戦に次ぐ転戦を叙事詩的に、そしてすばらしい道徳観念で辿ってゆく。「夫のラウールがもし演出していたら」などとさもしい夢想はやめて、妻バレリアの執念に脱帽すべし。
他にリストアップすべきだった作品はオサーマ・ムハンメド&ウィアード・シマヴ・ベデルカーン『シリア・モナムール』(2014)、アイラ・サックス『リトルメン』(2016)、トッド・ヘインズ『ワンダーストラック』(2018)、そして大林宣彦の凄さがようやく理解できた『花筐』(2017)、正当な評価を受けているとは言い難い黒沢清『ダゲレオタイプの女』(2016)、そしてこれも見落とされた傑作であり、いつから張藝謀がグリフィス的作家に転向したのかという『妻への家路』(2014)といったところか。
2019年その他ベスト(美術展)
- 「桃源郷展ー蕪村・呉春が夢みたものー」大倉集古館
- 「金文ー中国古代の文字ー」泉屋博古館 東京分館
- 「ジョゼフ・コーネル コラージュ&モンタージュ」DIC川村記念美術館
- 「ダムタイプ|ACTIONS+REFLECTIONS」東京都現代美術館
- 「更級日記考ー女性たちの、想像の部屋」市原湖畔美術館
その他のジャンルについてもベストを。
- 音楽ベスト=向井山朋子『ピアニスト』(銀座メゾンエルメス)
- 本ベスト=千葉文夫 著『ミシェル・レリスの肖像』(みすず書房)
- 写真ベスト=中村早『BARK 連作』(馬喰町・ギャラリー「組む」)
- 演劇ベスト=アラン・ベネット作、ニコラス・ハイトナー演出『アレルヤ!』(ナショナル・シアター・ライブ)
- スポーツベスト=ホアキン(ラ・リーガ最年長ハットトリック記録、ディ・ステファノを上回って更新)
- 飲食ベスト=Eneko Tokyo(東京・西麻布)
- テレビベスト=『黄土高原 悠久の天地を食す』(諏訪敦彦演出 NHK-BS再放送)
- 待望するものベスト=石田民三生誕120年レトロスペクティヴの開催
音楽ベストとした向井山朋子の銀座メゾンエルメスでのピアノソロが、2019年オールジャンルベストであることは、火を見るより明らかである。1ヶ月にわたり、1日に1時間ずつ開演時間が後ろにずれてゆく。わたくしが行った日は午前1時開演。超満員の中、シメオン・テン・ホルト、モートン・フェルドマンなど現代音楽中心の怒濤の演奏が終わった時、時計はすでに午前5時前を指していた。一大事件に立ち会い得たという充実した疲労感を解消したくないため、早朝のタクシーを飛ばし、新宿で飲み続けた。しかもそんな行動にも平然と付き合ってくれるオタクがいる東京という街は、やっぱり凄い。
そして、その銀座メゾンエルメスに拮抗しうる潜在的オールジャンルベストは、青山真治のおそるべき未発表小説『樊噲論』だけだろう。この知られざる傑作について語るのは、2020年になってからのお楽しみに取っておこう。
オリヴィエ・ペール (「アルテ・フランス・シネマ」ディレクター/映画批評家)
2019年映画ベスト
- 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』クエンティン・タランティーノ
- 『Liberté』アルベルト・セラ
- 『ルーベ、ひとすじの光(仮題)』アルノー・デプレシャン
- 『Dragged Across Concrete』S・クレイグ・ザーラー
- 『象は静かに座っている』フー・ボー
- 『Martin Eden』ピエトロ・マルチェロ
- 『Bacurau』クレベール・メンドンサ・フィリオ&ジュリアノ・ドネルス
- 『シノニムズ』ナダブ・ラピド
- 『寝ても覚めても』濱口竜介
- 『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』ビー・ガン
その他、「巨匠たち」、「アウトサイダー〔新人〕たち」による作品ベスト
2010年代映画ベスト(順不同)
- 『黒衣の刺客』ホウ・シャオシェン(2015)
- 『ホーリー・モーターズ』レオス・カラックス(2012)
- 『メランコリア』ラース・フォン・トリアー(2011)
- 『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』ジョナサン・グレイザー(2013)
- 『ファントム・スレッド 』ポール・トーマス・アンダーソン(2017)
- 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』クエンティン・タランティーノ(2019)
- 『SOMEWHERE』ソフィア・コッポラ(2010)
- 『ジュリエッタ』ペドロ・アルモドバル(2016)
- 『ルイ14世の死』アルベルト・セラ(2016)
- 『デトロイト』キャスリン・ビグロー(2017)
隈元博樹 (NOBODY)
2019年映画ベスト
- 『グリーンブック』ピーター・ファレリー
- 『トイ・ストーリー4』ジョシュ・クーリー
- 『さらば愛しきアウトロー』デヴィッド・ロウリー
- 『マーウェン』ロバート・ゼメキス
- 『マリッジ・ストーリー』ノア・バームバック
公開作を観た順に選びました。突然ながらここ最近は、あらゆる事物に対する思考をフェアに保つための方法について考え続けています。たとえば真実というものがあったとして、それを周囲からの一方的な情報や見解によって推移するのではなく、あくまでその情報を疑ってみるということ。そして別の他者の見解や当事者からの声を通して、さまざまな思考パターンを想定するというものです。おそらくそれは映画を観るときや、この国の政治を考えるとき、また自身の人生において、ひとつの真実を知ることよりもよっぽど大事なんじゃないかという気がしています。
そういった意味でここに挙げたのは、ステレオタイプに陥りがちな思考、社会的弱者や過ちを犯した者たちへの制裁、あるいはひとつの真実を巡る途方もない諍いに対し、「ちょっと待ってくれ」とある種の警鐘と思考の多様性を促してくれた作品たちであり、真実の所在やその選択がどうであれ、ただ生きていること(=being alive, just living)と素直に向き合った登場人物たちの誠実さに救われた5本でもあります。
また今年は『シュガー・ラッシュ:オンライン』(リッチ・ムーア、フィル・ジョンストン)、『運び屋』(クリント・イーストウッド)、『嵐電』(鈴木卓爾)、『ドント・ウォーリー』(ガス・ヴァン・サント)、『スパイダーマン:スパイダーバース』(ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン)、『★』(ヨハン・ラーフ)、『アド・アストラ』(ジェームズ・グレイ)、『だってしょうがないじゃない』(坪田義史)といった作品たちからも、思考をフェアにするための大きなヒントを得ることができました。
2010年代映画ベスト
- 『アンジェリカの微笑み』マノエル・ド・オリヴェイラ(2010)
- 『次の朝は他人』ホン・サンス(2011)
- 『ホーリー・モーターズ』レオス・カラックス(2013)
- 『パターソン』ジム・ジャームッシュ(2016)
- 『希望のかなた』アキ・カウリスマキ(2017)
難航を極めましたが、2011年から毎年ベストに参加していることもあり、過去に挙げた作品を中心に選びました。『アンジェリカの微笑み』が描く生と愛の麗しきファンタジー、『次の朝は他人』のモノクロに彩られた生々しさと艶やかさ、『ホーリー・モーターズ』のドニ・ラヴァンによる「行為の美しさ」への探求心、『パターソン』の特別ではない日々の時間がもたらす尊さと幸福、そして『希望のかなた』が呼び覚ますフィルムの質感といったように、どれも忘れがたい場面が鮮明と甦ってきます。残念ながらオリヴェイラはこの世を去ってしまいましたが、ホン・サンスは『草の葉』(2018)での新たな境地も目覚ましく、カラックスやジャームッシュ、カウリスマキも同様に、また次の10年の中で生まれるであろう新作に出会えることを願ってやみません。
2019年その他ベスト
- 『ECTO』渡邊琢磨@水戸芸術館、山口情報芸術センター(?)
本来ならば映画ベストに入れるべきなのか、あるいは舞台芸術なのか、いやいやライブなのかも……とその判別は今もできていません。ただ、水戸と山口の異なる音響空間と弦楽編成で拝見した同作の上映&劇伴生演奏は、アピチャートポンの『フィーバールーム』やガリン・ヌグロホの『サタンジャワ』を含め、活弁や無声映画伴奏、浪曲などに匹敵する新たな上映=上演形態ではないかと思っています。
- 『松本悲歌』松本圭二(書籍)
詩や小説、あるいは批評にさえ似つかうことを拒むかのように断片化された言葉と思考の横溢ぶりに圧倒されつつも、2006年から始まるその所業の集積に感動すら覚えます。そして読み進めていくうちに、脳内に起きたあまねく思考がまるで言葉のゲロとして吐き出されているかのようです。2019年の終わりに出会えてほんとうに良かった。
- 埼玉西武ライオンズの2年連続プレーオフ敗退(スポーツ)
ホークスが日本シリーズの連覇を果たしたことよりも、ペナントレースを連覇したライオンズがなぜプレーオフで勝てないのかについて。昨年は「菊地雄星のスライダーを、ホークスのバッターはカットボールだと認識していた」という興味深い記事を「Number」のwebサイトで読みましたが、今年は「THE DIGEST」の記事曰く、監督の辻発彦は選手層の厚さが敗因だと捉える一方で、キャプテンの秋山翔吾は若いプレイヤーたちの意識に焦点を当てています。ぜひこのあたりは草野進さんのご意見を伺ってみたいところです。
- 山口県山口市湯田温泉(旅行)
「YCAM爆音映画祭2019」を兼ねた2泊3日の小旅行。なかでも滞在先の老舗旅館「西の雅 常磐」の離れにある露天風呂は、まさに絶好の癒し空間でした。そして夜は、旅館の女将と従業員たちによる緩急自在な「女将劇場」に圧倒され、抱腹絶倒のあまりに生まれて初めて頭の裏側が痛くなりました。
- 相模原「とつき」の油そば(グルメ)
今年の2月に約12年間住み続けた横浜から相模原へ引っ越しました。当初は新たな環境のせいか体調を崩してしまったり、食欲を失うことも多々ありましたが、一風変わったここの油そばはいつも楽しくお腹を満たしてくれます。ちなみにここの大将も一風変わっていて、食べ終えた客が店を出ようとすると、「ありがとう、ありがとう、ありがとう……」と扉を閉めるまでずっと小言で囁き続きます。
クリス・フジワラ (映画批評)
2010年代映画ベスト
- 『リチャード・ジュエル』クリント・イーストウッド(2019)
- 『光りの墓』アピチャートポン・ウィーラセータクン(2015)
- 『山河ノスタルジア』ジャ・ジャンクー(2015)
- 『ヴィタリナ(仮題)』ペドロ・コスタ(2019)
- 『正しい日 間違えた日』ホン・サンス(2015)
坂本安美 (アンスティチュ・フランセ日本 映画主任)
2019年映画ベスト
- 『イメージの本』ジャン=リュック・ゴダール
- 『旅のおわり世界のはじまり』黒沢清
- 『さらば愛しきアウトロー』デヴィッド・ロウリー
- 『魂のゆくえ』ポール・シュレイダー
- 『多十郎殉愛記』中島貞夫
- 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』クエンティン・タランティーノ
- 『ルーベ、ひとすじの光(仮題)』アルノー・デプレシャン
- 『アド・アストラ』ジェームズ・グレイ
- 『死霊魂 Dead Souls』ワン・ビン
- 『ヴィタリナ(仮題)』ペドロ・コスタ
公開、未公開、国内、国外とわず、とにかくスクリーンで観た順に。また毎年ながら5本とはあまりにも過酷な選択、今回はゲームの規則を逸脱させてもらい、10本選ばせてもらった。 そして昨年の心の一本、『ひかりの歌』(杉田協士)については『群像』の2019ベストに選ばせて頂いているので、一読くださいませ。
2010年代映画ベスト(製作年順)
- 『ミステリーズ 運命のリスボン』ラウル・ルイス(2010)
- 『アンジェリカの微笑み』マノエル・ド・オリヴェイラ(2010)
- 『カルロス』オリヴィエ・アサイヤス(2010)
- 『ゴーストライター』ロマン・ポランスキー(2011)
- 『あの頃エッフェル塔の下で』アルノー・デプレシャン(2014)
- 『アメリカン・スナイパー』クリント・イーストウッド(2014)
- 『正しい日 間違えた日』ホン・サンス(2015)
- 『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』ケリー・ライヒャルト(2016)
- 『つかのまの愛人』フィリップ・ガレル(2017)
- 『寝ても覚めても』濱口竜介 (2018)
- 『帰れない二人』ジャ・ジャンクー (2018)
2010年代から2020年代へと移行し、映画の未来、あるいは世界の行方ははたしてどうなっていくのか、と大風呂敷を広げる余裕はここではないのだが、これまで以上に運動力、他者へ目を開き、交わっていくことができるか、つまり「愛」の可能性を探究することが必要とされている。そう、昨年末に颯爽と旅立ったジャン・ドゥーシェが述べるように「すべては変化し、運動の中にあるのだから」。そうした運動に身を委ねて「世界」に踏み出していくことを恐れない者たちによる現代のフィクションの可能性、とくに女性たちの新たなるフィクション、を見出そうとしている作品を積極的に選ばせてもらった。『アメリカン・スナイパー』は、つねにアメリカという場所、その地層の中に分け入り物語を紡ぎ続けてきたイーストウッドがさらにその地層の奥深くまで入り込み、何かが起こる瞬間でもなく、そこにいたる日常の中のささいな選択や行動、感情に分け入っていく必要性に深く共感、共闘し、ある意味もっとも恐ろしいとも思えるこの作品を選ばせてもらった。
2019年その他ベスト
- 『地上の輝き』ギィ・ジル(台詞)
「私に手紙を書いてね、ピエール。この年老いた友人のことを、私の助言を忘れないでね。そしてもっとお話なさい、ピエール。話さなきゃ。あなたはあまりお話しにならない、よくないわ。私はいろいろなことを話してお聞かせしたでしょ?」「あなたのお話を聞くのが好きなのです。」「この小さな頭の中には何が入っているのかしら、どうすればそれを知ることができるのかしら?」「んー、それはできませんよ!あまりにもたくさんの時間、たくさんの言葉が必要となり、ついにはあなたを飽きさせてしまいます。それに僕は明日にはもう違う人、ほとんど別人になっているでしょうから!」
パトリック・ジョアネとエドウィジュ・フィエールとのこの別れのシーンは昨年出会った作品の中でももっとも美しいシーン、美しいやり取りだった。ギィ・ジルの作品は、引き続き紹介していきたい。 - 『私は忘れた』ビュル・オジエ(書籍)
「ビュルはヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)じゃなくて、大きな波よ」と述べたのはマルグリット・デュラスだった。デュラス、パトリス・シェロー、ジャック・リヴェットの作品で演じてきた女優ビュル・オジエ、彼女にとって仕事と人生はまさに大きな波の中で渾然一体と存在し、流れている。そして生涯のパートナー、バルベ・シュローデルとの愛、25歳で他界した娘パスカル・オジエへの胸が張り裂けそうなほどの哀しみと深い愛情、彼らとともに、忘却と追憶を往来しながら、この類い希なる女優、女性が軽やかに、優雅に歩んできたことがこの美しい著書全体から強く感じられる。日本での出版を強く希望する。
- 『評伝ジャン・ユスターシュ: 映画は人生のように』須藤健太郎(書籍)
「私は彼に襲いかかった必然性を探し求め、そこから生じた映画たちの人生を記述した」と著者が序文を締めくくるどこか謎めいたこの一文をどこかにしまい込んで、本著の扉を開いていくと、一気にその探求、旅へと誘われていき、夢中で読み進めていくうちに、いつのまにかジャン・ユスターシュの創作の渦中に著者とともに入り込み、そしてラストに近づくにつれ、その「必然性」が……。ユスターシュの作品をこれからも何度も見直すとともに、この著書も何度も読み返したくなるだろう。
- 「ハッピー・エンドあるいは何も暴露しない巧みさ」「リベラシオン紙 2019年8月13日」カミーユ・ヌヴェール(批評)
かつてカミーユ・ヌヴェールというペンネームで「カイエ・デュ・シネマ」にて批評を書き、その後サンドリーヌ・リナルディという本名で映画監督としても活躍し始めた彼女が「リベラシオン」にて映画批評を書き始めて数年、毎回、その批評に舌を売っているのだが、その中でも昨年書かれた『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の評は見事だった。詳しくはまたどこかでお伝えしたい。
- ジュリアン・ジェステールによるフレデリック・ワイズマン『メイン州ベルファスト』についてのトーク(講演会/トーク)
ワイズマンのフィルモグラフィーでも中心的作品であり、最新作『インディアナ州、モンロヴィア』(2019年)からちょうど20年前に撮られた『メイン州ベルファスト』。舞台となっている街、ベルファストに住む人々の様々な仕草、たとえば食品工場や材木置き場、病院での仕事、あるいは余暇の時間に画を描いたり、音楽を奏でる人々の手の動き、そうしたすべての「接触、タッチ」で織りなされたシンフォニックな映画、都市交響曲的作品であること。そしてまさにルネッサンス的多様な才能(撮影以外はすべて自ら担当し、考古学者、歴史家、測量技師ほか様々な役を演じている)を持つワイズマンが、「はかる」という行為をくりかえし見せることによって、この街を現代だけではなく、大きな歴史の中に位置づけていくと語られた。ジェステール氏の批評家自身のスケールの大きさも感じたトークだった。本トークは2019年3月23日アテネ・フランセ文化センターにて開催されていた「フレデリック・ワイズマン特集」の一環として行われた。
佐藤公美 (映画プロデューサー/マネジメント)
2019年映画ベスト(鑑賞順)
- 『旅のおわり世界のはじまり』黒沢清
- 『運び屋』クリント・イーストウッド
- 『ハイ・ライフ』クレール・ドゥニ
- 『ウルトラ・レーヴ』ベルトラン・マンディコ、ヤン・ゴンザレス、キャロリーヌ・ポギ、ジョナタン・ヴィネル
- 『ヴィタリナ』ペドロ・コスタ
驚きにうたれた5作。「映画だけが」と呟きたくなりました。
『火口のふたり』(荒井晴彦)、『熱帯雨』(アンソニー・チェン)も忘れがたく。
2010年代映画ベスト(公開順)
- 『アンジェリカの微笑み』マノエル・ド・オリヴェイラ(2010)
- 『サウダーヂ』富田克也(2011)
- 『J.エドガー』クリント・イーストウッド(2011)
- 『フライト』ロバート・ゼメキス(2012)
- 『ホーリー・モーターズ 』レオス・カラックス(2012)
- 『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』ジム・ジャームッシュ(2013)
- 『グランド・ブダペスト・ホテル』ウェス・アンダーソン(2014)
- 『ハッピーアワー』濱口竜介(2015)
- 『散歩する侵略者』黒沢清(2017)
- 『ファントム・スレッド』ポール・トーマス・アンダーソン(2017)
コメントにかえて心の10本を。(鑑賞順)
- 『教授とわたし、そして映画』ホン・サンス(2010)
- 『東京公園』青山真治(2011)
- 『孤独な天使たち』ベルナルド・ベルトルッチ(2012)
- 『ラッシュ/プライドと友情』ロン・ハワード(2013)
- 『マップ・トゥ・ザ・スターズ』デヴィッド・クローネンバーグ(2014)
- 『アラビアン・ナイト』ミゲル・ゴメス(2015)
- 『ひかりの歌』杉田協士(2017)
- 『きみの鳥はうたえる』三宅唱(2018)
- 『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』ケリー・ライヒャルト(2016)
- 『バルバラ セーヌの黒いバラ』マチュー・アマルリック(2017)
ジュリアン・ジェステール (フランス日刊紙「リベラシオン」文化部チーフ/映画批評)
2010年代映画ベスト
- 1.『ツイン・ピークス The Return』デヴィッド・リンチ(2017)
- 1.『ミステリーズ 運命のリスボン』ラウル・ルイス(2010)
- 3.『熱波』ミゲル・ゴメス(2012)
- 3.『正しい日 間違えた日』ホン・サンス(2015)
- 5.『Mektoub, My Love: Intermezzo』アブデラティフ・ケシシュ(2019)
- 5.『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』ケリー・ライヒャルト(2016)
- 7.『光りの墓』アピチャートポン・ウィーラセータクン(2015)
- 7.『マッドマックス 怒りのデス・ロード』ジョージ・ミラー(2015)
- 9.『凱里ブルース』ビー・ガン(2015)
- 9.『アンジェリカの微笑み』マノエル・ド・オリヴェイラ(2010)
- 11.『幸せの始まりは』ジェームズ・L・ブルックス(2010)
- 11.『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』リチャード・リンクレイター(2016)
- 13.『パリ、恋人たちの影』フィリップ・ガレル(2015)
- 13.『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』ジム・ジャームッシュ(2013)
- 13.『ホーリー・モーターズ 』レオス・カラックス(2012)
杉原永純 (映画キュレーター)
2019年映画ベスト
- 『宮本から君へ』真利子哲也(ユーロスペース/2019.10.23)
- 『二重のまち/交代地のうたを編む』小森はるか+瀬尾夏美(せんだいメディアテーク/2019.2.3)
- 『パラサイト 半地下の家族』ポン・ジュノ(機内モニター/2019.12.10)
- 『さよならテレビ』圡方宏史(劇場版/ユーロライブ・試写/2019.10.23)
- 『ラストムービー』デニス・ホッパー(シネマカリテ/2019.12.25)
拠点が転々とした1年で足元がふわふわしている。上映するためでなくただ見ることができた後半に記憶が集中している。
『宮本から君へ』は、愛知から東京に戻ってすぐに劇場に向かった。久々に映画を見た、という気分にさせてくれて、勝手に感謝している。真利子哲也の無二の才能とこれほどマッチする原作が出会ったことが嬉しい。
『二重のまち/交代地のうたを編む』は、目線をほんの少し変えるだけで、これほどに魅力的に世界が見えるのか、と思わせてくれる。線や面ではなく、層という観察力と発想。小森はるかによる青野文昭のドキュメンタリーは未見だが楽しみで仕方ない。
『パラサイト』の面白さを十全に描写する文章力を自分は持ち合わせていないけれども、どこを切っても芯に当たっているという完璧な感触。2010年代を総まとめするような圧倒的な強度を小さなモニターからビシビシ受けまくって全然寝れず。
何度も見た『さよならテレビ』テレビ版と、今回の劇場版とを見比べることができた。単に尺を付け加えただけではない。丁寧に既存のシーンのカットを選び直し丹念に再編集していて、劇場のための新作として生まれ変わっていた。
長年スクリーンで見ることを願っていた『ラストムービー』。猥雑であり神聖であることがこんなにも破綻しながら一本のフィルムに繋がっていることに心打たれる。神谷亮佑『Tribe Called Discord:Documentary of GEZAN』にも通じていた破れかぶれの美学でない、でも何か。こういうものを見たくて映画を見続けている。
2010年代映画ベスト
- 『ミツバチの羽音と地球の回転』鎌仲ひとみ(2010)
- 『サウダーヂ』富田克也(2011)
- 『メッセージ』ドゥニ・ヴィルヌーヴ(2016)
- 『きみの鳥はうたえる』三宅唱(2018)
- 『劇場版テレクラキャノンボール2013』カンパニー松尾(2014)
渋谷、山口、愛知と移動して、2020年で上映の仕事は10年目になる。上映することと映画を見ることが不可分になり、自分が置かれた環境によっても映画を見る軸が動いていくことを経験した。毎週何本もの新作が生まれ続けた10年間、こうして5本を残すと、こんなちっぽけな記述でも入れられなかった無数の作品を思う。
思いつくままに。小森はるか『空に聞く』(2018)、クリストファー・ノーラン『インターステラー』(2014)、濱口竜介『ハッピーアワー』(2015)、富田克也『バンコクナイツ』(2016)、相澤虎之助『バビロン2 -THE OZAWA-』(2013)、柴田剛『ギ・あいうえおス -ずばぬけたかえうた-』(2010)、リチャード・リンクレイター『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』(2016)、デヴィッド・ロウリー『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』(2017)、幸修司『ダークシステム 完全版』(2012)、マシュー・バーニー『リダウト』(2018)、鈴木卓爾『ジョギング渡り鳥』(2015)。
上記に特別に挙げた5本は上映者として、確かな関係を結ぶことができたもの。
特に、劇場の熱気を肌身に経験させてくれ、映画と映画館という場への視野の狭さを思い知らせてくれた『ミツバチの羽音と地球の回転』には、敬意と愛情を感じている。映画は、誰かの人生や現実や今と時折関係を結ぶことがある、と教えてもらった。『ミツバチ』から自分の上映の仕事が始められたことは、揺るがず糧になっている。
2019年その他ベスト
- あいちトリエンナーレ2019
これほどに差し迫った社会的な問題に当面出くわしそうにない。関係者皆には深く深く感謝。まだうまく言葉を紡ぐことにできていない。するする書けていたYCAMの時の日記に比べ、あいちはとにかく筆が進まない。でも、早くboidマガジンの続きを書かないと整理できそうにもない。
- ベトナム北東部(ハノイ~ハジャン省の複数の町、村)
とある作品の手伝いで、ベトナム北東部に行き蜂蜜を探してきた。ミントの花から作っている養蜂家を探し、高度1500メールの山間の民家にたどり着いたのだが、そのご家族はモン族だった。ひょんなきっかけでモン族のシャーマンの儀式まで見させてもらって、その場で捌いた鶏を一緒にご馳走になったりした。
現地コーディネーターのiPhoneのカバーに挟んでいた米ドルが不意に地面に落ち、たまたまそれを拾い上げて、穴があくほどに20ドル紙幣を見つめていたモン族の娘さんのキラキラした眼は忘れられない。 - 鞍山(山口・閉店)
5年間折に触れて行った。山口を離れた直後には閉店。もうあの絶品の焼肉が食べられないと思うと寂しい。
- 昇家 正々堂(名古屋)
深夜まで栄の事務局で作業していた日に、たまたま芸術監督に連れて行ってもらった。曰く「名古屋は名古屋メシが有名だけど、実は焼肉は穴場で、東京と同じ品質だと大体6割の価格で食べられる」。6割って数字を出してきた芸術監督を信頼できると思った。深夜1時をすぎた焼肉、旨かった。
- ウェルビー栄店(名古屋)
サウナ好きには説明不要の名店。トリエンナーレ会期末、例の展示の運営スタッフに入っていた時は疲労困憊でとにかくお世話になった。台風19号の通過で全館臨時休館となった日、あいちの複数の男性スタッフがこぞって疲れを癒しに来ていた。同日、東海テレビの某ディレクターとたまたま会ってしまったことも忘れがたい思い出。
田中竜輔 (NOBODY)
2019年映画ベスト
- 『Dragged Across Concrete』S・クレイグ・ザラー
- 『これは君の闘争だ』エリザ・カパイ
- 『さよならくちびる』塩田明彦
- 『スパイダーマン スパイダーバース』ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン
- 『6アンダーグラウンド』マイケル・ベイ + 『イメージの本』ジャン=リュック・ゴダール
2019年は、ここ数年未見のままに留まっていた日本未公開作を含む新世代のアメリカ映画監督たちの作品に触れる機会が多くあった。なかでも『トマホーク ガンマンvs食人族』『デンジャラス・プリズン 牢獄の処刑人』など、力強い作品を続けて送り出しながら、日本ではいずれもビデオスルーに留まっているS・クレイグ・ザラーの最新作(輸入盤BDにて鑑賞)には大きな衝撃を受けた。タイトル通り、人よりもむしろコンクリートを撮るためにこそつくられたのだと言わんばかりの、初期の北野武にも通じる乾ききった暴力が160分近い上映時間に充満する傑作だ。
公権力に己の意志と自由を踏みにじられたサンパウロの若者たちによって紡がれた革命とその敗北の記録に、ロードムーヴィーという「枠」をこそ乗り越えるべくワンシーンごとの贅沢な構築を織りなすメロドラマに、文字通り次元を超えたアニメーション表現によってMCU以上の真のスパイディを描ききったヒーロー映画にそれぞれとても心動かされたが、しかしつい先日Netflixよりリリースされたばかりのマイケル・ベイ新作には驚愕した。この映画をかたちづくる映像と音響の洪水は、「マイケル・ベイ史上最もマイケル・ベイな映画」という宣伝文句だけで満たされうるものなのか。カメラワークや編集のクリシェが少しずつベイの作品から取り除かれているような気配は『トランスフォーマー/ロストエイジ』の頃にも感じていたが、この新作に至ってその統御はまったく別のステージに移行しているように思われた。ジャン=リュック・ゴダールはその最新作『イメージの本』のなかで、ベイの前作『13時間 ベンガジの秘密の兵士』(本作も日本ではビデオスルー)を引用していた。曰く「もし、私がその作品から引用したというのならば、その中に他では見られない何かを見たからです」(カンヌ国際映画祭での会見)。ここでゴダールがベイの映画に(おそらくは無意識にであろうが)見出した「何か」とは何だったのか。それについて少しでも考えることから、2020年代を始めたいと考えている。
2010年代映画ベスト
- 『アンジェリカの微笑み』マノエル・ド・オリヴェイラ(2010)
- 『J.エドガー』』クリント・イーストウッド(2011)
- 『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』リチャード・リンクレイター(2016)
- 『マリアンヌ』ロバート・ゼメキス(2016)
- 『天竜区奥領家大沢 冬』堀禎一(2015)
オリヴェイラ亡き後の世界で、映画をつくることとはいかなる仕事でありうるか、映画を見ることとはいかなる行為でありうるか、そして映画を考えることとはいかなる営みででありうるのか。そうした問いを私たち観客一人ひとりに創造する契機を与えてくれると感じられた4作、そしてオリヴェイラ晩年の最高傑作のひとつを選んだ。
2019年その他ベスト
- 『ワールドツアー』三宅唱+YCAM(インスタレーション@恵比寿映像祭)
「ヘッドセットをかけて没入するだけがVRじゃない」とでも表明するかのような、まったく別の方法論によって生み出されたVR作品として受け取った。シームレスな空間が無限に連続するのではなく、個々の時空の切断を前提とした有限なカットのつながりにおいてこそ見出される、映画でしか見出せない新しい時間と空間の創造の可能性が、この作品には確実に見出されていたと思う。何時間でも見ていられると感じた。
- 『PYROCLASTS』SUNN O)))(メタル)
スティーヴ・アルビニのプロデュースによる最新作。彼らの最もプリミティヴな部分が濃縮された『Black One』以来の最高傑作だと思う。折に触れて何度も聴き返しているが、曲の終わりの余韻の断ち切り方の思い切りも素晴らしい。
- 『凍』トーマス・ベルンハルト(小説)
「凍(いて)」という邦訳タイトルがすでに素晴らしい。1月の刊行直後に読み始めて数10ページ進んだところで、こんなもん真冬に読むんじゃなかったと後悔した。が、読み終わってみればやっぱり冬に読むしかないという一冊だった。何度も通読に挫折している『消去』に今年は再挑戦したい。
- 『評伝ジャン・ユスターシュ: 映画は人生のように』須藤健太郎(映画書)
私はジャン・ユスターシュのことなど何にも知らなかったのだなと、本当に痛感させられた読書だった。この本を読了した直後に『ママと娼婦』『ぼくの小さな恋人たち』、そして『ナンバー・ゼロ』の再上映に立ち会うことができ、今年はユスターシュの映画と真に出会うことのできた年であるように感じている。
- 『【PS4】DEATH STRANDING』小島秀夫(ゲーム)
まだぜんぜん序盤なのだが、ただ荷物を背負って歩くだけのゲームがこんなにも面白いとは思わなかった。大筋で「崩壊したアメリカを東から西へと連絡網を広げていくことで再生させる」という物語の行き先も気になるのだが、なかなかプレイ時間を十分に生み出せず、そしてついつい寄り道ばかりしてしまうため、長い目で進めていきたいと思っています……。
千浦僚 (映画文筆)
2019年映画ベスト(洋画)
- 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』クエンティン・タランティーノ
- 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』セルジオ・レオーネ
- 『ブラック・クランズマン』スパイク・リー
- 『ラスト・ムービースター』アダム・リフキン
- 『死霊の盆踊り』 (HDリマスター版)A・C・スティーブン
完全なる場違い感をもってnobodymagに投稿を重ねた結果、年間ベストアンケートにお声がけいただきました。恐縮です。邦画の年間ベストを問われることが多いのでここでは洋画を。たまたま観られたもののなかから。後ろ向きの視線、態度です。
2010年代映画ベスト
なさけなく、だらしなく、選べませんでした。
2019年その他ベスト(洋画女優ベスト2019)
- マーガレット・クアリー『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』プッシーキャット役
- ジェシカ・ローテ『ハッピー・デス・デイ』『ハッピー・デス・デイ2U』ツリー役
- ハル・ベリー『ジョン・ウィック: パラベラム』ソフィア役
- ヴァネッサ・カービー『ワイルド・スピード スーパーコンボ』ハッティ・ショウ役
- ローラ・ハリアー『ブラック・クランズマン』パトリス・デュマス役
選出基準、良かった点。
1. 腋毛。
2. 死にすぎ&生き返りすぎ。
3. 犬好きすぎ。犬アクションおもしろすぎ。
4.『ワイスピ』のショウ(ジェイソン・ステイサム)の妹でホブス(ドウェイン・ジョンソン)といい仲になる女性という難役をちゃんとやった。
5. アフロでかい。
……女優というよりその役柄、キャラが良かった、という話ですが。以上です。
常川拓也 (映画批評)
2019年映画ベスト
- 『インスタント・ファミリー』ショーン・アンダース
- 『ファイティング・ファミリー』スティーヴン・マーチャント
- 『街の上で』今泉力哉
- 『Blinded By The Light』グリンダ・チャーダ
- 『Booksmart』オリヴィア・ワイルド
2019年は、『家族を想うとき』(ケン・ローチ)の拙評でも少し触れたが、『ジョーカー』(トッド・フィリップス)『ハスラーズ』(ローリーン・スカファリア)『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ)など、とにかく世界的に貧富の相対的な格差が大きくなっているだけでなく、心理的あるいは感情的な格差も広がっていることを実感する作品が続々と登場してきた。殺伐とした時代の中で、養子を迎え入れる夫婦の姿を優しく肯定的に、血縁ではない家族の繋がりをコメディで描いた①は貴重。『シャザム!』(デヴィッド・F・サンドバーグ)あるいは『トイ・ストーリー4』(ジョシュ・クーリー)とも通じるアメリカ映画の真髄だと思う。
②ゴスではみ出し者の讃歌にして、「特別な何か」を持つ者と持たざる者のドラマで、涙が止まらなかった。女の敵は女的な構図に陥らない作りにも好感。
③今泉力哉が原点回帰したかのような最高傑作。2020年5月1日公開予定。
⑤ドラマ『ザ・ボーイズ』もそうだったが、男女共用のジェンダー・ニュートラルなトイレが全く当たり前に出てくるのが今の作品だと思った。パンケーキ食べに行こ!
ほか、『人生、区切りの旅』(エルヴァル・アダルステインズ)『8月のエバ』(ホナス・トルエバ)『ペインテッド・バード』(ヴァーツラフ・マルホウル)『ラスト・クリスマス』(ポール・フェイグ)『宝島』(ギヨーム・ブラック)『猿』(アレハンドロ・ランデス)『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(ジョン・ワッツ)なども印象深い。
2010年代映画ベスト
- 『スーパー!』ジェームズ・ガン(2010)
- 『ショート・ターム』デスティン・ダニエル・クレットン(2013)
- 『プレイ』リューベン・オストルンド(2011)
- 『パディントン2』ポール・キング(2017)
- 『呼吸 友情と破壊』メラニー・ロラン(2014)
①Shut Up Crime! 永遠の心の一本。
②傷つき居場所を失くした子どもたちに手を差し伸べて受け入れる人々の姿を描いた大切な作品。スーパーヒーローなき不信の世界で、彼らは心が壊れかけている時にこそ笑いで日々を乗り越え、辛い状況であっても喜びと慈愛をいつも見つけ出す。『インスタント・ファミリー』のショーン・アンダースも『ショート・ターム』を観て撮影監督にブレット・ポーラックを起用した。④のフランク・キャプラの精神を受け継いだ純粋な善意と良心にも救われた。
③ウルリヒ・ザイドルと並ぶ現代の厭映画の巨匠の一人であり、有害な男らしさや傍観者効果について描き続けているリューベン・オストルンドの最高傑作。
⑤『タンジェリン』(ショーン・ベイカー)と迷ったが、初めて観た時の動揺と興奮に。孤立していく少女と同調して強く胸が締め付けられた。ルー・ドゥ・ラージュの一度魅了されたら離れられないような魔力。
2019年その他ベスト(ドラマ)
- 『セックス・エデュケーション』
80年代のアメリカ映画やドラマに影響を受けて育ったローリー・ナンとベン・テイラーによる英国産ドラマで、ジョン・ヒューズ作品から『フリークス学園』『恋のからさわぎ』などへの愛に満ちている。it’s my vagina!
- 『アンビリーバブル たった1つの真実』
レイプ被害に遭った十代の女性が沈黙を強いられる社会のメカニズムとトラウマの余波を考察しながら、生還者や刑事の正義の追求にだけ焦点を当てることで、強姦犯から一切の声を剥奪することを試みた点が重要で現代的だと感じた。『ショート・ターム』で注目されたケイトリンデヴァーは、微細なニュアンスを表現したこのドラマと、対照的にオープンリーゲイの高校生役を快活に演じた青春映画『Booksmart』によって、2019年を代表する若手女優になったと思う。詳細はこちらをお読みいただければ幸いです。
- 『ユニークライフ』(シーズン3)
勢いが落ち込むことも多々ある気がするシーズン3に至ってもなお面白い偏愛ドラマ。“『マリッジ・ストーリー』については「やっぱりジェニファー・ジェイソン・リー製作の『ユニークライフ』の方が面白い」という結論にしかならなかった”という岡俊彦さんの意見に同意。『グリーンバーグ』に見られたような思いがけず人を傷つけてしまうというような主題はJJLがもたらしているのではないかと思う。これもまた親切の物語。
- 『ユーフォリア/EUPHORIA』
RAU DEFとの共演曲「Good Time」でPUNPEEが今を代表するイットガール的な意味合いで言及していたゼンデイヤ主演のドラマ。次シーズンを意識した最終回は長ったらしくて不満だったが、ギャスパー・ノエのようなエモーショナルな映像表現/現実表現がよかった。『ゴーストワールド』のイーニドを彷彿とさせる少女が、ハロウィンパーティーで『天使の復讐』のコスプレをするセンス(『アサシネーション・ネーション』を見ても明らかなサム・レヴィンソンの趣味)とデ・パルマばりに回るカメラワーク!
- 『このサイテーな世界の終わり』(シーズン2)
『トイ・ストーリー4』もそうだが、完璧に幕引きしたと思えた物語から新たな物語を紡ぐ手腕に感服。
中村修七 (映画批評)
2019年映画ベスト
- 『山〈モンテ〉』アミール・ナデリ
- 『ハイ・ライフ』クレール・ドゥニ
- 『ROMA/ローマ』アルフォンソ・キュアロン
- 『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』フレデリック・ワイズマン
- 『さらば愛しきアウトロー』デヴィッド・ロウリー
『山〈モンテ〉』は、監督のアミール・ナデリ自身がどれほど黒澤明からの影響を公言していたとしても、溝口健二の「運動」や成瀬巳喜男の「艶」が強く感じられる作品だった。ほとんどセリフがないまま後半を展開させ、理不尽な運命に不屈の精神で挑む主人公の姿を描く画面が力強い。
『ハイ・ライフ』においては、「外」へ出ることと禁忌の侵犯が重ね合わされている。既存の限界を突破して未知の無限定な領域へと踏み込んでいこうとする勇気のある作品だと思う。
『ROMA/ローマ』は、水にまつわる試練を描く映画だ。画面には水の諸形態が何度も現れ、家政婦と雇い主の家族は生と死に関係のある水の試練を乗り越える。
フレデリック・ワイズマンの映画には、主題としてのデモクラシーと方法としてのデモクラシーがある。『エクス・リブリス』は、「アメリカ人」が力を得ていくのを図書館がどのように支援しているかを捉えている。
前作『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』ではスタンダードサイズの画面で縦の構図を多用していたデヴィッド・ロウリーは、『さらば愛しきアウトロー』では一転してシネマスコープサイズの横長の画面を採用して切り返しショットと横移動を多用する。銀行強盗を主人公とする映画でありながら、主演のロバート・レッドフォードが拳銃を握る姿を一度も映さないぞという覚悟が感じられて爽快だ。
2010年代映画ベスト
- 『光のノスタルジア』パトリシオ・グスマン(2010)
- 『東北記録映画三部作』濱口竜介・酒井耕(2011‐2013)
- 『ホーリー・モーターズ 』レオス・カラックス(2012)
- 『ホース・マネー』ペドロ・コスタ(2014)
- 『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』フレデリック・ワイズマン(2015)
重要だと思う5本を挙げた。
『光のノスタルジア』と『東北記録映画三部作』は、悲痛な出来事を生き延びた人物たちに繊細かつ真摯な視線を向けた作品だ。
『ホーリー・モーターズ』と『ホース・マネー』におけるドニ・ラヴァンとヴェントゥーラは、様々な歴史と記憶を帯びた肉体を持つ異形の存在だ。彼らの肉体を見つめることは過去を振り返る際に重要となるだけでなく、未来に向けて進んでいく際にも重要だろう。
『ジャクソンハイツ』は、移民ならびにLGBTQを大きく取り上げている点で、ワイズマンの長大なフィルモグラフィーにおいても画期をなす作品だと思う。
なお、上記5本のみに留めるのはあまりにも忍びないので、偉大な達成だと思われる下記5本のタイトルだけでもせめて記しておきたい。ジャック・ドワイヨン『ラブバトル』(2013)、ジャ・ジャンクー『罪の手ざわり』(2013)、スティーヴン・スピルバーグ『ブリッジ・オブ・スパイ』(2015)、フィリップ・ガレル『つかのまの愛人』(2017)、アキ・カウリスマキ『希望のかなた』(2017)。
2019年美術展ベスト
- 「ブルーノ・ムナーリ ー 役に立たない機械をつくった男」世田谷美術館
- 「イサム・ノグチと長谷川三郎 ー 変わるものと変わらざるもの」横浜美術館
- 「没後50年 坂本繁二郎展」練馬区立美術館
- 「没後90年記念 岸田劉生展」東京ステーションギャラリー
- 「坂田一男 捲土重来」東京ステーションギャラリー
2018年の末に刊行された岡﨑乾二郎『抽象の力 近代芸術の解析』がもたらした衝撃とその影響を何度も意識させられる1年だった。イサム・ノグチ、長谷川三郎、坂田一男は、『抽象の力』で取り上げられた美術家たちだ。
ブルーノ・ムナーリとは、言語や民族の差異を超えて、鑑賞者の創造性を喚起する、万人のための教育者だったのではないかと思う。
坂本繁二郎にあっては、能面と謡本を描いた静物画が、実に奇妙なことに、セザンヌのような運動感とモネのような光の溢れる色彩を持ち、モランディのように光と影の劇を展開させる。
岸田劉生の画業は、後期印象派から油彩画に入り、その後にフランドル絵画を経由したならば、どのようなものが出来上がるかという奇妙な実験なのかもしれない。最晩年の風景画連作「路傍秋晴」は、もうひとつの「切通之写生」ともいえる、その後の新たな展開を期待させる素晴らしい作品だった。
新谷和輝 (映画研究/字幕翻訳)
2019年映画ベスト
- 『COLD WAR あの歌、2つの心』パヴェウ・パブリコフスキ
- 『8月のエバ』ホナス・トルエバ
- 『これは君の闘争だ』エリザ・カパイ
- 『月夜釜合戦』佐藤零郎
- 『王国(あるいはその家について)』草野なつか
見られなかった映画もたくさんあるが、映画祭も含めてとにかく心に残っているものを選んだ。タイトルに「戦い」的なワードが入っている作品が多いのにあとで気づいたけど、どの映画もそれぞれの局地戦を繰り広げている。『COLD WAR』は、2人の人間の心を2つのままに有無を言わせず共存させていて、冷戦構造を置き去りにしていく凄みがあった。『8月のエバ』はラテンビート映画祭で。地元マドリードに残ってバカンスを過ごす女性の話。自由な時間や身体の表現で、日常を新しく発見していく喜びがある。『これは君の闘争だ』はいろいろイベントをやったこともあって3回はスクリーンで見たけど、そのたびにいろいろな感情が溢れてくる。ブラジルの高校生たちがほんとうにカッコいい。劇場公開されると思うのでぜひ。『月夜釜合戦』は、映画そのもののフィクションの魅力と、その上映空間に発生していたリアルなエネルギーに圧倒された。あの墓場ダンスは忘れられない。『王国(あるいはその家について)』は脚本の完成度がすごいのと、その用い方に驚いた。そこにいないのに2人の会話を聞いている人が映っているのが重要だと思う。これを見てから人と話すときの感覚がだいぶ変わった。
他には、『ホットギミック ガールミーツボーイ』(山戸結希)、『幸福なラザロ』(アリーチェ・ロルヴァケル)、『宮本から君へ』(真利子哲也)、『火口のふたり』(荒井晴彦)、『眠る虫』(金子由里奈)、『コールヒストリー』(佐々木友輔)について、今も考えている。あとじつは、論文と上映会の準備でふらふらのときに早稲田松竹で見た『悲しみは空の彼方に』(ダグラス・サーク)の残酷さと愛が、今年映画から受け取った一番大きなものかもしれない。
2010年代映画ベスト
- 『息の跡』小森はるか(2016)
- 『アンダー・ザ・シルバーレイク』デヴィッド・ロバート・ミッチェル(2018)
- 『山河ノスタルジア』ジャ・ジャンクー(2015)
- 『神々のたそがれ』アレクセイ・ゲルマン(2013)
- 『サマ』ルクレシア・マルテル(2017)
この10年に見たということを忘れたくない映画を選んだ。『息の跡』は、目の前で過去と現在と未来の歴史がつくられていくのを見ているようで衝撃だった。記録するという行為について、言葉について、大切なことを教わった。『アンダー・ザ・シルバーレイク』はペラッペラの世界で放浪するサムと、彼が出会う人たちのことが気になってしょうがない。この監督の映画に出てくる人たちは皆放っておけないです。『山河ノスタルジア』の涙なしには見られないダンスはこれからも形を変えてどこかで踊り続けられるだろうし、『神々のたそがれ』のクソだらけなのになぜか愛おしい世界は、私たちのためにずっと必要だ。ルクレシア・マルテルは10年でこの1本しか撮ってないと思うが、ずば抜けて変な映画をつくってくれる。「マジックリアリズム」という便利な言葉にはぜんぜん収まらない。どこまでものっぺりした風景のなかで主人公たちが必死に退屈そうに植民地を運営しているのはすごく可笑しく悲しかった。
2019年その他ベスト
- キューバ滞在
2月に1ヶ月間ハバナにいた。どんどん変わっていくキューバだけど、映画の鑑賞料金はずっと10円くらいで、最低限のインフラとしての文化が守られている。平均年齢75歳は超えるだろう観客に混じって『真夜中のカウボーイ』を観たことと『永遠のハバナ』のフェルナンド・ペレス監督の家で食べたスパゲッティが一番の思い出。
- 「生誕100年記念 サンティアゴ・アルバレス特集」アテネ・フランセ文化センター
またキューバ関係だけど、生誕100周年の今年にやれてよかった。どの作品も強烈で、字幕をつくっているときはフィデル・カストロと音楽が何度も夢に出てきた。映画をつくっている知り合い数名から、「こんなふうに映画をつくっていいんだ!」と興奮して言われたのはすごく嬉しかった。プロパガンダにもいろいろある。
- 『ストレンジャーたち/野生の日々』バストリオ(VACANT)
バストリオの作品にはいつも刺激をもらう。境界を境界のままにしておきながら行ったり来たりを試みる自由さと、一作品ごとにかける物凄いエネルギー。
- キノコヤ
ここでジョナス・メカスやアルゼンチン実験映画を見て、そのあと美味しいごはんとお酒と一緒に、他のお客さんたちとお話するのがとても楽しかった。聖蹟桜ヶ丘にあって、すぐ隣を小川が流れるロケーションも最高。
- 鳥せん
山形国際ドキュメンタリー映画祭ではずっとフォーラムで労働していたので、すぐ隣にあるこの酒場に何度か行った。モツがおいしい。ご夫婦で切り盛りされていて、ちょっと怖そうだけど、話すととてもいい人。
PatchADAMS (DJ)
2019年映画ベスト
- 『イメージの本』ジャン=リュック・ゴダール(シネ・スイッチ銀座)
- 『ヴィタリナ』ペドロ・コスタ(東京フィルメックス)
- 『Surfin’L.S.D』脳BRAIN (DVD)
- 『トイ・ストーリー4』ジョシュ・クーリー(東宝シネマズ六本木)
- 『魂のゆくえ』ポール・シュレイダー(ヒューマントラストシネマ渋谷)
旧作ではアンスティチュ・フランセ東京でのジャン・ユスターシュ特集。『ナンバー・ゼロ』に番外破格の感動を得た。ゴーモン特集でのジョセフ・ロージー『鱒』も強烈だった。あと、アテネ・フランセ文化センターでの「中原昌也への白紙委任状」。連日通い詰め、興味深く刺激的な作品と対話を享受する至福の日々。年の終わりにはサンチャゴ・アルバレス特集で未見の作品が見られて良かった。そして、毎度充実の山形国際ドキュメンタリー映画祭。章梦奇の最新中国映画や古いイラン映画などに吃驚。審査員の一人、デボラ・ストラトマンの『O'er the Land』がめちゃくちゃかっこ良かった。
2010年代映画ベスト
- 『NO HOME MOVIE』シャンタル・アケルマン(2015)
- 『アンジェリカの微笑み』マノエル・ド・オリヴェイラ(2010)
- 『We can’t go home again』ニコラス・レイ(1973-2011)
- 『神々のたそがれ』アレクセイ・ゲルマン(2013)
- 『500年の航海』キドラット・タヒミック(2015)
自分なりに「映画と歴史」「すべての/ただ一つの歴史」について考え巡らせたのが2010年代だった、気がする。ゴダールの諸作、グスマンの諸作、王兵の諸作、七里圭の諸作、ベロッキオの諸作、ワイズマンの諸作、ホウ・シャオシェン『黒衣の刺客』、ウカマウ集団『叛乱者たち』、小森はるか『息の跡』、小田香『鉱』、高橋洋『霊的ボリシェビキ』、篠崎誠『SHARING』、クローネンバーグ『マップ・トゥ・ザ・スターズ』、カラックス『ホーリー・モーターズ』、ヘルマン『果てなき路』、ザイドル『パラダイス』3部作、エニェディ・イルディコー『私の20世紀』(レストア版)、ファスビンダー作品(レストア版)、ユスターシュ特集やアケルマン特集などアンスティチュ・フランセの数々の上映企画、イメージフォーラムフェスティバル、爆音映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭、アンゲラ・シャーネレクやジョスリーン・サアブを知ったアテネ・フランセ文化センターでの諸特集、ドイツ文化センターでのアレクサンダー・クルーゲ特集などなど、…つまり、すべてのフィルムが手掛かりになった。
2019年その他ベスト(読書5選)
- 『凍』トーマス・ベルンハルト/池田信雄訳
- 『クリオ: 歴史と異教的魂の対話』シャルル・ペギー/宮林寛訳
- 『評伝ジャン・ユスターシュ: 映画は人生のように』須藤健太郎
- 『聖者のレッスン: 東京大学映画講義』四方田犬彦
- 『パートタイム・デスライフ』中原昌也
他、
『アムラス』トーマス・ベルンハルト/初見基・飯島雄太郎訳
『ポイント・オメガ』ドン・デリーロ/都甲幸治訳
『さらば! 検索サイト: 太田昌国のぐるっと世界案内』太田昌国
『ナチス映画論──ヒトラー・キッチュ・現代』渋谷哲也・夏目深雪編
『彼自身によるロベール・ブレッソン: インタビュー 1943–1983』ロベール・ブレッソン/ミレーヌ・ブレッソン編/角井誠訳
『ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』&『ニック・ランドと新反動主義 現代世界を覆う〈ダーク〉な思想』木澤佐登志
などが印象に残っている。
廣瀬純 (現代思想/映画批評)
2010年代映画ベスト(公開順)
- 『サウダーヂ』富田克也(2011)
- 『ホーリー・モーターズ 』レオス・カラックス(2012)
- 『罪の手ざわり』ジャ・ジャンクー(2013)
- 『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』ジェームズ・グレイ(2016)
- 『ワイルド・ボーイズ』ベルトラン・マンディコ(2017)
- 『密使と番人』三宅唱(2017)
- 『15時17分、パリ行き』クリント・イーストウッド(2018)
- 『タクシー運転手 約束は海を越えて』チャン・フン(2017)
- 『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』スティーヴン・スピルバーグ(2017)
- 『旅のおわり世界のはじまり』黒沢清(2019)
2010年代の10本を選びました。
三浦翔 (NOBODY)
2019年映画ベスト
- 『楽園』瀬々敬久
- 『帰れない二人』ジャ・ジャンクー
- 『幸福なラザロ』アリーチェ・ロルバケル
- 『ナーヴァス・トランスレーションー革命前夜の、個人的な社会のはなし。』シリーン・セノ
- 『私の20世紀』イルディコー・エニェディ
正義が求められる時代。その裏返しで正義を強く内面化し過ぎてしまう自分を息苦しく思う場面が増えてきた。『楽園』が描く村社会のように、「うわさ」が拡がって犯人探しが延々と続けられて、寛容さを失っているのはむしろ東京の方だと感じてしまう(「楽園」とは非在郷に違いない)。そんな世界で身を潜めて匿名の目になってしまうことが今の息苦しさのひとつで、目の前にいる、自分の目で見える相手を受けとめることを忘れないようにしたい。だからこそ『幸福なラザロ』のラザロや『帰れない二人』のチャオのように、裏切られたことで長い時を隔てても、かつて触れ合った人を信じ続ける姿に僕は惹かれてしまうのだろう。あるいは想像力が枯渇している息苦しさがある。正しいことを主張するのであれば、わざわざ回りくどくフィクション化された映画や、コンセプチュアルな現代アートである必然性はない。社会問題を解決するには社会運動に参加した方が圧倒的に早く強い。それでも自分が映画を手放さないでいるのは、映画が想像力を耕してくれるからだ。『私の20世紀』が描くエジソンの時代から、新たなメディアは想像力の源泉だったはずで、現代のメディアは反対に想像力を吸い取ってしまっている。そんななか、シリーン・セノが資本主義の生産物である文房具ひとつで、壮大な想像力を拡げてくれたのが素晴らしかった。こういう転覆が凄く貴重だと思う。今の日本にいると、どんどん欲望の回路が狭く閉ざされてしまっている気がしてならないから。
2010年代映画ベスト
- 『親密さ』濱口竜介(2012)
- 『息の跡』小森はるか(2015)
- 『レット・ザ・サンシャイン・イン』クレール・ドゥニ(2017)
- 『自由行』イン・リャン(2018)
- 『楽園』瀬々敬久(2019)
10年前はまだ神戸の高校生で浪人を経て、2012年に横浜へ出てきてから映画を見始めた。この10年を「震災以後」という言葉で語ることも出来るけれど、日本に限らず陰惨な状況は明らかで、少なくとも映画はその陰惨な状況を引き起こしている主役ではなかっただろう。風評被害から、SNSが原動力の社会運動とネトウヨたちの戦い、#Metooであったり、最後にはれいわ新撰組まで出てきた。良くも悪くも「うわさ話」が時代を動かしていると考えるならば、映画や芸術はもう一度「言葉」への感度を取り戻すところからしか始めれない。僕はそう考える。ならば、アーロン・ソーキンの『ニュースルーム』こそ最も大事な作品であるが、新しいやり方で2020年代への可能性を開き続ける5本を選んだ。「うわさ」と戦う『楽園』については上に書いた。『レット・ザ・サンシャイン・イン』のビノシュは、誰かに言われたことを直ぐに信じてしまう役柄を演じて大いに笑わせてくれたけれど、オープンなマインドで生きることを肯定してくれた。小森はるかと『あわいゆくころ』の瀬尾夏実が続ける「語り」のドキュメントが教えてくれたのは、「あのとき」に立ち止まらずゆっくりと、変化していく風景のなかで、積み重なる時間のなかで考えることの強さである。『自由行』の素晴らしさは異なる世代の感情を結ぶドラマツルギーにあるけれど、ところどころで挿入される詩にも大いに共感した。これこそが真の「観光客の哲学」だと僕は思う。『親密さ』の記憶は、オーディトリウム渋谷のオールナイトで見たことと切り離せない。濱口竜介作品であるか否かを超えて、映画か演劇かをも超えて、役者とその言葉をイチから見つめ直していく映画作りは、すべての作り手への賛辞であり、多くの人たちの人生に奇跡を起こしたに違いない。
2019年その他ベスト(パフォーマンスベスト)
- 『シベリアへ!シベリアへ!シベリアへ!』地点(KAAT)
チェーホフの小説を原作とした『シベリアへ!』は地点の新境地を開いていた。『三人姉妹』などではかろうじて残されていた役も無くなり、馬の群れが共同体の運命を語るやり方で小説の演劇化に挑んでいる。今年はドストエフスキーの『罪と罰』を控えており、どんなかたちに結実するのかますます楽しみだ。
- 『俺が代』かもめマシーン(早稲田小劇場)
日本国憲法を読む一人芝居。その真正面なやり方をここまでやり切るのかと感動した。法の言葉と文学について、成文法とグリム童話に眠る慣習法の対比など、法学の方で議論がたくさんあると友人から教えてもらい、法の言葉についてもっと考えたいと思っている。
- 『是でいいのだ』小田尚敏の演劇(SCOOL)
毎年3.11の頃に再演されている作品だけれど今年が初見だった。『寝ても覚めても』を見てから、それが僕の経験していない東京の被災の記憶になっていて、『是でいいのだ』もその延長で見てしまった。震災以降、無知なまま実存的に哲学を読んでいた自分にとって、哲学の言葉を引用する小田さんの戯曲はしっくり来る。
- 『ザ・ワールド2019』大橋可也&ダンサーズ(TOLOT/heuristic SHINONOME)
東雲の巨大な倉庫全体を使った5時間超えの壮大なパフォーマンス。ダンス・音響・映像が交差する壮大なスペクタクルに圧倒された。吸血鬼から徘徊へ。奇妙に静かな埋め立て地に突っ立った身体は、2020年へ向かう東京にとって一層アクチュアルなものになってきた。
- 『野生の日々』バストリオ(VACANT)
VACANTで見る最後のイベントだった。東京をネガティブに扱った作品が増えるなか、バストリオは東京で最も建築的な肯定力を持っている。芸術家とは技術を持った人たちである。バストリオのオールスターと言っても過言ではない大所帯のパフォーマンスは、それぞれの技術をブリコラージュすることで、東京の生活を書き換えることに成功していただろう。
結城秀勇 (NOBODY)
2019年映画ベスト
- 『スパイダーマン スパイダーバース』ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン
- 『マーウェン』ロバート・ゼメキス
- 『宮本から君へ』真利子哲也
- 『帰れない二人』ジャ・ジャンクー
- 『マリッジ・ストーリー』ノア・バームバック
1.『ワイルドツアー』『トイストーリー4』『スケート・キッチン』といった、テクノロジーと自然の融合するジャングルを開拓する野生の子供たちや野良おもちゃたちの映画が多かったこの年、その中でも別格に素晴らしいこの一本。次元も世界観も関係ねえ、CGIもコミックのドットもスプレーの飛沫も取り返しのつかない過去もエアジョーダン1も、すべての重さをその身に引き受けて少年は跳ぶ。
2. マチズモの暴力で身体も精神も損傷されたはずの男は、なぜそれでも戦争と冒険の世界に夢を託すのか。そしてどうやれば彼のように軽やかにハイヒールを履きこなすことができるのだろうか。
3.「抑圧が解除され、パレーシア(なんでも言うこと)が一般化し、メタファーが消滅した時代」(廣瀬純)である2010年代の終わりに現れた、言葉の意味よりもその大きさが、役柄のキャラクターよりも顔の歪みそのものが、圧倒的に重要であるこの作品。「NOBODY issue 47」は、この作品も含めてつくりたかった。
4. あの荒野にポツリと立つバス停で、20年前に自分がどれだけジャ・ジャンクーを愛していたかを思い出す。つくりかけの高速道路として映し出されていた中国の未来は、いま、あまりにも簡単に我々を追い越して行ってしまった。『空に聞く』で小森はるかが行なっているような時間の層の積み重ねと、とても似たことを彼はやっていたのだといまなら理解できる。『HHH:侯孝賢』や『8月の終わり、9月のはじめ』を見直す機会とこの作品が同年にあったことはただの偶然ではないし、未見の『ヴィタリナ』にもきっとそういう感慨を抱くはずだという気がする。この作品について考えることがそのまま2000年以降の20年間を考えることであったような作品。
5. ここまでなんのてらいもなしにスカーレット・ヨハンソンが好きでたまらないと言える作品は、もしかしてこれまでなかったかもしれない。結婚だとか離婚だとか、男だとか女だとか、父親だとか母親だとか、LAだとかNYだとか、の向こう側で、ニコールはただそうであるままにニコールであり、チャーリーもまたそうである。なにを選んだか、なにを決断したか、ではなく、パイがただのパイでしかないように、ただそうであるだけの彼らの姿を愛さずにはいられない。
2010年代映画ベスト
- 『フライト』ロバート・ゼメキス(2012)
- 『サウダーヂ』富田克也(2011)
- 『スプリング・ブレイカーズ』ハーモニー・コリン(2012)
- 『アンダー・ザ・シルバーレイク』デヴィッド・ロバート・ミッチェル(2018)
- 『希望のかなた』アキ・カウリスマキ(2017)
次点:『スパイダーマン:スパイダーバース』
1. 2010年代のベストと言われるとどうしても2011年の3月以降に見た作品を選んでしまう。自分自身の罪と、実際にはそれによって引き起こされたわけではない事故とのギャップの中にとどまり続けるデンゼル・ワシントンの姿こそ、2010年代のひとつの指針だった。東日本大震災とその他もろもろの後で、トニー・スコットのいない世界で、そして梅本洋一のいない世界で、いったい何者として生きるべきなのか。そんな問いに答えを返してくれるわけでもないデンゼルの謎めいた微笑みこそがひとつの答えだった。ということで第一位は、酒を飲んでいないアル中になる話。
2. 甲府の人(ブラジル人、タイ人を含む)になる話。ここでこの映画のタイトルを挙げることは私にとって、この10年間書いたり語ったりしてきた映画の名前や、それをつくる世界のいろんなところにいるけれど"とても近いところ"にいるように感じる人たちの名前や、それについて語り合う友人たちの名前を、ひとり残らず列挙するのとほとんど同じようなことだ。
3. 春休みになる話。できればここで『ザ・ビーチ・バム』を挙げられればよかったのだろうが、公開されない映画を嘆いてもしかたない。長期休暇をくれとねだるのではなく、長期休暇そのものになる。そんな欲望のありかの話。
4. ファムファタルにならなくてもいい話。上記『スプリング・ブレーカーズ』とともに欲望のありかについて。物心ついて映画をわりと見るようになってからずっと、ファムファタルに恋をしないといけないと思ってた。でもそんなことはなかった。通り過ぎてゆくいくつもの顔を、そのものとして愛せばいいのだった。
5. 難民になる話。おそらく新作の封切りを35mmフィルムで見たのはこれが最後だろう。だがそんなことも、この映画が存在するというただそれだけの理由で、いつかこの国に住めなくなったらおれはフィンランドで難民になろうと思ったことに比べればどうでもいい。そしてこれが他の「〇〇になる」になるよりも、どう考えても一番ありうるように思えた10年間だった。
次点:(いくつもの)スパイダーピープルになる話。
2019年その他ベスト
- カンカン(大磯)
その他はひとつしかないので、五つ分宣伝します。高校の同級生が今年オープンしたワインバー。とは言うものの日本酒もおでんも出たりする、気のおけない小さな店。 この日のお通しはタラの白子汁で、日本酒頼んで、一粒牡蠣のベーコン巻き、海鮮丼などをいただきました。
渡辺進也 (NOBODY)
2019年映画ベスト
- 『美人が婚活してみたら』大九明子
- 『バイス』アダム・マッケイ
- 『スケート・キッチン』クリスタル・モーゼル
- 『嵐電』鈴木卓爾
- 『マーウェン』ロバート・ゼメキス
都市とメディアと乗り物とに関わる5本。
『美人が婚活してみたら』のオープニングショットには本当にざわざわさせられたし、『バイス』のつくりもののニュース映像が一番なんでもない映像だった気がする。『スケート・キッチン』のスマートフォンとカメラから生まれる友情も、『嵐電』の撮るもの/撮られるもの間にある境界の曖昧さも、『マーウェン』のいろんなものを平板化してしまう凶暴さも忘れがたい。
もうひとつあるとすれば、他の選者の方がリストアップしているだろういくつかの作品を選ばなかった/選べなかったことも個人的には重要な気がしている。
2010年代映画ベスト
- 『スプリング・ブレイカーズ』ハーモニー・コリン(2012)
- 『収容病棟』ワン・ビン(2013)
- 『6才のボクが、大人になるまで。』リチャード・リンクレイター(2014)
- 『黒衣の刺客』ホウ・シャオシェン(2015)
- 『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』ケリー・ライヒャルト(2016)
この10年を振り返ると、その前の10年ギリギリ間に合ったオリヴェイラやロメール、レネなどの映画作家たちが、映画を撮らなくなったことが大きいような気がしている。それ以後に、出てきた映画ということで、2010年代の映像のスタイルを表していると思われる5本。
2019年その他ベスト
2月に仙台「ほぼ8年感謝祭 あわいの終わり、まちの始まり」、8月に山口「YCAM爆音映画祭2019」、9月に京都「ルーキー映画祭」、10月に山形ドキュメンタリー映画祭、と東京から離れてみたりもした。あまり東京にいることが好きじゃなかった1年。東京で聞いた上方落語4席と大阪で聴いた1席。
- 「七段目」桂吉坊(3/27 経堂さばのゆ)
- 「壺算」桂南光(4/14 お江戸日本橋亭)
- 「大丸屋騒動」露の新治(5/10 深川江戸資料館)
- 「質屋蔵」桂千朝(9/7 梅田太融寺)
- 「矢橋船」笑福亭松喬(11/30 文化放送メディア+ホール)