クリント・イーストウッド監督の最新作『ミリオンダラー・ベイビー』の公開に合わせて、主演のヒラリー・スワンク、モーガン・フリーマンが来日した。都内のホテルで記者会見を開くということなので、張り切って出掛けた。『ミリオンダラー・ベイビー』は、今年度アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞と主要4部門での受賞作であり、監督のイーストウッドを除いたふたりのアカデミー賞受賞者が現れるとあってか、会場には多くの取材陣がつめかけていた。みんな彼らの登場を興奮した面持ちで待っているようだった。モーガン・フリーマンが日本語で「おはようございます」と挨拶をすると、会場はどっと沸いた。
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ヒラリー・スワンクは初めての来日、モーガン・フリーマンは今回で4度目の来日ということで、会見中もモーガン・フリーマンがヒラリーに日本のおすすめ観光スポットを教えるなどして、始終和やかな雰囲気だった。「こんなにラヴリーな女性と日本に来ることができて嬉しい」とモーガン・フリーマンも笑顔が絶えない。
アカデミー賞受賞の感想を聞かれると、ふたりとも自分のことではなく、作品や監督のイーストウッドのことを話した。「(アカデミー賞を受賞したのは)心に訴える映画だからだと思います。リアルな人々についてのリアルな物語、つまり普遍性のある物語を『ミリオンダラー・ベイビー』は語っているから。それにクリント・イーストウッドが監督だっていうのがやっぱり大きいと思います。賞を取れて、とても光栄です。びっくりしました。実感がないんで、自分をつねったりしてます。信じられない。夢みたいです」(ヒラリー・スワンク)。
モーガン・フリーマンは、「アメリカでは、メインのキャラクターが車いすに座っていれば、賞を取れると言われているんだよ(笑)」と軽く笑いを誘いながらも、「自分だけじゃなく、クリントとヒラリーと一緒に受賞できたことが一番うれしい。そのひとつとして受賞できたことが最高」と言った。
『ミリオンダラー・ベイビー』は、フランキー(クリント・イーストウッド)が経営する古びたボクシングジムにマギー(ヒラリー・スワンク)が訪れるところから始まる。マギーは、30歳を超えてもなおボクサーになるという自身の夢を捨てきれず、彼に教えを請いに来たのだった。マギーは、トレーラーハウスに生まれ、昼はウェイトレスとして働いている。不幸な家庭環境と貧困にあえぐ生活。そんな彼女の最後の希望がフランキーにトレーナーになってもらうことだった。
だが、フランキーは、彼女を拒絶し続ける。音信不通になった自分の娘と同年齢の彼女に対して、彼は素直に振る舞うことができない。しかし、それでも食い下がるマギー。最終的にフランキーはその指導を引き受けることにするが、そんなふたりの関係の微妙な変化をこの作品は丁寧に描いていく。そして、それと対をなすように、迫力のあるボクシングシーンが随所に挿入されている。ヒラリーは、ボクシングシーンの撮影や彼女の演じたマギーについてこう語る。
「撮影中、何度も殴られました。でも、ボクサーの気持ちになるのにはとても良かったと思います。私のトレーナーは、フェイスガードをつけさせてくれなかったんです。動きが鈍くなるから。映画のラストで対決するルシア・ライカーは、本当のプロボクサーですけど、彼女の右フックをよけきれず、パンチを浴びてしまいました。
マギーはいままで演じた中で、自分に一番近い役柄でした。私とその境遇も似ています。私も、彼女のように夢を持っていたし、それを信じて支えてくれる人もいて、非常にラッキーだったと思っています。だけど、マギーには自分の意見が反映されているということはありません。私の仕事は物語を語ることでした」
マギーとフランキーとのボクシングというスポーツを通じた交流を描く『ミリオンダラー・ベイビー』について、イーストウッドは「これはボクシングの物語ではなく、一種のラヴストーリーだ」というふうにコメントしているが、そんなふたりを常にそばで見守っているのがスクラップ(モーガン・フリーマン)である。フランキーとともにジムを経営する彼もまた、昔は名を馳せたボクサーだった。試合中の事故により片眼を失明しているが、彼は誰にも見られることのなかったマギーを見つめ、そして彼女とフランキーを全編に渡って暖かく見守っていくことになる。彼のナレーションによって物語が語られていくことに象徴的なように、この作品は片眼の見えない彼の視点によって語られていく。
しかし、会見中のモーガン・フリーマンの話を聞いていると、撮影中はイーストウッドが、劇中でのスクラップのようにすべての人々を言葉なく優しい目で見つめ、支えていたのではないかと思った。リングの上に立つマギーと、彼女を指導し、導いていくフランキー。そして、フランキーに常に寄り添い続けるスクラップ。そんな3人の関係は映画の撮影現場にそのまま接続されていく。
「クリントとは『許されざる者』以来、2度目の共演だよ。いい俳優と一緒に仕事をするとかならず影響を受ける。チェスの名人とチェスをしていると、知らずに自分もうまくなるように、彼と仕事をすると、自然といい演技ができるんだ。
だから、みんなクリントに影響を受けているよ。彼自身も俳優だしね。でも、監督としての彼は、俳優に演技指導をしたりしないんだ。俳優という存在をとても尊重している。俳優に自由を与えてくれるんだ。アドバイスもまったくしないけど、映画をある方向に導いていくんだ。撮影所にもふらっとやって来て、気づくともういなくなっている(笑)。伝統的な監督と一番違うのは、「Action!」とか「Cut!」と叫んだりしないことかな。たとえば、始めるときは「Anytime
you ready...」。そして「Stop...」とまるでささやくように言うんだよ」
モーガン・フリーマンは彼のまねをして、その雰囲気を伝えてくれた。時にはどもりながらも、モーガンは味のあるトークを繰り広げ、彼が一流の俳優でありエンターテイナーであることを強く印象付けた。私たちが知っているイーストウッドのつぶやくようなあの声がどこからか聞こえてくるようだった。
取材・構成 須藤健太郎、藤井陽子
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