語学学校が終わって青山ABCに着く頃には既に客出しが始まっていた。もうすぐ10時になる。わき目も振らずに入り口近くの平積みコーナーに直行して、「海辺のカフカ」上下巻を速やかに購入する。
村上春樹の名を初めて耳にしたのは、高校の友人の口からだったと記憶している。それが何時頃のことだったかは覚えていない。その友人は97年の12月17日、球技大会の最中にバレーボール・コートで心臓の発作に襲われ、翌18日の午前1時52分に帰らぬ人となった。私が近しい人を亡くしたのはそれが最初であり、今のところ最後でもある。村上春樹の小説を買い求めたのはその後のことだ。西鉄薬院駅の駅ビルに入っている小さな書店で「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を買った。まだ寒い時分だったから、きっと98年の1月か2月のことだろう。
自閉気味の主人公と、平凡とは言い難い脇役。個人史と大文字の歴史。そして謎解きと宝探し。読み始めたばかりで無責任なことは言えないが、「海辺のカフカ」でも村上春樹のやり口は変わっていないようだ。私はといえば、ひたすら個人的な記憶を頭の片隅に引きずったまま、ベッドにひっくり返ってページをめくる。久しぶりにマティーニを飲みつつ。
17歳で逝った彼と、世界一素敵なお父さん、お母さん、お兄さんに乾杯したい。
中川正幸