登場人物が誰かに向けて手紙を送る場面は存在しない。だが、第3話の「もう一度」で語られる「Xeron」という世界がまるで反転されたかのような現在において、たとえそれが困難だとしても、そこにいくつもの言葉と身体があるかぎり、来るべき出会いや再会を果たすことができるのではないだろうか。そう考えたとき、偶然と想像を繋ぐ「手紙」というテーマがこの特集の中から立ち上がった。思えば、「批評とは、作り手に向けた手紙のようなものだ」と教えてくれたのは、紛れもなく梅本洋一だ。初掲から13年の月日が経とうとしているが、当時『PASSION』を世に送り出した濱口竜介へのひとつの批評=手紙として、ここに氏の言葉を改めて掲載したいと思う。

濱口竜介への手紙

梅本洋一

濱口竜介様

 はじめてお便りします。『PASSION』を見せていただき、それまで「日本」の映画に眠っていた可能性を再確認しました。それがどんな可能性なのかは後で書こうと思います。その前に、この作品の素晴らしさが「日本映画」の中で、どのような位置にあるのかも確認しておく必要があるでしょう。少しばかりおつきあいください。
 思い出してみれば、このフィルムのタイトルをはじめて聞いたのは、冬の寒い晩、総武線の秋葉原と御茶ノ水の間だったのです。ぼくにそのタイトルを囁いたのは黒沢清さんでした。ほぼ同年代の黒沢さんとぼくは、確かに多くの時間を共有していますが、話がぼくらよりも若い世代の「日本映画」に及ぶことはあまり多くありませんでした。何よりも黒沢さんご自身が現役の映画作家であることがその大きな理由でしょう。黒沢さんご自身の問題、彼のフィルムが映画としてどんな問題を抱えているのかが、ぼくらの話題の中心でした。しかし、黒沢さんもまたここ10年近く映画作家を育てるお仕事もなさるようになりました。まずは映画美学校で、そして東京藝大大学院でそのお仕事を続けられています。『大いなる幻影』(99)は、映画美学校での学生たちと一緒に作った作品であることも知られています。自らの知識と経験を若い人々に伝え、来るべき作品の担い手を育てる作業は簡単なことではありません。それはおそらく不可能な作業に近いかも知れません。映画作りというものに、それなりのノウハウがあった撮影所時代ならいざ知らず、大きなバックボーンである撮影所が崩壊した後、映画作品が必ず備えるべきスタンダードな資質を確認することは不可能になりました。現場で映画の何たるかを覚え、その中で上層部から降ってくる企画に自らを合わせ、質の高い作品を作っていく行為は、撮影所崩壊以降、映画監督が備える必須の仕事ではなくなりました。ですから、映画作家を養成する作業、つまり来るべき映画作家に何を伝えるのかを確定することはもうできません。つまり、スタンダードな美学が既存のものとして存在することを認め、それを身に着けさせることは、決して映画作家を育てることではなくなったのです。撮影所時代に育てられたのは、映画作家ではそもそもなく、単に映画監督だったのかもしれません。映画作家を育てるというのは、作家一般を育てるのと同様にほとんど不可能に近い困難な作業です。優秀な小説家を育てる方法がないように、画期的な画家を育てる方法がないように、才能溢れる詩人を育てる術がないように、映画作家だって、作家である限りにおいて、育てる術がない。映画作家になりたいと願う若い人々を前にすると、誰でもそうした困難に出会うようになります。黒沢さんも例外ではないでしょう。しかし、黒沢さんは、自らの作品を作るのと同じような情熱で、そうした困難な作業に向かい合うようになりました。その黒沢さんが、教える仕事の喜びを語り、映画作家を育てる作業の価値を見出したと語る大きな理由として彼は、この作品をぼくの耳に囁いたのです。こうした作品を前にすると、映画作家を養成する作業にも価値があると思える、と黒沢さんはぼくに語ったのです。
 もちろん『PASSION』と聞いて、ぼく(ら)はある作品を想起さざるを得ません。同名のゴダールの作品です。ラウール・クタールのキャメラがめくるめくような光の世界を創造しつつ、労働と映画を撮ることについての考察が重ねられるあの作品のことです。ですが、黒沢さんは、「関係があるとすれば、タイトルが同じなだけでしょう」と素っ気なく語り、逆にその素っ気なさが、ぼくの興味を倍増させたのでした。

「日本映画」の中で

 ついに『PASSION』を見る機会が訪れたのは、それから2ヶ月ほどたったある日のことでした。  その頃、ぼくは「日本映画」の枠組みについて考えていました。ずっと見続けてきた「日本映画」の多くは、わずかな例外を除いて、そうした枠組みを超えるのとは反対に、おぼろげに見える枠組みをむしろ強化せんがために作られているように思えたのです。識者──誰が識者なのかという問は棚上げにして、識者とだけしておきます──が評価する「日本映画」とは、撮影所が崩壊し、確固たる美学が存在しないというのに、撮影所時代の美学を思い出させてくれるような作品が多かったように思います。わずかな例外とは、青山真治の『サッド・ヴァケイション』(07)、万田邦敏の『接吻』(06)、そして当時見たばかりの傑作である黒沢さんの『トウキョウソナタ』(08)などです。もちろん、そこには「日本」が固有に抱えた問題の多くは映っていますが、「日本映画」の枠組みを感じたりはしませんでした。同じように家族の問題が語られていても、それは「日本の」家族ではなく、家族そのものの問題であるように感じられました。血縁や地縁を与件として、その背後に「日本」という見えないものの存在を想起させるのとは異なり、個々にばらばらになったそれぞれの登場人物が、どのように他者とコミュニケーションを図ろうとするのかが、それらわずかな例外を形成するフィルムの共通の運動だったように思います。
 それに対して、多くの「日本映画」は、たとえ離れていてバラバラになっているにせよ、そうした人と人との間にある繋がりを、最初からあったかのように伝えています。まるで、それが幻想であるのに、「日本」という何かを既知のものとして取り扱っているように思えました。ミニマリズムと呼べば呼べるでしょうか。ぼくらの周囲に広がる風景は、湿り気のある大気の中を通る4車線の大きな道路の脇にある大きなスーパーマーケットと量販店によってしか規定されないのに、「日本映画」の多くは、山があって緑があって、木造の古い家屋を背景にした「日本」を再興しているように思えました。今では存在しないものを──あるいはかつてさえ存在しかなかったものを、まるで存在したかのように懐かしむことをノスタルジーと呼びますが、そんなノスタルジーは、決定的に保守的なもので、そうしたものに与することで、ぼくらの周囲に本当に存在する何かから目を逸らそうとする行為ばかりが「日本映画」に目立っていたからです。いくら屋上緑化したところで、室温をいくらか下げるのに効果はあるかも知れませんが、その場所は楽園にはなりません。「日本」の家族を描き続けた小津安二郎も成瀬巳喜男も、家族の絆の強さを描いたり、その再生を描いたりしたことはなく、まさに、そうした「日本の」家族の崩壊しか描いたことはないのです。小津のフィルムも成瀬のフィルムも、見えない何かを与件として、それを再生するような暴力をふるうことはなく、静かに理知的に変化し崩れていく何かにつき合い、それを真摯にフィルムに収めていった。バラバラになった家族が、ありもしない「田舎」に集い、まるで自らの原風景を再発見したかのように、その原風景に折り重なるように自分自身の姿を見出す物語は、どうしようもなく反動的です。
 そうした中で、あなたのフィルム『PASSION』に、そんな家族は登場しません。あなたのフィルムの登場人物たちは最初からすでにバラバラになっている。久しぶりに大学の同級生6人が会食をしにレストランにやってきます。男が3人、女が3人。彼らにかつて共通する時間が流れたことは事実です。しかし、そうした共有した時間が担保した共同体が、彼らの背景にあるのかと言えば、そんなものはない。彼らは別の時間に向けて、彼らの現在を構成しています。その中で小学校の教師を務める女性と大学院で研究を続ける男性が婚約を発表する場が、この会食の時間です。つまり、婚約するふたりにとっても、ふたりを取り囲む他の4人にとっても、この時間は決して過去を振り返る時間ではない。これからのふたりの関係を、それまでの6人の関係に比べて絶対的に異なる関係にするための会食こそ、このフィルムの冒頭に据えられた時間なのです。つまり、彼ら6人は、全員、将来、この時間と異なる関係を結ばなければならない。かつての体験と将来の時間とを計測するための変わっていく時間こそ、この時間なのです。その意味で、このフィルムに登場する主要な6人の登場人物は、最初から何かが、幻想として規定されていない、換言すれば与件のない時間を生きることを強要されることになる。『PASSION』の登場人物たちは、そうした新たな未知の関係の瀬戸際に立たされることを出発点にしています。

銃声のような言葉たち

 未知の関係性の前に立たされた登場人物たちはどうやって未知を既知に変えていくのか。当然、話をすることによってです。彼らは言葉を尽くさなければなりません。言葉という武器で見えない関係性を計測し、それによって現在を形成するのです。言わずもがなの関係など彼らにはあり得ない。もちろん、彼らには彼らが互いに生きた過去があるでしょう。そしてその過去の先端に現在がある。だから彼らはまず過去を確認し、そして、それを現在に接続することで関係性をつくっていかねばなりません。このフィルムにはフラッシュバックはありません。ぼくら観客に彼らはかつてどんな関係を生きていたかを知らせてはくれません。ぼくらも登場人物と同じように絶対的な現在時制の中に投げ出されます。もちろん過去の記憶は登場人物たちの中に息づいているかもしれない。だが、それは現在を生きる保証にはならないのです。なぜかと言えば、彼らの内のふたりの男女は婚約するからです。将来にわたっての関係性を社会的に保証する儀式の中にこの夜が置かれているからです。単にそんなものは社会契約に過ぎないのですが、ぼくらは好むと好まざるとに関わらずそうした社会の中に生きている。だから、彼らは、過去の彼らのままでいることはできない。もう一度、新しく関係性を結び直さなければならない。どのようにしてか。言葉によってです。
 「日本映画」という枠組みの話を少ししましたが、最近の「日本映画」の中で、これほど登場人物たちが言葉を費やす作品をぼくは見たことがありません。否、最近の日本映画ばかりではない。「日本映画」一般の中で人はこれほど話をしないのです。だから、このフィルムを見た人は、ここに登場する若い登場人物たちと同じように、ちょうど関係性が変化する際に立つ人々を描いたアルノー・デプレシャンのフィルムを想起することになるのでしょう。濱口さんが、デプレシャンのフィルムをお好きかどうかはとりあえず問題ではない。言葉によって、新たな関係を築いていく必然性に立たされた登場人物たちという状況は、『PASSION』でも、デプレシャンの多くのフィルムでも同じ力学の中にあるのです。あるいは、同じように登場人物たちが、関係性の変化の際に立たされているがゆえに、多くの言葉を費やすという面では、濱口さんが卒業論文の主題に選ばれたジョン・カサヴェテスの『フェイシズ』(68)や『ハズバンズ』(70)を思い出します。特に後半から7人目の登場人物として登場する女流作家のマンションでの光景を一目見れば、そして、そこで展開する酒と言葉が形成する状況を見れば、誰でもが『フェイシズ』に流れる時間との同一性を思い起こすはずです。  何気なく発した一語が、必然的に状況を変える力の源泉に変化していく。あらかじめシナリオという形の中の台詞として練られた言葉であるのでしょうが、作品の中では登場人物の口から偶然漏れたような言葉が、状況を変化させていく、「婚約」がそうかもしれない。「結婚」の是非についての言葉がそうかもしれない。かすかに口の端から漏れてくる一語が、一発の銃声のように、突然伸ばされる右手の握り拳のように、表面的には平穏に見える関係に確実に亀裂を入れていく現場に、ぼくらは作品の間、つきあっていくことになります。人間のアクションばかりが「活劇」を生んでいくわけではありません。意味を持った一語が、たとえそれが発せられた瞬間に担っている意味作用とは異なっているにせよ、ある状況を別の何かに変化させてしまうのです。そして、最初は想像することさえなかった変化が、登場人物たちのつくっている状況の中に生じることになります。好きだ、という一語は、たとえ好きではなくても、それを発した相手には絶対に伝わる。そういうことです。ある女性と関係があったと発語することは、実際に関係があったにせよなかったにせよ、その場にいる人々に信じがたい影響を及ぼさずにはいない。言葉は何かを説明するために発せられるのではなく、それまでの安定を革命的に変化させて、耐え難いような不安定さの中に人々を落とし込んでいくことになる。映画において──実生活においてもそうでしょうが──一語の持つ重みとはそうしたものでしょう。そして、このフィルムにあっては、そんな一語が何度も何度も、まるで波のように繰り返し発せられ続けるのです。言葉が、ホークスの『暗黒街の顔役』(32)の弾丸のように夥しく発せられ続けるのです。それによってぼくらは異常なまでの緊張感に包まれることになります。

共に生きる時間の重さ

 ぼくらは『PASSION』によって「日本映画」にはほとんど存在しなかったそうした言葉が形成する磁場の中に投げ込まれることになります。緊張感に包まれると書きましたが、テンションの高いこうした時間に取り囲まれるのは、本当に貴重な体験だと言うほかありません。あえてランドマークを映し込まないように撮影された映像が示す、このフィルムの空間は、さして重要なものを示していないでしょう。あえてそれを「任意の空間」、つまりどこでもあり得てどこでもない、あるいは、どこでもよいのだが、ここでしかない空間と呼んでみたい気がしますが、そうした空間の中で発せられる言葉がつくる関係性によって、ぼくらは、トーキー映画の持つ大きな可能性のひとつである言葉の磁場に放り込まれてしまうのです。
 しかし、そうした空間と時間を形成しているこのフィルムにあって、ぼくには少々不満が残る要素があります。気を悪くせず聞いてください。確かに『PASSION』に登場する俳優たちは健闘しています。演技を超えた時間にぼくらは包み込まれています。だが、まだ十分ではないように思えます。十分ではないと思えてしまうのは、このフィルムを見ながら、ぼくらがアルノー・デプレシャンのフィルムやカサヴェテスのフィルムを想起してしまうからでしょう。彼らのフィルムは、たとえばマチュー・アマルリックやエマニュエル・ドゥヴォスという固有名、あるいはピーター・フォーク、ベン・ギャザラ、ジーナ・ローランズという俳優たちと共に思い出せるはずです。『PASSION』に出演する俳優たちが健闘していることは繰り返し書きたいのですが、アルノー・デプレシャンやカサヴェテスのフィルムでの俳優たちに比べると、まだ共に生きる時間が短いと思えてしまいます。もちろん、撮影に要する金銭の問題、あるいはその金銭を背景にする撮影期間の問題、それらにおいて、デプレシャンのフィルムやカサヴェテスのフィルムと『PASSION』を比べられるわけがない、とおっしゃるのもわかります。濱口さんのフィルムは、東京藝術大学大学院映像研究科の卒業制作であって、デプレシャンやカサヴェテスの作品とは出発点において異なるのです。ぼくもそんなことはわかっています。驚くほど少ない資金と信じがたいくらいに短い撮影期間の中で多くのボランティアに支えられての映画作りという背景を考えれば、このフィルムは満点の出来です。何も言うことはない。しかし、だからこそ、無い物ねだりをさせてください。映画作りを共にする俳優たちと生きる時間の途方もない長さが、フィルムの中で生きる登場人物に厚みを与えることはご存じだと思います。単に卒業制作の作品として評価する教師の眼差しからではなく、この作品が内包する大きな可能性を評価する者として書かせてもらいました。それにデプレシャンの処女作『二十歳の死』(91)に比べれば、『PASSION』の充実度は際立っています。つまり濱口さんにとってこのフィルムがスタートラインであるとすれば、ぼくが書いた俳優たちと生きる長い時間というのは、まさに将来に関わることですね。

 書きたい放題のことを記してしまったような気がします。深夜に書く手紙というのはだいたいにおいて心情をぶつけるだけに終わってしまい、結局、大したことが言えないものだという事実は、濱口さんよりもかなり年長のぼくは、経験的に知っています。直接お話したこともあるのですが、あまり長い時間ではなかったので言い足りない部分があったと思います。最後に書いておきたいのは、このフィルムを見ながら、ぼくが生きてきた時間について考えてしまったということです。単純に言えば、身につまされたということです。そして、ぼくよりも若い人が、これだけ客観的に人と人との関係を描けるのだという事実を前にして、さっぱり成熟しない自らの至らなさについて深く想いを巡らしました。  長文、しかも乱筆乱文、お許しください。そして、再び驚くようなフィルムを見せてください。

2008年9月5日発行「Nobody issue28」所収、P76-79

梅本洋一(うめもと・よういち)

1953年、横浜市生まれ。映画批評家。パリ第8大学大学院映画演劇研究所博士課程修了(映画論、フランス演劇史専攻)。映画雑誌「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」代表(1991-2001)。横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院院長・教授(2011-2013)。著書に『映画は判ってくれない』(1984、フィルムアート社)、『映画はわれらのもの』(1987、青土社)、『映画をつなぎとめるために』(1990、勁草書房)、『サッシャ・ギトリ―都市、演劇、映画』(1990、勁草書房)、『映画が生まれる瞬間―シネマをめぐる12人へのインタヴュー』(1998、勁草書房)、『映画旅日記 パリー東京』(2006、青土社)、『建築を読む―アーバン・ランドスケープTokyo‐Yokohama』(2006、青土社)など多数。訳書にハワード・ホークス/ジョゼフ・マクブライド『監督ハワード・ホークス「映画」を語る』(1989、青土社)、ジャン・ドゥーシェ他『パリ、シネマ―リュミエールからヌーヴェルヴァーグにいたる映画と都市のイストワール』(1989、フィルムアート社)、セルジュ・ダネー『不屈の精神』(1996、フィルムアート社)、パスカル・ボニゼール『歪形するフレーム―絵画と映画の比較考察』(1999、勁草書房)など。2013年、逝去。

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