ノンアルDIVAの肖像

井戸沼紀美

 ゆっきゅんと初めて出会ったのは下高井戸シネマのロビーでした。自販機の前で「ゆっきゅんさんですか……?」と声をかけると、「今、飲み物を飲むので少し待っていてください♡」と律儀に一言はさんでからミニサイズのペットボトル(アセロラドリンク的なもの)を6割くらい飲んで「そうです😌」と答えてくれたのです。

 その日のうちにLINEを交換してくれた歌姫は、京都・誠光社でのミア・ハンセン=ラブ『すベてが許される』上映にサプライズで現れて「なんでいるの!?」と言ったら「その喜ぶ顔がみたくて😌」と答えてくれたり、映画を観終えた後「今年はいっぱい花畑に行きたい」と伝えてくれたり、『・ふ・た・り・ぼ・っ・ち・』のDVDを貸したらそのお礼に『・ふ・た・り・ぼ・っ・ち・』のパンフレットを付けてくれたり……誰にも似ていない方法で心にラインストーンを貼り付けてくれました。インスタのキャプションでミア・ハンセン=ラブを「ミアハン」と略していたりだとか、そういう細部に至るまで私には思いつかない発想に溢れていて、楽しくて眩しく感じます。

 2ndアルバム『生まれ変わらないあなたを』は、今すぐタワーレコードの店員になって「おすすめ曲:①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩……」とポップを書き殴りたくなるような、中学生のときに出会っていたら間違いなく歌詞を写経していたような、粒揃いも良いところの完全体みたいな一枚。映画を観ていて、台詞や物語よりも細かな仕草やふとした情景にこそ登場人物たちの心が宿っているように思えることがありますが(*1)、ゆっきゅんはきっとその読み取りを生活の中でもやっていて、だから目の前のあなたが生きてきた無数の物語を拾い上げることができるのではないかと思います。磨き抜かれた洞察力と並外れた言語化能力、そしてDIVAをDIVAたらしめる表現力が一挙に押し寄せてきたとき、私は毎回飽きずに「ゆっきゅんは出会う前からずっと私を見てくれていたのではないか……いや、絶対に見てくれていた」という感情を抱くのです。

*1 『アル中女の肖像』について話していたときゆっきゅんは「手押し車が転倒したとき、荷物を拾って入れてあげるアル中女の手首の動きのダルさ」に好意的な文脈で言及しており、その視線の網目の細かさに感動したのでした

 メロティーより先に歌詞ができた数曲のうちの一つなのだという“幼なじみになりそう!”の中に「どんなふうに優しく生きてきたか全部伝わってくるの」という1行があって、最初の数回はそこでいつも涙を堪えられなくなっていました。この曲に出てくる主人公は「ねえねえ、洗顔貸して」「パジャマも貸して」と友達に頼むことのできる人懐っこいキャラクターですが、それを聴きながら私は反対に、今よりずっと友達の家に泊まるのが苦手だった上京したての頃を思い出して、ゆっきゅんにはそんな自分すら見透かされているのではないかと思うのです。身体じゅうの結び目がほどけそうなほど優しい“シャトルバス”を聴けば、学生時代、YUKIの“WAGON”を聴きながら早退したあの時間、あの何もないコンクリートの道が脳裏に浮かんできます。

 アルバムを聴きながら蘇るのは実際に経験したことだけではありません。“いつでも会えるよ”に出てくる主人公、プロジェクターもウォーターサーバーも要らないのに何故か持っていて、きっと部屋で一人アレクサに話しかけている、側から見たら要領の良さそうな大通り沿い住まいの「僕」のことも、なぜか身近に感じます。6月、ハーモニー・コリンのDJイベントから帰ってきた朝4時、みんなが寝静まったあとにこの曲の歌詞をしたためていたゆっきゅんから連絡がありました。空虚で薄っぺらくいつ壊れてもおかしくないような世界でパリンと割れそうになりながら、孤独や優しさをギリギリで守っているたった一人。都会になんて全く執着がないはずなのに、なぜかこの騒がしい場所に佇んでいる美しい魂を、今、ゆっきゅんとハーモニー・コリンだけが本気で見つめようとしているのではないかと感じました。

 日々をせわしなく生きていると、見知らぬ誰かに簡単にイラついてしまったり、自分の感情を切り捨てないと前に進めないような錯覚に陥ったりします。でもこのアルバムは、私たちにかけられたそんな呪いを一つひとつ解こうとしてくれる。目の前にいる人の物語を読みとって、自分の心に遅刻しても後からちゃんと追いついて、忘れるまでは覚えていたいと口にして。ああ、主体性。しかもシンデレラ。ふだん全く完璧でいられないからこそ、サプリを飲むみたいに『生まれ変わらないあなたを』を聴き返します。

 他にも“lucky cat”の「君の歌が終わるまでに僕の恋に気づいてくれない?」って『きみの鳥はうたえる』の静雄(染谷将太)じゃん……とか、金子由里奈さんや阿部はりかさんによるMVの寸分違わぬ手つきが最高とか、「愚かでもバカじゃない/軽率でも軽薄じゃない」ってタトゥーにして彫りたいとか、このアルバムを好きな理由は100個以上正座してもっと言えるのですが、それはまた特設サイトの掲示板にでも……。

 ゆっきゅんがこれからも飲み物を飲み続けられますように。

ゆっきゅんと遊んだ日の発言メモ

「チェキは動画だから」と言ってくるくる一緒に回ってくれたゆっきゅん。仕事終わりで観たライブと、チェキ待ちの列で聴いた加藤ミリヤの“ディアロンリーガール”、染みた……

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