『マリーとジュリアンの物語』ジャック・リヴェット
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緑がまぶしい公園の木陰、一人の男(イエジー・ラジヴィオヴィッチ)がベンチに寄りかかり上を向いてまどろんでいる。目を開けて視線を下げ正面を見遣ると、白いスーツを纏った女性(エマニュエル・ベアール)がふと通り過ぎる。「マリー」と呼びかければ、彼女は「ジュリアン」と答えて振り返る。かくて、二人は再開を果たすのだけれども、続くショットでにおいてブラッセリーで目覚めるジュリアンを見るに及んで、わたしたちはそれが夢であったことを知らされるだろう。そして、店を出た彼が通りを横切ろうとすると、今度こそ現実において、マリーとすれ違う。「ジュリアン」と呼び止められた彼は、マリーに「今君の夢を見ていた」と伝える。
かくて、ジュリアンの夢によって幕を切って落とされたフィルムは、「ジュリアン」、「ジュリアンとマリー」、「マリーとジュリアン」、「マリー」という四つの章を追って展開され、マリー自身へと至る軌跡を描き出す。彼女はシモンとの間での、互いの美しさの虜となって愛憎の円環に囚われてしまう狂気の愛の果てに、すでに半年ばかり前に首吊り自殺を遂げた死者である。その彼女が、シモン以前に付き合いのあったと思しきジュリアンという中年の男のもとへ現われたのだ。彼女が彼の元へ戻ってきたのは、彼が夢の中でマリーを呼び止めたから。マリーは、ジュリアンの夢想に囚われるように回帰する。ジュリアンの家で暮らし始めたマリーは再び囚われの恋を演じる羽目になるのだろうか。彼女に与えられた選択肢は二つ、かつて自殺をした部屋を屋根裏に再現して再び首を吊り自殺するか、それとも両手を自らの顔の前で交差させる身振りによってジュリアンの中から自分の存在そのものを抹消するか。かつて自分を捕らえていた姉の元へと帰還したアドリエンヌの方には和解という解決もあるが、ジュリアンのもとへ戻ってきてしまったマリーには二つの選択肢しかない。彼女はその二つの解決ならぬ解決策を最初から知っているわかではなく、夢や謎の啓示から少しずつ理解してゆき、悲劇的な選択を迫られるに至る。
このフィルムには、生々しいと同時にこの上なく幻想的で美しくもあり、それぞれ独創的な愛戯のシーンが五つある。それは、互いの肉体を直に触れ合わせるからこそ、二人の関係をまた直接に表現する。最初のそれはマリーの家で、彼女に覆いかぶさるジュリアンと、彼から見られたマリーの顔という2ショットからなる短いもので、動作も喘ぐ声も極力抑制され、ジュリアンの幻想かとさえ思わせる。事実、目覚めるとマリーは姿を消している。二つ目のそれはジュリアンの家に来た最初の晩のこと、洗面所で両腕と顔、首に水を浴びて濡れた彼女が、ジュリアンの手を取ってベッドへと導いて、彼に乗りかかりマリーの主導で行われる。ちょろちょろと流れる水の音がどこからか聞こえはすれ、これまたとても静かに快楽の叫びを押さえた静かなものだ。三つ目と四つ目では、森の中で迷子になった少女の話、男と闘う少女の話を囁きあう二人の声が、快楽へと導く。三つ目は優しく囁きあいながらそっと互いを愛撫しあうが、四つ目は獣のように激しく互いをまさぐりあう二人がクローズ・アップで捉えられる強烈なものである。互いの存在に囚われつつも言葉ばかりは二人の間の深淵を表すかのようだ。そして四つ目は、ジュリアンがマリーの自殺という事実を知ったその晩のこと。眠ると自殺の再現という第一の選択肢を達成するように命令する夢を見てしまうからと、「私を眠らせないで」と繰り返し叫ぶマリーと、ジュリアンが抱き合うのがシルエットになって美しく浮き上がる。けれども翌日、何としてもマリーと一緒にいるために自殺して自分も死者となろうとするジュリアンを止めるため、彼女は第二の選択肢を選び自らの存在を抹消する。いまや透明人間のごとき彼女はソファに座って彼の傍らに止まり続ける。カメラがゆっくりと彼女の顔によってゆくと、痛ましくも無力な彼女の呆けた眼からふと涙が零れ始める。頬をつたう涙はやがて手首の傷口へと達し、涙は血に変わる。それまで血の流れていなかった彼女にちょろちょろと血が流れ始めるのだ。翌朝、目覚めたジュリアンは全く見知らぬ人となったものの、しかし確かにそこに存在しているマリーを見出すだろう。カメラは見つめあう二人を対等に、至極単純な切り返しでとらえる。今ここから二人の日々が始まってゆくのだ。