佐々木明、ガンバ!
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週末の夜、新宿駅や上野駅にはスキー板を抱えた若者たちが列をなして、スキー場へ向かう夜行列車を待っていたのはもう30年以上も前のことか。スキー・ブームが去って、どこのスキー場でも日曜日にもリフト待ちがほとんどないと言う。トニー・ザイラー(もう誰も知らないか?)や加山雄三のスキー映画なんてもう見る人もいないだろう。僕ら年寄りは、そうした映画を見て、サンアントンやツェルマットという地名を覚えたものだ。ヨーロッパ・アルプスはきれいだった。
日本チームはアルペン・スキーにからっきし弱い。今までオリンピックでメダルを取ったのは1952年(僕が生まれる前のこと)のコルチナ・ダンペッツォでの猪谷千春の銀メダルだけ。実際にヨーロッパ・アルプスでスキーをしてみると、ダウンヒルやスーパーGはやはり日本人には無理だろうと思えてしまう。スキー場の規模が違うのだ。日本では八方尾根もニセコもけっこう大きいと思っていたけど、ヨーロッパのスキー場から帰って、八方尾根へ行ったら、ねこの額みたいに思えた。だから、ここで生まれた選手はチョコチョコ回るスラロームにしか名選手を輩出していない。
ワールドカップ・システムになってはじめて第1シード(トップ15)入りしたのは70年代末期の海和俊宏(81年の2月にアルベールヴィルの駅にすれ違ったことがあるぞ)、そして岡部哲也、それから木村公宣。彼らの中では岡部哲也──アルベルト・トンバと同時代の選手だよね──がもう一歩でポディウムの真ん中に立つところまで行った。(当時、僕も岡部と同じスキー板──トンバも同じの使ってたからね──を買ったものだよ。)
スラロームに久しぶりに才能が登場した。佐々木明だ。サンアントンのW杯スラローム第8戦をスカパーで見ていたら、Akira Sasakiのファンクラブがゴール前で幟を立てていたよ。これまでのスラローマーは海和や木村みたいに求道者のような奴が多かったが、佐々木明はまったくそれまでの選手とは異なる。「オレ、ハヤイゼ」「オレ、1番だぜ」と公言してはばからない。事実、ゴールまで来れば──つまりゴールまで立っていないことが多い──、2本目に出場資格のある30番以内に必ず入り、2本目に残れば必ず入賞している。それも多くの場合、2本目で順位を上げている。もちろん練習もたくさんしているだろうが、コースのインスペクションも大してせず──行くぞーって感じで滑るわけ(本人談)──、本能的に速いのだ。昨シーズンのヴェンゲンではなんとビムナンバー65番から一気に2位に滑り込んだ。スキー界でこんなことが起こってはいけない。徐々にシードを上げ、2~3シーズンでトップシードに入るのが普通だ。つまり佐々木明は、本当に、速い。今シーズンは怪我で出遅れていたが、先週のクラニスカ(スロヴェニア)では1年ぶりに4位。
佐々木の滑りの特徴は、カーヴィング・スキーの能力を十分に引き出す位置に常に乗れることだ。瞬間的にエッジを切り替え、常にスキー板のもっとも適切な位置に乗れる。これは練習してもなかなかできるものではない。才能であり、本能なのだろう。一度、佐々木の滑りを見てほしい。無駄のない実に合理的な位置でスキーに乗り、その位置に乗れることで、スキー板がグングン前に走っていくのが見える。