『とんがって本気』加賀まりこ
[ book , book ]
文京区小日向に川口アパートという築40年を超えるモダンな集合住宅がある。60年代そのアパートには、加賀まりこをはじめとして多くの芸能人が住んでいた。加賀まりこの自伝であるこの本で、「当時、川口アパートに住んでいて」などと記されると、「当時」のことを知らない私は、川口アパートって何だろうと考え込んでしまうのだ。
この本には、私たち一般人から見ると、信じられないような高度経済成長期の芸能人の生活がある。有り金を全部もって、パリに行って、そこでゴダールやトリュフォーと知り合って、トリュフォーのアパートには何度も呼ばれて、そこでトリュフォーはフランソワーズ・ドルレアックと一緒に暮らしていた、などと書かれると、加賀さんの交遊ぶりに、ほんとうに驚いて嫉妬してしまう。こんなことは山田宏一も書いていないではないか! ゴダールやトリュフォーと交友関係を結んだことに嫉妬しているのではない。加賀さんにとって、それが単に自然なことであることに嫉妬してしまうのだ。まだ外貨持ち出し制限があった時代に、当時のお金で600万円の毛皮を買い、才能あふれる映画作家たちと交遊し、意地悪されたかもしれないけれど、一生懸命に生きている若くて溌剌としてして、すごく魅力的な女性がこの本の中で躍動している。
東京に帰ってきてからは、劇団四季で『オンディーヌ』の主演をし、それから新宿文化の地下にあった蠍座という小劇場でロマン・ワインガルテンの『夏』に主演した。アイドル女優が舞台女優に、そして本当の女優になっていく有様がとても素直に記述されている。そして私は、加賀さんがパリに行く以前のフィルムは、ずっと後になって文芸地下で見たが、上記の2本の舞台を見ている。こんなに可愛くて素敵な女性が本当にこの世にいるんだと思ったのを覚えている。
そして今、この本を書いている加賀さんもとても素敵だと思う。ちょっとシャイだけれども、思ったことを間髪入れずに実行する加賀さんに感動する。
この本の中の加賀さんが住んでいた川口アパートはどうなっているだろう? 検索ソフトを立ち上げ、「川口アパート」と入力すると、次のような文章に行き当たった。
「築35年経った今でも、頑健にしてモダンな外観。この建物は直木賞作家の川口松太郎が創設したもの。すぐ近くには永井荷風生誕の記念碑もある文豪ゆかりの閑静な住宅地に建つ。広々としたスペースに緑生い茂る庭園。室内の柱にもタイルを使用したモダンな内装。車寄せもある広々したエントランス。新築当時、この住居がどれだけ斬新で贅沢だったかがうかがえる。きちんとつくったクオリティーの高い建物は、年月を経るごとに味わい深さを増すのだ」。