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September 18, 2004

『日本脱出』吉田喜重

[ cinema , cinema ]

東京オリンピックが間近に迫った60年代初頭、若い男女が憧れたのは広い「アメリカ」だった。ジャズを生み、ブルースを生んだアメリカ。コカ・コーラを生んだアメリカ。そして何より、エルビスやシナトラを生んだアメリカ。『日本脱出』の竜夫もジャズのヴォーカリストになるためアメリカで修練を積みたいと思っている。新幹線など狭い日本には過ぎた贅沢だと言ったかどうか知らないが、竜夫は目下開催されようとする東京オリンピックにも無頓着だ。彼の目先にはアメリカ以外ない。
しかし、竜夫はジャズドラマーの「兄貴」とその仲間に無理矢理トルコ風呂強盗に誘われ、追われる身となってしまう。追われる竜夫は次第に精神を病み、発狂し、震えながら拳銃を握り締める。狭い日本を出たいと願っていた竜夫は、アメリカどころか、もっと狭い場所へと追いやられてしまった。トルコ風呂の個室、競輪場の地下、米軍基地近くの友人宅、冷凍トレーラーの荷台、山小屋、そして最後にはクレーンに吊り上げられる網の中というように、彼の行く末は次第に「狭い」ところになっていく。ジャズのビートに同調するように発狂する竜夫の恐怖とは、別に警察に追われることからくるものではない。「閉所恐怖症」からくる恐怖なのだ。日本という閉所、そこに留まらざるをえない竜夫の身体の震えは、当時の若い男女の鬱屈を表出しているのかもしれない。彼らが憧れた「アメリカ」とは、それほど広かったのだ。

小峰健二

特集上映「吉田喜重 変貌の倫理」ポレポレ東中野にて(〜10/1)