『モデル』フレデリック・ワイズマン
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モデルはどのようなことばを発するのだろうか。当然のことながら、雑誌やポスターなどの写真から、彼ら/彼女らの声が聞こえてくることはない。このフィルムを見ると、撮影現場においても、モデルたちの声はあまり聞こえてこない。聞こえてくるのは、専らカメラマンや監督たちの声ばかりである。彼らは、モデルの取るポーズに対し、Thatユs it! Beautiful! などと褒めたり、ポーズや表情について指示を送ったりする。モデルは、褒められながら表情をさらに決め込んだり、指示に従ってポーズを変えたりする。レンズを向けられたモデルからは、返事をすることはない。こうした状況は、そもそもモデルになる以前からのもののようだ。写真を持参して自分を売り込みに来る男女に対し、事務所のアシスタントは、せわしなく写真を捲りながらコメントする。ある女性に対しては、君の身長ではモデルの仕事は難しいとはっきり述べもする。その他の場合、どうすればもっと良くなるかをアドバイスしたり、写真を一晩預からせて欲しいと述べたりし、モデル志願者たちはそうしたことばに頷きながら耳を傾ける。もちろん、モデルたちやモデル志願者たちがことばを口にしないというわけではないが、彼ら/彼女らによって口にされることばは、彼ら/彼女らに向けて口にされることばに比べると、圧倒的に少ない。
このゾリ・マネージメント社はニューヨークの一隅に位置し、モデルの撮影は、ビルの一室やスタジオや街路で行われている。その同じニューヨークの別のある場所では、ホームレスの男性が歩行者に声を掛けるが無視して通り過ごされ、黒人たちの集団はプラカードを持って叫びながら行進する。
ファッションショーの楽屋からも、モデルたちの声はほとんど聞こえてこない。楽屋で彼女たちはメイクをしたり、マッサージを受けたりしているが、ほとんどことばを口にすることなくこれらの動作は行われる。メイク係らしき男性が女装し、彼を取り巻いてはしゃぐモデルたちの姿が映し出されるが、聞こえてくるのは笑い声ばかりであり、意味を持ったことばが口にされるわけではない。ショーが始まり、彼女たちは、衣装を着て観客の間を歩く。笑顔を浮かべてはいるものの、彼女たちは声を発するわけではない。
しかし、カメラは、ことばを口にせずともモデルたちの姿が雄弁に何かを物語っている様を確実に捉えている。楽屋ではしゃぐ彼女たちの姿、そして、衣装を身に着け、微笑みを浮かべながら観客の間を歩く彼女たちの姿は、雄弁である。このとき、フィルムを見る者は、彼女たちに向けて口にされることばに対し、肯定性を発する彼女たちの姿が圧倒的な優位に立っていることを認めることとなる。
事務所のトップであるゾリが、インタビューの取材を受けているシーンがある。その中で、「モデルたちの給料が高すぎるのでは?」との質問に対し、彼は、「モデルとして活躍できる期間は短いのです」と答え、さらに「その間にモデルたちは生涯賃金を稼ぐのです」と続ける。モデルという職業を終えたあと、彼ら/彼女らは、どのようなことばを発するだろうか。