ヴォルフガング・ティルマンス:Freischwimmer展
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入り口でチケットを手渡すと、「剥き出しの作品が多いですので、決して手を触れないでください」と係の女性に注意を受ける。言葉の通り、壁一面に貼られた写真のほとんどが、額にも入れられず無造作にピンやクリップで止められている。剥き出しの写真の光沢が、会場のライトに反射し、思わず目を細めてしまう。入り口からすぐのギャラリー1スペースではまだ整然と並べられていた写真が、次のギャラリー2スペースでは、無作為に散りばめたかのように雑然と写真が釣り下げられている。
一番目を引いたのは、壁の真ん中あたりに貼られた『裏から見たボール』という作品で、まさに二本の太腿とその間に挟まれたペニスを真後ろから撮影したものだ。わかりやすいと言えばわかりやすいのだが、三本の肌色の棒が並んでいる様子が、何かまるで別の物体のように思えてまじまじと見入ってしまった。見慣れているはずのものがとんでもなく異様なものに見えてしまう、そんな写真を他にも何枚か発見した。靴下が廊下に散らばっている写真や、杭のようなものに布を被せただけの被写体などがそれだ。これらの写真の前に立ったとき、どうしようもなく居心地の悪い思いをさせられる。
「即物的」だとか「リアル」という言葉を軽々しく使うのがためらわれる。この見覚えのあるはずの被写体が、それらによく似た別な何かとこっそり入れ替わっているのではないか、自分の目は欺かれているのではないかと不安にさせられるのだ。どんなに疑ってみても、ペニスはペニスでしかないし、靴下も靴下でしかないだろう。それならば、どうしてもこうも不安にさせられるのか。
三本の棒と真直ぐに向かい合うカメラの視線が、身体の表からではなく裏から用いられていることに、私が感じた不安の原因がある。どう考えても、私は普通の状態のペニスを裏から見たことなんてない。見えるはずのない/通常見ることのない場所から対象を捉えると、そこに写されたものは「リアル」から少しだけ離れていってしまう。『裏から見たボール』を見た後では、真正面から撮られた果物や人の姿さえ、そんな遠さの中にあるように見えた。