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January 25, 2005

「The Archigram Cities」TNプローブ・サロン

[ architecture , cinema ]

1月24日、先週末から水戸芸術館現代美術センターで開催されている「アーキグラムの実験建築1961-1974」という展示の連動企画として、「The Archigram Cities」と題されたアーキグラムのメンバーによる講演会が品川インターシティの大林組のホールで行われた。
当初参加予定だったピーター・クックは、次の仕事のためにすでに日本を発ったとのことで、デニス・クロンプトン、デヴィッド・グリーン、マイケル・ウェブの3人が壇上に登った。
冒頭デニス・クロンプトンが、アーキグラムという組織の活動期間が61年から74年の約15年間であることに触れて、「15年間の活動を再考するということだが、実質総労働年数は15×6で90年なわけで、それをこんな短い時間でやるのは大変だ」と会場を沸かす。しかしそれはあながち冗談ではなく、「アーキグラムには、ドローイングのスタイルはあったが建築のスタイルはなかった。なにかひとつの物事のやり方があったのではなく、その考え方がアーキグラムという活動だった」との彼の言葉通り、3人が(ピーター・クックが残したプレゼンビデオを含めれば4人が)それぞれにまったく異なったやり方でプレゼンテーションを行っていく。
後ほど自分で語っていたように、クロンプトンは「この中では一番普通なやり方で」プレゼンを行う。といっても、退屈からはほど遠い。彼の生まれ育った当時のブラックプールの映像を見せ、それを東京の昼と夜との人口を比較したグラフに重ねることによって、人口の変動のダイナミズムから都市を考察する視点を提起する。また、すでに他界したメンバーであるロン・ヘロンの記念碑的な作品である「Walking City」に触れ、それは都市の代替物なのではなく、都市そのものであったのだと語る。その例証として昨年話題になったMicrosoft社とアメリカ合衆国との裁判に触れ、「Microsoft社はすでに都市なのであり、もしその全体が北にわずか50km移動できるとすれば、その論争の問題そのものが解消される」と述べる。
「彼はいまちょうど飛行機に乗り込むところだろうが、」とクロンプトンはMacキーをたたく。「ピーター・クックのエイリアスがここにもある」。そのビデオの中でクックは、植物が都市に「侵入」するという刺激的な視点から考察を行う。アクシデントでとぎれとぎれの音声の中、『The City, Seen as a Garden of Ideas』という昨年発売された彼の書物に通ずるという、「ガーデニング」の隠喩による都市の変革のヴィジョンが示される。
一転して、デヴィッド・グリーンは「僕はもはや都市というものはないというスタンスを取っている」と、Invisible University 見えない大学のための「広告」を見せる。「これは極めて60年代調のプロジェクトだ」、と彼が見せる映像は田舎の河でひとりの男がテレビを見ながら釣りをしている写真である。現在、建築物によって大きく左右されそれに依存する形の教育を、テレビや通信機器を用いて解体する試みである。バトラー大学の広告——教育施設としていかに素晴らしいかではなく、披露宴にうってつけのスペースだと書いてある——を見せたり、「CSN&Yの「You go back to the garden」みたいな感じだよ」(と言っていたように思うのだが、スティーヴン・スティルスの「Go back home」と「Johnnyユs garden」がごっちゃになっているのか?)と言ってみたり、イエスのメンバーが草原の小屋の脇で演奏している「Yes in the garden」と記された写真を見せて「これが見えない大学のオリジナルだ」と言ってみせたり、アーキグラムが既に博物館入りした出来事ではなくいまだ現役なんだということを示してくれる。
マイケル・ウェブもいきなりSolar pass diagramなる太陽の運行を示したダイヤグラムを見せ、会場も「いったいこの人はなんの話をしているんだ」という感じになる。しかしそれもやがて、太陽が作り出す木陰を一日中家に当てるためにどうしたらいいかという話になり、そのための住宅とはどのようなものかという話に転じていく。気温や外敵の有無などの条件が、最適な状態にあれば住宅は必要ではなく、その都度状況によって必要最低限のフィルターとなるような住宅を彼は提案する。彼はまた自動車のナビゲーションシステムにも魅せられていたようであり、この会場に来る途中に見た、常に現在地点は不動のまま周りの地形が移動し角度を変える表示方式(これは日本特有のものなのだろうか?)についても語っていた。彼の作品もまた、図と地がかみ合わない場合に、図を操作して解決するのではなく、そこで地の方を回転させたり反転させたりしてみたらどうだろうというような、発想の転換に深く関わっていた。

小休止を挟みラウンドテーブルという形で、話は続く。水戸での展示について聞かれた、この展示のキュレーターでもあるクロンプトンは、「teaching」ということを考えたのだと答えた。それはもちろん一方通行の「教育」を指すのではなく、「学ぶ」ということなしに「教える」ことは存在しないのだということだ。前半で「Instant Cityは物事が起こるのを促す装置なんだ」と言っていた彼の思想がそんなところにも見える。ついでグリーンも同じ質問に答え、良くできた展示だと言ったうえで、「しかし、どのような形であれ博物館で展示されるというのはひとつの死であって、凍結だ」とも述べる。ウェブもそれを受けて、こういう展示っていうのは展示してある作品の悪いところとか気に入らないところばかり目について会期が終わる前に全部片づけてしまいたくなると言い、そのうえでこう述べる。「この展示の仕方にはひとついい点がある。それは当時の精神を再現していることだ。ひどく目移りがする感覚、僕らはドローイングを書いてる最中にもいろんなものに目移りしていた——次はこれ、あれもいい、という風に。それが当時の精神だった」。
モデレーターである今村創平が、リチャード・ハミルトンの実に60年代的なコラージュとアーキグラムのコラージュを見せ、そこに現在の渋谷センター街の写真をモンタージュし、あなた方がイメージしたものが現実になってしまったのではないかと問う。それに対するグリーンの答えが刺激的だった。「我々が考えるべきなのはむしろ、いまリチャード・ハミルトンがあのコラージュをやり直したら、あそこに何をあてはめるのかということではないですか?」
やり方やその結果のスタイルではなく、思考するスタイルがアーキグラムだったとは、冒頭のクランプトンの言葉であるけれども、まさに彼らはそれをいまだに実践している。ウェブはこう言う。「何かがあがめられていたらそれを疑ってかかれ、という教訓がありますが……、最近なんだかあがめられてる気がします(笑)。ということで、僕がアーキグラムを疑ってかかるとしたら、アーキグラムの作品の中でも極めて美しいロンのMoving Cityをたたきます。そのくらい徹底的にやらなければならない」。
長くなってしまったが最後にクランプトンの感動的な言葉を。「昨年セドリック・プライスが亡くなりましたが、彼の真似をしてはならない。真似をするのではなく、彼の頭の中に入って自分が彼ならばどうするか考えてみてほしい。そうすれば、彼や私たちが行ったすべてのことを、あなたは変えられるかもしれない」。アーキグラムという思考の方法の可能性を、われわれはどれだけ汲み尽くすことができるだろうか。

2時間半くらいの講演の後、私に残ったのは建築家の話を聞いたという感覚ではなく、大学教授の授業を聞いたという感覚でもなく、もっと異質な興奮だった。たとえるならば、長い歴史と現在の高いテンションを共存させているバンド——それはグリーンの話にでてきたCSN&Yよりはむしろ、ニール・ヤング&クレイジーホースのような——が目の前にいた、というような熱狂に近い。本当におもしろかった。

結城秀勇