追悼・岡本喜八
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岡本喜八の訃報を聞いて岡本喜八のことをしばらく考えていた。岡本喜八の代表作とは何なのだろうか。僕が一番好きな岡本喜八の映画は何なのだろうか。軍隊の落ちこぼれたちが活躍する一連の戦争映画、『独立愚連隊』(59)、『どぶ鼠作戦』(62)、若い楽器隊が前線の通信基地を守ろうとする『血と砂』(65)だろうか。それとも三船敏郎が組織を壊そうと暗躍する『暗黒街の顔役』(59)だろうか。または、『大菩薩峠』(66)、『斬る』(68)といった時代劇だろうか。岡本喜八はいろんなジャンルの映画を撮ってきているが、いつも主人公が枠の中にとどまろうとはせず、佐藤允や三船敏郎、仲代達也ら登場人物たちがお互いに化かしあいをするような映画だった。いつも機関銃や刀による戦いのシーンに負けないくらい人が生き生きとしている映画だった。だからか、最初の30分くらいはどういう話なのかよくわからなくて、いつ映画が終わるのかもわからない。やはり岡本喜八の映画は枠の中にきれいにおさまるような映画ではなかった、と言ってもいいのではないだろうか。
僕が最初に見た岡本喜八の映画が何なのかは思い出せないけれど、初めて映画の中で岡本喜八を見たのは何だったかははっきりと覚えている。それは森崎東監督『黒木太郎の愛と冒険』(77)で、そのなかで岡本喜八は床屋の主人を演じていた。岡本喜八は訪ねてきた田中邦衛の首に剃刀をあてていて、田中邦衛の顔に蚤が落ちてくる。岡本喜八は話すことができない役で、その蚤が二階で緑魔子が飼っている十何匹かの猫の蚤が落ちてくるのだと説明するために、右手を招き猫のようにし、その手をぺろりと舐めるのだった。出演していたのはほんの数分だったはずで、台詞はもちろんなく、あとはちゃんちゃんこの上からしきりに身体を掻いていただけで、それが映画の中で特に重要なシーンというわけでもなかったのだけど、僕にはその岡本喜八がとても印象に残っている。
彼が監督した60本近い映画と何本かの出演作品、それが岡本喜八のすべてではないのはわかっている。しかし、僕は岡本喜八に会ったことはなく、もうこれから会うこともできない。だから岡本喜八について考えることができたのはすべて映画のことだった。