『アルフィー』チャールズ・シャイア月永理絵
[ cinema , sports ]
67年にマイケル・ケイン主演でつくられた『アルフィー』が、舞台をロンドンからNYに移し、ジュード・ロウ主演にてリメイクされた。
『アルフィー』は少女マンガ的世界を徹底的に肯定する。恋愛は情熱よりも安らぎが大切なのであり、一度失ったものは二度と戻ることはない。プレイボーイは幸せをつかめない。幸せは常に家庭の中にある。一番大切なものはなんでも話せる親友。そんなメッセージのみで成り立っている映画である。物語が進むうち、倫理性という言葉が浮かんでくる。恋愛、結婚、友情、そういった物事に関する倫理性が、何の疑いもなく信じられている世界。60年代風のファッションを現代風に着こなし、ポップな映像や音楽をつかってはいても、この映画はとても古風でまっとうな映画だ。
NYを舞台にしているが、街の風景は印象に残っていない。室内劇、という印象の方が強い。バイクやリムジンが道を走っていく映像が映画のほぼ半分を埋めているのだが、ジュード・ロウが女を口説くのはいつも室内だからなのか。もちろん、バイクで走りながら女たちを観察する、車の間を走るそのシーンはとてもすばらしいのだが、やはり決定的な出来事はいつも部屋の中で起こるのだ。どうやらこのドラマには一軒の家がどうしても必要であるらしい。女たちをすべて失ったジュード・ロウが、夜の橋の上をとぼとぼと歩いていくラスト・シーンは、家を失った男、つまり家庭を得られなかった男の悲劇というドラマを忠実になぞっている。
それにしても、アメリカにおける家族の描かれ方に、どこかぞっとする思いがした。幸せも、悲劇も、すべては家庭へと導かれる。リメイクとは言え、ここまで封建的な映画がなぜ今つくられたのだろうか。この映画にもった興味はと言えば、その点にしかない。