« previous | メイン | next »

March 9, 2006

『究極の勝利──最強の組織とリーダーシップ論』清宮克幸
梅本洋一

[ book , book ]

kiyomiya.jpg 清宮克幸の5年間の早稲田ラグビーの総括の書物。本書を読むと、清宮が策士でもなんでもなく、単に素晴らしいコーチであることがよく分かる。彼は明瞭に育成型のコーチであって、ここ一番に「番狂わせ」を演出するコーチではない。だから彼は5年間ものあいだ、早稲田ラグビーの監督を務め、そして、最後にはトヨタを敗るという結果を出したのだ。毎年選手が代わる学生ラグビーの中でどのように常勝チームを作るのかという試行錯誤が本書にあるし、理詰めで合理的な指導によって、チームが強くなる姿が正確にリポートされている。その意味で、本書は「感動」からは程遠い書物だ。明朗な結果を目標として設定し、そのために選手を育成し、ゲームのためにスカウティングを行い、適材適所に選手を配置していく。清宮は極めて優れたコーチだ。
 フルタイムでサントリーから派遣されていることやアディダスと契約を結んだことや東伏見の土のグラウンドから下井草の芝のグラウンドに移りWASEDA CLUBを立ち上げたこと──それら既知のことをここで繰り返さない。それよりも、史上最強と言われた今年の早稲田が東芝に敗れたことで、今までの清宮方式の限界が垣間見えたことから敷衍して、本書の限界も見えてくるのではないか。つまり、理詰めの指導、明確な目標の設定などビジネスモデルを模倣してチームを組み立てていくことは、素材さえ揃えば、ある程度──つまり今年の早稲田程度──の実績を残せるだろう。つまりFWが弱ければ強化する。スクラムを押されるのなら、スクラムの強い選手を入れる等々。だが、もしワールドカップのベスト8を目標にするなら、それだけでは足りない。清宮方式はチームの根幹を強くするには必要だが、それでは、どこをとっても力が上の東芝に勝つことはできない、ということだ。不可能を可能にするのではなく、もともと可能性を秘めた潜在能力を十全に引き出すことで、力をマックスに持っていくこと。それは優秀なコーチの条件ではあっても、絶対的に強い目の前の相手に勝つ方法ではない。
 東芝対早稲田のゲームで、早稲田のゲーム運びが真っ向勝負であって、それでは勝てないのだ、とゲーム後に書いた。なぜ曽我部にキックの指示をしなかったのか、と書いた。清宮に足りないのは──つまり本書に足りないのはその部分だ。ラグビーの基本的なスキルは上がるし、接点での攻防をイーヴンにまで高めることはできるが、頂点にはならない。もちろん、何度も書くけれども、選手たちは十二分に力を出した。でも完敗した。完敗の予想を勝ちに転換させる方法がこの書物にはない。「奇跡」は起きないのだ。だが、ぼくらスポーツファンはその「奇跡」だけを望んでゲームを見ている。「教育」──「育成」──には「奇跡」はないが、ゲームに奇跡があることはぼくらの経験が語っている。