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April 1, 2006

終焉への時間——『ラストデイズ』ガス・ヴァン・サント
舩橋 淳

[ architecture , cinema ]

 最初から死んでいる人間がいかに物理的な死を迎えるか、その決定的な結末までの時間を描くのがGus Van Santである。ジャームッシュの『Dead Man』もすでに死んでいる人間が身体的な死を迎える時間を描いた。ジョニー・デップのウィリアム・ブレイクは文字通り彼岸へと旅立っていった——ポエティックな世界へと。しかし、Van Santの場合、半死半生のミュージシャンがイマジナリーな領閾に浸りきった末に行き着くのは、無様な破綻であった。

 Kurt Cobain の謎に包まれた最後の4日間について、Van Santが独自解釈によりその世界を構築したそうだが、題材との距離の取り方に作家としてのセンスが顕れている。ニルヴァーナの過去については謎が多すぎるため、事実に忠実であることは不可能だが、フィクションであるなら忠実に再現する必要はない。結末がすでに存在している物語(=Cobainの死)を映画化するとき、分かりきった事実・過程を追うのは単純に言っておもしろくない。その代わり、自分なりの解釈により物語を抽象化し、そのフィクション性を際だたせる——つまり、主人公の名はKurt Cobain でなく、Blake(詩的でスピリチュアルな存在としてWilliam Blakeから取ったに違いない)であり、音楽もニルヴァーナのものはあからさまには使わない(ソニック・ユースが音楽コンサルタント!)。そして、事件を基に想像力を駆使して、伝説的ロッカーのエモーションとメンタリティーを描こうとしたのだ。つまり、フィクションとは精神性を描くものであり、物語・事実を伝えるものではないのだという作家的視座である。Van Santはこの点に置いて、天皇ヒロヒトの日常描写のみで終戦を描いて見せたソクーロフ(新作『The Sun』)と視界を共有している。

 前作『elephant』のように、時間はゆるやかに交錯し続ける。Velvet Underground“Venus in Furs”を聴いてトランスしている男が、主人公Blake とふたりで東京で出会った女の話をしている仲間を呼びにゆくシーン、最後(おそらくカリフォルニアでだろう)テレビからBlakeの死のニュースが流れる中、別の仲間が“We're fucked”と呟く場面など、ソフトなフラッシュフォワードが積み重ねられ、時制が緩やかに前後する。厭世的に山ごもりし、麻薬漬けになっているロックスターたちの朦朧とした時間感覚の表象とでも呼べるかもしれないが、まして重要なのは、この夢現(ゆめうつつ)の困惑ぶりがあくまで感覚的であることに注目したい。『elephant』がそうであったように、今作のフラッシュフォワードは、サスペンス的トリックというより、既視感または予知夢のようにぼんやりと姿を見せるに留まっており、押しつけがましい意味付けを回避し、感覚的イメージのみが上滑りしてゆく。交錯した時間の迷宮が、あの古屋敷の薄暗い光、脱色した古くさい調度品と相まって、ぼんやりと濁りきった沼のような印象を形作る。夜中、ひとりで森をさまようBlakeが聞いた水のノイズや、堂々巡りのように繰り返される彼の独り言など——何の脈絡もなく挿入される音声空間も、この一人称的な感性を押し広げている。

 気怠い時間が濃密である(まるでソクーロフに用いる形容だ)。イエローページのセールスマンとのすれ違い続ける対話、孤独にシリアルやマカロニ&チーズを作るのろさ、中腰のまま停止したように動かなくなる時間、カネをぶんどりにいこうぜと企てる仲間との会話(まったくかみ合わない)、ひとりでVelvet Undergroundを聞いたり、ギター演奏するトランス状態など、この空気の停滞ぶりは排他的で、自己破壊的な緊張に満ちている。意思疎通を欠いた仲間同士の、退廃的で70年代的な(そうアルトマンを見るようだった)荒唐無稽さがあった。思い切って徹底的に停滞した空気を描くこと、それが映画たり得るのだと確信したのがVan Santの才能だ。

 Van Santは、キアロスタミとハリウッドの間で映画を撮ることを心に決めたのだろう。ドキュメンタリーの光を追いながら、画面の連続が生む虚構性と進んで戯れてゆこうとする欲動が漲っている。その欲動を全編貫き通したからであろう、作品がある厳格さを湛えているのがおもしろい。ブレッソンのような規律に基づいた「正しい画面」による厳格さというよりも、ワイズマン作品を貫く重厚さにどこか似ている。ただ単にドキュメンタリー的だということではない。画面の連続が作り上げる時間(=編集による虚構)が、説話空間外で揺るぎなく流れているのではないかと思える重厚さである。

 『elephant』の流れるようなステディカム、『Last Days』の澱んだ固定画面、対照的なアプローチによって終焉への時間を描いてみせたGus Van Santは今、円熟期に突入した。

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