『吸血鬼ボボラカ』 マーク・ロブソン結城秀勇
[ DVD , cinema ]
『キャット・ピープル』をはじめとする優れた怪奇フィルムを製作し、若くしてこの世を去ったRKOのプロデューサー、ヴァル・リュートンの作品がDVD化されている。
マーク・ロブソン監督による『吸血鬼ボボラカ』は、バルカン戦争を背景としながらギリシャの孤島に閉じこめられた一団に忍び寄る恐怖を描く。ボリス・カーロフ演じる軍人をはじめとする、とある孤島に滞在中の人間たちは、突然勃発した伝染病のためにその島に一軒だけある宿に軟禁状態となる。その島にはボボラカという狼の魂に身体を乗っ取られた人間の伝説があり、どうも宿の二階に部屋を取っている婦人とそのお付きの若い女性が怪しいようだと、女中は語る……。というのが表立ったストーリーだが、このフィルムにおける大半の部分で人々に恐怖を与え続けるのはあくまでもそんないるのだかいないのだかわからない悪霊だかなんだかではなく、同じ屋根の下にいる人間たちの命を次々と奪っていく伝染病なのだ。
悪霊の存在は、伝染病への対抗手段のひとつとして構想される。ボリス・カーロフと彼の同僚である軍医が推奨する科学という手段や、宿の主人と他の宿泊者たちが信じる神という手段と同様に、ただひとり老いた女中だけが(そして軍医の死後カーロフもそこに加わるのだが)この手段を信仰する。
科学的な処方といっても風向きが変わるのを待つというほとんど神頼みな領域なのだが、その最も現実的と思われる手段が功を奏しないまま、法と秩序の「お目付役」たるカーロフは次第に、ありもしないし、見えもしないものに監視の対象を移していく。最後に可視的なものとして具現化する「ボボラカ」は実は病という極めて科学的なものなのだけれど、もはや自分の手に余る執念にとらわれたカーロフの目にはそれは映らない。
棺桶に片足をつっこんだような姿で追跡するカーロフが、実際に棺桶の中から出てきた女性を取り逃がしてしまうという追跡劇は、病の映画であるこのフィルムのラストに相応しい。