『おじさん天国』いまおかしんじ渡辺進也
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『たまもの』、『かえるのうた』に続くいまおかしんじ監督の劇場公開作。前の二本が銚子、下北沢と撮られた場所が重要視されていたように感じられたのに対して、『おじさん天国』ではむしろどこと特定できないような、そして地獄が隣り合わせにあるようなファンタジックとも思えてしまうような場所として設定されている。
冒頭、「大波小波も軽々と」と童謡ともポップソングともつかない歌が流れている。後にそれはハルオ(吉岡睦雄)が働く会社の社歌だとわかるのだが、なんかしまらないけど耳をついて離れないその音楽はこの映画の基調をなすかのように聞こえてくる。
ハルオは巨大イカを釣ろうとしていて、会社の同僚のリカ(藍山みなみ)という恋人がいる。彼女が同じ会社のほかの男とも付き合っているせいで殴り合いにはなるけれども、何か悩むそぶりも見えない。そこにおじさんがやってきて、おじさんは怖い夢をみるからオロナミンCを飲んで寝ないようにしているけど、だからといっておじさんが来たことで何かが起こるわけでもない。いや、いろいろと起きているんだけれども、それはおじさんの勃起がとまらなくて手当たり次第にセックスを始めてしまい、そのときに女の身体に「高山たかし」と自分の名前を書いてしまうということくらいである。
その後、自慰をしているときに蛇に股間をかまれておじさんが地獄に行こうとも、地獄で女たちに性欲を越えてむしゃぶりつかれようとも、またあっさりと近所の広場で草野球のボールを追い変えていようとも、監督自身が「一日やそこら地獄に行っただけでは変わらないでしょう」と話していたように何かが変わるわけではないのだ。
イカの墨でいっぱいの浴槽や山のようにあるオロナミンCの空き瓶、ハルオの恋敵を死に貶める「見たこともない虫」、そして夢の女から地獄の受付をするエンマ大王まで。過剰なまでに多くのことが詰まっている。でもそれらは日常の中に巧妙に配されていて、生活の中に組み込まれている。だから、現実的でないものが数多く現れるけれども、ここでなされているのはむしろファンタジーとはまったく反対なことなのではないか。それは冒頭の音楽が居心地悪くちょっと気色悪いんだけど、そこに聞こえることに何の違和感を感じないのと同じように。
「イカを見て欲しいですね。でかいイカはなかなかないと思うんでイカが釣れるというのを見て欲しいです」
いまおか監督は『おじさん天国』の見所を聞いたところ、このように答えてくれた。その場面に限らず見所はたくさんある。そうした見所と同時にそれらがファンタジーに回収されることを拒否していくことも見所のような気もする。
『おじさん天国』
12月9日より、ポレポレ東中野、レイトショー
12月2日より、ポレポレ東中野、「R18 LOVE CINEMA SHOWCASE VOL.2
『おじさん天国』公開記念・いまおかしんじ特集」、レイトショー
http://www.mmjp.or.jp/pole2/