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December 11, 2006

『トゥモロー・ワールド』 アルフォンソ・キュアロン
茂木恵介

[ cinema , sports ]

 渋谷のスクランブル交差点を歩いていて、ふと行き交う人を見渡すと、こぞって白いイヤホンを耳に着けている。それをちらっと観ながら、「一体、何を聴いているんだろう」と、ふと気になったりもする。視線をQ-FRONTの方に向けると、クリスマスが近づいていることを知らせる映像やら年末の音楽イベントへの予習ともいうべきPVが映っている。

「18年間子供が生まれていない」。2027年のイギリスにおいて、人類の希望である〈キー〉をトゥモロー号なる船へと連れていくというP・D・ジェイムスの原作を基に制作したフィルム。人類の希望でもある〈キー〉もまた白いイヤホンを耳に着け、ブレイクビーツを聴いている。未来でも白いイヤホンは健在だ。劇場の席に座る時ふと、「未来では何を人々は聴いているんだろう」と夢想した。しかし、聴こえてきたのは、キング・クリムゾンの『THE COURT OF THE CRIMSON KING』や、ディープ・パープルの『HUSH』(クーラ・シェイカーのカヴァーではなく、ディープ・パープルのデビュー曲!!)、ストーンズの『Ruby Tuesday』だった。スクリーンで映されている世界は2027年のはずなのに、そこで彼らがラジオをひねって聴いていたのは、1960年代にヒットした、今ではある分野の大家となっているバンドの曲であった(マイケル・ケインは「カンタベリー」と言っていたが、カンタベリーの固有名の奏でる音楽は聴こえなかった)。イギリスで産声を挙げたこれらの曲の演奏者達はこの後、ユニオンジャックの旗の下を去り、大西洋を渡る。そして僕らの住む島国へとやってきた。僕たちは彼らの音楽を聴きながら、戦争なんて起きない平和と愛に囲まれた世界を想像し、『俺達に明日はない』を観てきた。

 想像した結果の世界、つまりカメラが映し出す未来のイギリスでは、大きなオフィスに『ゲルニカ』が飾られ、岩波版の『三文オペラ』の表紙のような鳥篭状の檻に人間が捕らえられている。ジョン・レノンが「想像してごらん」と歌った歌のような世界はそこにはない。クライヴ・オーウェン演じる元活動家は、元兵士だったマイケル・ケインの元を訪れ、イギリス人ではない国籍のものが隔離されている区域に〈希望〉とともに向かう。そして、トゥモロー号がやってくるという地点に向けてボートを漕ぐ。霧で囲まれた大海原で来るか来ないかわからない〈明日〉を見ずに元活動家は尽き果てたが、〈明日〉と名づけられた船は霧の中からやってきた。

 観終えたあと、再びスクランブル交差点にやってくると、『Won't Be Long』のカヴァーが聴こえてきた。
 ところで、僕たちに〈明日〉はやってきたんだろうか。

全国東宝系にてロードショウ中