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March 10, 2007

『今宵、フィッツジェラルド劇場で』 ロバート・アルトマン
槻舘南菜子

[ cinema , cinema ]

 ここには三つの終わりがある。ラジオショー「プレイリー・ホーム・コンパニオン」の放送の最終回という終わり、105分という映画の終わり、そして『今宵、フィッツジェラルド劇場で』は、ロバート・アルトマンの遺作だ。
 楽屋の鏡を前にして、ヨランダ(メリル・ストリープ)と、ロンダ(リリー・トムソン)は、昔はショーに歌う犬がいたこと、実はジャクソンガールズが四人組だったこと、そして母親の死を、思い出から紡ぎ出された歌声とともに娘のローラに語る。そして彼女達に限らず最後の放送を前にした多くの登場人物が口にするたわいない昔話、過去は、回想シーンに結実せず、確実に進んでいく時間の中でそこに引き戻されることはない。だからこそチャック(L・Q・ジョーンズ)の死もまた、彼らのショーを中断させることはなく、何事もなかったかのように終わりに向かうのだろう。そして劇場に迷い込んだブロンドの天使が「今夜は交通事故に気をつけて」と新しい経営者となる男(トミー・リー・ジョーンズ)の耳元で囁いたとしても、劇場は取り壊されることを免れることはできない。ふたつの死は、過ぎていく時間にも、解体される空間にも無力だ。
 そしてアルトマンはもういない。人生というものは、自分の好きな映画作家が死んでいくことを次々と経験するということなのだろうし、しかし残された多くのフィルムは見ることができる。だから誰も死んではいないのだ。スクリーンにはアルトマンがいる。ひとつの生を終えたはずの天使が、ふたつの死と劇場の終わりに立ち会い、再び彼らの前にあの涼しげな姿で現れるように。表情を崩さない結ばれた口元で、彼女は舞台に、楽屋に、トミー・リー・ジョーンズの車に、そしてフィッツジェラルド劇場を失ってしまったダイナーに、優雅に滑り込む。

銀座テアトルシネマ・Bunkamura ル・シネマ他にてロードショー中