『あるスキャンダルの覚え書き』リチャード・エアー松井宏
[ cinema , sports ]
ジュディ・デンチとケイト・ブランシェット(主演&助演女優賞ともにアカデミーにノミネート)、この「演技派」女優ふたりによる女性の間の愛と嫉妬物語たる本作には決定的に欠如しているものがあって、すなわち、ここにはベルイマンがいないということだ。つまりデンチとブランシェットのクロースアップを積み重ねながら「顔の劇場」たろうとするこのフィルムに決定的に欠けているのは、あるひとつのショット、すなわちふたりの女性の顔が重なり合うクロースアップである。仏版のポスターはブランシェットが前、デンチが後ろの、まさしくふたつの顔が重なり合うものだったのだが、おそらくそのショットがポスターにしかないことにこのフィルムの問題も存しているのか。
サスペンスでもノワールでもなく、ふたりの女性が向き合う「心理的」なフィルムにおいて、ではどのように彼女らは一種の怪物になるのだろうか、それが本来ならこのフィルムにあるべき問題系なはずだ。そしてもちろんそのためには分身というテーマが必要だ。そしてそれこそ『あるスキャンダルの覚え書き』に欠けているものだ。ふたりの女性の顔が重なり合うショットの異形さとは、すなわち、分身から生まれる怪物性の魅惑である。驚くべきことに、このフィルムのデンチもブランシェットも(デンチの人物はまさにヴァンパイア的なそれだというのに)、まったく怖くなかったのだ。脚本だけでは映画は撮れないというお手本かもしれない(調べてみると脚本家は『クローサー』も手がけている。妙になっとくである)。とはいえ、おそらくこの監督はものすごく人間的でいいひとなのか、あるいはまったく俳優を信じていないかどちらかだろう。とりあえず、すぐさまベルイマンが見たくなること間違いないフィルムである。