"TOKYO"マグナムが撮った東京@東京都写真美術館梅本洋一
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マグナム創立60周年を記念して、東京都写真美術館で「マグナムが撮った東京」展が開催されている。第2次大戦後から現在に至るまでのマグナム所属の写真家たちの東京の映像がここに終結している。それぞれの写真家にはそれぞれのエクリチュールがあり、この時代は「写真家」というメティエが誕生してからすでに百年近い年月が経過しているのが感じられる。そして、写真家たちが一様に東京という、常に変化する街に好奇の眼差しを向けているのも感じられる。それらを見るぼくらは、この間見た横浜の写真展のように、「かつてあって、いまはもうない」というバルト的な感想を漏らすことももちろんできるが、それよりも、写真家が捉えた一瞬の力に驚嘆する。それは、集められた写真の中にアンリ・カルティエ=ブレッソンの作品が含まれているからでもあるが、それ以上に、写真家たちが捉えた現実の一瞬にも力があるが、その一瞬をどう捉えるかという方法の面でも写真家の力を感じるからだ。
特に印象に残った2枚の写真。1枚目はルネ・ビュリの1961年の作品『鎌倉へ向かう電車内』。動いている横須賀線の車内。2人ずつ向かい合う4人掛けの席。白いYシャツ姿の若い男が微笑みならトランジスタラジオを手に座っており、それに向かい合って白いワンピースの女性が男にもたれるように腰掛けている。窓が2枚あって、男の側の窓は開いていて、男の肘が開け放たれた窓にかけたれている。2枚の窓に間にはカメラが下がっている。男はおそらく新に購入した新品のトランジスタラジオを女に見せているのだろう。カメラ、トランジスタラジオ、カップル、白いワンピース、腕まくりをしたYシャツ姿の男。窓の外の景色は、電車の移動によってピンがあっていない。
もちろん、この写真は、1961年と鎌倉という時間と空間を表す記号がなくても十分成立するが、そのふたつの記号があることで、これから開始される高度経済成長が、カメラとトランジスタラジオによって表象されるだろうし、カップルの行き先が鎌倉であることは、開け放たれた窓と海の風によってより強調されているようだ。
そして2枚目。『東京駅』と題された1954年の写真だ。東京駅のホームに佇む素敵なスーツの男と黒字に白い水玉模様のワンピースを着た女性が映っている。男の顔は見えないが、髪型からいって青年時代の池部良を思い出す。女性も貧しいこの時代にあっては素敵なワンピースを身に纏っている。男の左手はポケットの中だが、女性の右手がその上に添えられている。恋人同士なのだろう。どちらかがどちらかを見送っているのだろう。ふたりが一緒にこれから列車に乗るにしては親密すぎる関係が見える──つまり、ふたりはこれから(しばらく)離れて暮らすのだから、最後の時を親密に──距離を置かずに──生きている。いかにも一本の映画の中に棲んでいるような恋人たち。そして東京駅。周囲には列車を待っている人たちの列とボストンバッグの群。そして恋人たちの右側には中年の女性が荷物を前にしゃがんでいる。
この写真を撮ったのはロバート・キャパ。この写真を撮影してから羽田空港に向かい、インドシナ戦争で戦死したことは知られた事実だ。
「"TOKYO"マグナムが撮った東京」