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May 7, 2007

『越境の時──1960年代と在日』鈴木道彦
梅本洋一

[ book , photo, theater, etc... ]

 今から20年以上も前、ぼくは一冊の書物を買った。『異郷の季節』(みすず書房)である。著者は鈴木道彦。収められた10篇余りのエッセーのそれぞれが素晴らしかった。パリ滞在というぼく自身との共通項はもちろんあったのだが、それ以上に、鈴木道彦の過不足ない文章と極めて適切な表現に触れ、いつかこんな文章を書きたいものだと憧れを込めて読んだ。
 ぼくもこの著者にパリで一度会ったことがある。鈴木道彦自身がそのことを記憶しているかどうかはどうでもいいが、そこで彼と話した内容は、当時のぼくに強い印象を残した。構造主義以降の批評の大きな影響下にあったぼくに、作家研究に作家自身の伝記的事実の研究は不可欠であるとか、当時、ぼくらが尊敬して止まなかった批評家についての辛辣な批判は、大きな反撥を感じさせたからだ。
 それから10年ほど経って、彼は『失われた時を求めて』の全訳に取り組みはじめる。『異郷の季節』をぼくが読んだのはそうした時期だ。そこに色濃いサルトルとプルースト。そして、1950年代からサルトルの死の1980年代までのそれぞれの時代のパリ。鈴木道彦が活写するパリの情景と思考にぼくは感嘆していた。ある小冊子の編集をしていたぼくは彼にエッセーを依頼しようと考え、安堂信也氏を介して連絡してもらったことがある。だが、回答は、否。金嬉老事件以来、簡単に原稿を引き受けないみたいだよ、と安堂さんはぼくに笑いながら言った。金嬉老が寸又峡の温泉宿に立て籠もった事件が起こったのは、ぼくが高校生のころだったが、ニュース映像で記憶していた。安堂さんからそういわれたぼくは、金嬉老と鈴木道彦がまったく結びつかなかった。
 鈴木道彦と金嬉老が結びつかなったのは、ぼくばかりではない。上野千鶴子もそうで、彼女の依頼によって、一昨年から「青春と読書」誌上で鈴木道彦は、この書物のもとになる文章の連載を始めた。ぼくも毎号読んでいた。そして、いろいろなことが分かった。朝鮮人と呼ばれることでそうした役割を引き受けなければならない「在日」の姿が、泥棒と言われて、その役割を引き受けるジャン・ジュネの姿と重層されること。そして、一旦、そうした役割を引き受けることを選択すれば、それは当然、民族と国家へと思考をつなげていくことになること。金嬉老だけではなく、ぼくらもまったく同じ回路で思考を始めてしまう。サルトルの『聖ジュネ』そのままである。ぼくは、そうしたアンガージュマンが、もう古びてしまったのではないかと思い始めた世代に属している──『異郷の季節』で鈴木道彦もサルトルをめぐるエッセーの中で、サルトルと時代について多くを考察している──が、『越境の時』を読む限り、ぼくがサルトルについてそう思うのは単に傲慢でしかないことを知る。
 『越境の時』を読みつつ、最近、新装版が出た『異郷の季節』の諸々のエッセーを併読されることを強く勧める。