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May 16, 2007

『東京タワー、オカンとボクと、時々、オトン』松岡錠司
梅本洋一

[ cinema , sports ]

 松岡錠司は、かなり微妙な位置にいる映画作家である。リリー・フランキーのベストセラーの映画化は松岡自身が原作に惚れ込んで実現したらしいし、ベストセラーの映画化ゆえかフィルム版もヒットを続けている。ぼくが見に行った平日の午前中も中高年の観客を中心に多くの人々が映画館に入っていた。ぼくの隣に座っていた老夫婦の夫の方は、上映が終わってから涙に滲んだ眼鏡を拭きながら「悠木千帆(!?)はいいね!」と妻に告げていた。
 ぼくは原作を読んでいないが、ほぼこのフィルムが原作通りだとしたら、松岡錠司も自己同一化できたと語る通り、どこにでもある物語に過ぎない。オトンの自由人度は別にして、こうした家族感をぼくは余り好んではいない。だから隣の老夫婦がすすり泣く場所──オカンとボクとの関係性の部分──で、泣くことはできなかった。そして、2時間半に近い長尺のこのフィルムは、やはり長すぎると思った。ボクが東京に出てきてからの「自堕落な生活」の部分が映画的な省略で進むのはよいが、どのシーンにも思い入れが多すぎて、少しばかり顔を背けたくなった。松岡錠司にしても「普段の倍」の10週間の撮影期間をもらい、そうとう撮影に力を入れたのだろう、切ってよい部分を残し、やや反復が多すぎるフィルムになっていると思う。
 大衆のエンタテインメントになっていて、決して下手ではない演出があり、長すぎるきらいはあるが、そのことでより分かりよくなってもいるのだから、こうしたフィルムそのものを否定するのは間違っているだろう。確かに松岡錠司は、このフィルムでも「映画している」のだ。東京の夜景を見せるヘリコプターショットは、イーストウッドのフィルムでLAの夜景を見せるのと同質の力があるし、(宮城県で撮影したそうだが)少年のボクが初めて訪れる筑豊のボタ山を見せる件で、カメラは緩やかにパンアップし、炭坑の全貌を見せる部分は、涙が出てきてしまった。「これが映画なんだ!」と言葉もなく納得させる力を秘めている部分が、このフィルムには散見できる。オトンに去られたオカンが若い恋人(寺島進)とデートをするヘルスセンターのだだっ広い空間での演出も見事だった。近年の「日本映画」では、おざなりになる瞬間が多い、そうした細部が、このフィルムでは輝いて見える。
 だが、それでいいのだろうか、という強い疑念が湧いてくるのも事実だ。こうした映像、こうした演出は、古典映画にこそふさわしいものであって、21 世紀の映画が内包するにはあまりに伝統的なのではないか。小津安二郎だって、もっと「さらりと」人の死を描き、戦後の家族の崩壊を見つめていたのではないか。もし、このフィルムが、今から40年前のフィルムなら、スタンダードな1本のフィルムとして大いに評価できたかもしれないが、このフィルムが語る物語の古さと相俟って、このフィルムも、あまりに映画のエステティックに従順すぎるのではないか。ぼくらには映画のエステティックを保証するスタジオの存在はもうなく、「悠木千帆」の見せる過剰な演技ももう要らない。このフィルムで見える東京よりも、黒沢清の『叫』の東京の方が圧倒的な存在感をもってぼくらに迫ってくる。同じ松岡がかつてカメラに収めた多摩ニュータウンの孤立した家族の方が、ぼくらの家族に近いのではないか。

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