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July 18, 2007

『石の微笑』クロード・シャブロル
梅本洋一

[ cinema , cinema ]

 かつて、当時の夫人だったステファーヌ・オードランを使って、シャブロルは次々と傑作を生み出したことがあった。ジャン・ヤンヌ、ミシェル・ピコリといった怪優を相手に、小さな町の空間で繰り広げられる行き詰まるような瞬間は、極めて濃密な作品を作り上げてくれた。そして今、70代も中盤を迎えた彼は、自らのフィルムの虚飾を剥ぎ落とし、文字通りの絶頂期を迎えたのではないか。
 大きな工場と港、そして、そこから展開していく住宅地を移動撮影で捉えた冒頭から、シャブロルは、優れて「空間」の映画作家であることを教えてくれる。映像に展開する多様な建築物、移動撮影は一軒の凡庸な家の前で終わり、そこに停まっている警察の車両やテレビ局の車両が示されることで、事件が暗示されている。殺されたのは若い女であることを告げているレポーター。そうこれはテレビのニュースであり、われわれは、そのニュースをテレビで見ている姉妹がいる居間へと連れてこられる。ふたりの前には兄と思われる若い男がいて、ふたりに支度をするように言っている。タイトルバックに続く数ショットだけで、一気に事件の現場に連れて行き、関係者に対面させるシャブロルの巧みさに舌を巻かない人はいないだろう。
 その家に、美容師をしている母(久しぶりのオーロール・クレマン)が戻り、3人の子どもと彼女は、彼女の恋人である中年男の邸宅へと赴くだろう。そのとき庭になる彫像を中年男に贈る、と言い出す母。このフィルムの重要な鍵となる瞬間だが、物語のキーになるその彫像については触れないでおこう。
 むしろ重要なのは、中年男の邸宅の内部である。男は彼女がひとりでやってくると思っていたのだろう。4人が通された応接間の隣のダイニングには、ふたり分の食器がセットされている。男はさとられないように扉を閉め、4人を近くのイタリア料理店に誘うだろう。空間から空間への移動。室内から室内への移動。建物から建物への移動。このフィルムはそれだけでできている。
 長男(ブノワ・マジメル)は、妹の結婚式で奇妙な女センタ(ナタリー・バイとジョニー・アリデイの間に生まれた娘、ふたりのどちらにも本当によく似ている。怪演!)と知り合う。結婚式を早めに引き上げた長男は、びしょぬれのセンタが、彼らの家に突然訪ねてきて、「あなたは私の運命の男だわ」という無意味で訳の分からぬ告白を受け入れるだろう。書き忘れたが、長男は、インテリアの改修会社のマネージャーをしている。ここでもまた「空間」!
 センタの家に入り浸りになる長男。だが、このセンタの家も実に奇妙な4層の空間だ。センタが引きこもる半地下の部屋、1階、そして彼女の義理の母とその恋人がいつもタンゴを踊っている2階、悪臭が漂う3階。このフィルムには、次々に「空間」が産み出される。その内部をシャブロルの映像をかつて一手に担当したジャン・ラビエのキャメラそのままに、ほとんどフリッツ・ラングの映画のように事件が示唆されていく。このあたりの手法は感嘆するほかない。