『コンナオトナノオンナノコ』冨永昌敬宮一紀
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斉藤陽一郎と桃生亜希子演じる若い夫婦がシネマ・ロサの階段を上るところからはじまるこの映画は、これまでの冨永監督作品同様にいかにも奇妙な状況をいくつもかいくぐりながら、しかし次第になにか恐ろしい事態がひそかに進行しつつあることを印象づける。そのことに気がついたのは、笑っていたはずの頬がいつのまにか引き攣っている、そんな収まりの悪さを何度か経てからだった。
たとえば杉山彦々とエリカによるベッドシーンにはじまる一連のシークエンスを目の当たりにしたとき、たとえ杉山が唐突にテレビを気にしてセックスを放棄したにせよ、そのテレビが壊れていてなにも映し出さなかったにせよ、ひとり取り残されたエリカの指に大袈裟なガーゼが巻かれていたにせよ、暗い部屋でベッドに横たわるエリカの裸体と乱れたアイシャドウとが忽ちに明るさのなかに曝け出されていく長いワンカットの奇妙さは筆舌に尽し難く、直後に流し台の前で一心不乱に洗剤で身体を擦るという彼女の動作はほとんど直視できないほどに痛々しく、もはや「バカバカしさ」が「バカバカしさ」としてのフォルムを保ったままに不意に圧倒的な感動を呼び起こしていることに気づく。
すぐ隣りの部屋ではエリカの父親がビニールハウスで育てたというトウモロコシが、ゴミ袋の山のなかでいつのまにか芽を出し、人の背丈ほどに育っている。そのような明快な時間の推移を横目に、これまでの冨永監督作品には決してなかったある種の親密さを伴いながら、小さなふたつの部屋と牧場とを行き来しつつ、この77分の作品は圧倒的なラストを迎えるに到っている。