『夜顔』マノエル・デ・オリベイラ梅本洋一
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ユッソンが40年ぶりにサル・ファヴァールでのコンサートで見かけた女性、それはセヴリーヌだった。ドヴォルザークの交響曲8番の演奏が終わり、拍手が鳴りやみ、出口へと向かう観客たち。ユッソンはセヴリーヌを追う。セヴリーヌはユッソンを認めるが、それ故に足早に出口で待っているメルセデスに乗り込んで夜のパリに消える。サル・ファヴァール──ここはかつてオペラ・コミック座として、多くの軽歌劇が上演された場所でもある──のあるボワルディユ広場。観客たちが去り、人影がなくなったこの広場をゆっくりと立ち去ったユッソンは、ダニエル・カザノヴァ街にあるロワイヤル・ヴァンドームという名前のバーからセヴリーヌが出てくるのを見かける。バーに入り、カウンターに腰を落ち着けダブルのウィスキーを何杯もお代わりしながら、ユッソンは、バーテンのベネディットに語りかける。彼からセヴリーヌの滞在先を手に入れたユッソン。
このフィルムでは場面が変わる毎に、おそらくモンパルナス・タワーから撮影したと思われるエッフェル塔とアンヴァリッド周辺の夜のパリが映し出される。その美しさに息を呑む。こんなパリは見たことがない。モンマルトルの丘の上からでもなく、エッフェル塔の展望台からでも、ポンピドゥーセンターの最上階からでもないパリ、しかも夜の帳が完全に下ろされ、ところどころに光彩を放つパリ。
ユッソンは、ピラミッド広場にあるホテル・レジーナに向かう。長い歴史を持つ、このホテルのロビーでセヴリーヌの部屋番号を尋ねるユッソン。「奥様はスイートにおいでです。エレヴェーターが奥に」。エレヴェーターは2台あり、ユッソンが乗り込むと別のエレヴェーターからセヴリーヌが降りてくる。「奥様、さきほどユッソンさまが……」「私はいないことにしてね」。セヴリーヌはまたメルセデスに乗り込む。
ロワイヤル・ヴァンドーム。カウンターのユッソン。バーテン。女のサディスムとマゾヒズムについてバーテンに語るユッソン……。このフィルムのセヴリーヌとユッソンが、ブニュエルの『昼顔』のユッソンとセヴリーヌであることはとりあえず知っておいた方がいいかもしれない。
ある午後、左岸のシェルシュミディ街とアサス街のアングルにある雑貨店の前で、ユッソンはセヴリーヌと偶然すれ違う。嫌がる様子のセヴリーヌに何か話しかけるユッソン。キャメラは遠くにあって、ふたりの会話の内容は聞こえない。セヴリーヌが去り、ユッソンは雑貨屋に入って、箱に入った何かを買い求める。ユッソンは、豪華なスイート・ルームでセヴリーヌを待っている……。
サル・ファヴァール、ダニエル・カザノヴァ街のロワイヤル・ヴァンドーム、ピラミッド広場の前にあるホテル・レジーナ、シェルシュミディ街とアサス街のアングルにある雑貨屋の前、そして件のスイート・ルーム。そしてエッフェル塔とアンヴァリッド周辺。80歳になろうとしているミシェル・ピコリと老境に達しているがコケットな魅力を十分に宿しているビュル・オジエが徘徊する夜のパリ。オリベイラは、彼のパリ・シネマを実践している。