アントニン&ノエミ・レーモンド展@神奈川県立美術館鎌倉梅本洋一
[ architecture , cinema ]
レーモンド夫妻が特に日本の建築に果たした役割の大きさは知られている。何も前川圀男、吉村順三のふたりがレーモンド事務所に在籍していたからばかりではない。ライトの大きな影響下から出発し、モダニズムへ傾斜していき、日本の風土や社会・歴史環境の中でヴァナキュラーな建築を実践していった姿は、本当に興味深い。
今回の展覧会の特徴はアントニンの妻のデザイナー、ノエミにスポットが当てられていること。だが、多く展示されているレーモンドの手になる建築の写真を目にし、解説文を読んでいると、建築家のスタイルは、本人のクリエイティヴィティの賜物でもあるが、同時に建築家がすごした時間空間からの考察の結果であることがよくわかる。当然のことではあるが、アントニンがチェコ出身ではなく、彼がライトの助手として来日しておらず、また東京に事務所に構えることがなかったならば、そして、関東大震災がなく、第二次大戦がなく……などと多くの仮定を導入してみると、彼の作品は、どれも、上記の様々な歴史の中で生まれたものなのである。どんな歴史的な条件も彼の建築には欠かせない。
彼の建築の図面をみていると、それが多くは資産家の邸宅や別荘であること、そこにはほぼ必ずメイドの部屋があることなどを思うと、彼の建築が一般的な市民の空間に大きな影響を与えたとは思えないが、それでも、彼の産み出す合理的であると同時に落ち着いた空間は、とても居心地のよいものであることが想像できる。実際にぼくが体験したことのある伊勢佐木町の不二家でも同じような感じを持った。吉村順三は霊南坂にあったレーモンドの自邸の模型を見て、その場所を探り当てて事務所に入所したという逸話がある。建築家という職業がまだ認知されていない頃、彼の仕事は将来の若者たちにとって憧憬の対象だったにちがいない。そして階級意識が希薄になり、ブルジョワの邸宅がなくなり、成金趣味の高層マンションばかりが建ち並んでいる今日、レーモンドの仕事の希少価値はますます高まるはずだ。
最後に、この展覧会が行われている神奈川県立美術館鎌倉について述べておこう。この坂倉準三の傑作建築については解説の必要はないだろうし、幸いなことに、この空間が残ることになった。だが、別館が耐震問題で使用できない今、いかんせん本館だけの空間は狭い。学芸人の方々も苦労が多いだろう。それに扉が引き戸であり、自動ドアが普通になった現在、こうした部分の改修は必須になってくるのではないか。また、鶴岡八幡宮のいけに面したテラスを持つ、最高の空間であるカフェはリノヴェーションし、メニューを充実させるべきだ。そしてミュージアムショップの品数も空間も貧しい。素敵なミュージアム・カフェと充実した物品を備えたショップは、この傑作建築に現代の意匠を纏わせることになるのではないか。関係者の努力を期待したい。