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December 19, 2007

『接吻』万田邦敏
梅本洋一

[ cinema , cinema ]

 各所から評判を聞いていた『接吻』をようやく見ることができた。期待に違わぬ傑作だ。小池栄子、豊川悦司、中村トオルの3人の俳優が見事だ。収監された猟奇殺人犯・坂口を演じる豊川、国選弁護人・長谷川を演じる中村、そして誰よりも、逮捕される瞬間が放映されたテレビ画面で微笑む坂口を見て人生を決めた孤独な女性・遠藤京子を演じた小池栄子が素晴らしい。
 テレビの小さなモニターの微笑む顔と、たったひとりで住む小さな部屋でその顔を見つめる女性の間に広がる万里の距離がどのように縮まっていくのか。それがこのフィルムのすべてだ。微笑む殺人者を弁護することになる青年弁護士の言葉と態度、そして、ひたすら何か──そう何かとして書けない──信じることで、前進することしか知らない女性。殺人者と孤独な女性は、女性の理不尽なまでの信仰にも似た確信によって、次第に距離を縮めていく。
 手紙、対象を欠いた熱愛、ほとんど狂気じみた女性の態度──それらは、もちろん、万田邦敏自身が認めているように、『アデルの恋の物語』の引き写しだろうし、公園でブランコに乗る小池栄子の姿はルノワールの『ピクニック』そのままだ。さらに言葉少なに仕事に勤しむ女性の姿は、『マッチ工場の少女』をはじめとするアキ・カウリスマキの作品を思わせる。このフィルムが単に特殊な物語を語っているのではなく、その語り方それ自体に、映画がこれまでに培ってきた豊かな演出の伝統が息づいている。
 会社を辞め、殺人犯が収監されている西東京拘置所近くのアパートに住むことになる女性は、近所の石鹸工場に勤め始めることになる。「あなたの声が聞きたい」とひたすら訴え続ける女性に応えて、声を発し始める収監者。だが、問題は、重要なのは、声ばかりではないのだ。「あたし近くの石鹸工場に勤めることになった」。手から石鹸の匂いがすると、ふたりを決定的に隔てている面会室の中央にある小さな穴のたくさん空いているガラス窓に、手を近づける京子。坂口もまたそのガラス窓に手をかざし、ふたりの手は重なる。京子のやや小さい手と、坂口の細い手が穴の空いたガラスの上で重ね合わされる。石鹸の匂いが広がった気がした。絶対にあり得ないことだけれども……。フィルムが身体に結実する瞬間だ。
 そして、ラストシーンについても書かねばならない──その「活劇的な運動に充ち満ちた接吻」──が、それについては多くの人々がこのフィルムを見てからにしたい。