『都市住宅クロニクルⅠ』『都市住宅クロニクルⅡ』植田実梅本洋一
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かつて長期間に渡って伝説の雑誌「都市住宅」の編集に携わっていた建築批評家・植田実の多くの文章が2冊のクロニクルにまとめられた。1966年から2006年の間に書かれた彼の文集である。『都市住宅クロニクル』といっても、彼が編集していた「都市住宅」に書かれたものは少ない。彼自身が語る通り、編集している雑誌に自らの文章を添える余裕はなかなかない。だから、この『クロニクル』には、「平凡パンチ」から「マダム」に至までの、「新建築」から「東京人」に至までの多様な雑誌に発表された彼の文章が並んでいる。冒頭を飾る林雅子の三国邸からほぼ最後の文章になる隅研吾の村井正誠美術館まで、実に多くの建築物について語られている。そして、1巻目の最初のほうに登場した鯨井勇の「プーライエ」(1973年)を2巻目のラストで、35年ぶりに訪れている文章が全体を締めくくっている。
全2巻で上下2段組、そして900頁を越える書物をぼくは一気に読んでしまった。まったく退屈しなかった。それは、植田実の過不足がなくとても上品な文章のためであることはもちろんだが、それ以上に、編年体でまとめられたこの2冊本(だからクロニクルという)が、クロニクルの目的を十全に発揮し、都市と住宅の40年が、植田さんの筆致と共に一気に流れていくからだ。もう忘れられたしまった建築家の作品が竣工時にはとても有名だったり、今では巨匠──たとえば安藤忠雄──がまだ新人だったり、そんな表面的なことから、その時代時代に撮影された住宅写真を見ていると、そこに年代が記されていなくても、ある程度、その時代が分かるように、都市と住宅をめぐる風景は変貌している。植田さんの文章がヴィヴィッドなのは、必ず彼が、図面や写真だけではなく、その場を訪れて、その場の空気と湿気と天候などを全部含めて紹介しているからだ。都市や住宅を見つめる植田さんの筆致は、まちがいなく都市とその時代を呼吸している。
京橋の試写室に行く途中、丸の内を歩いてみた。三菱1号館が建設中だった。そして八重洲側に回ってみると、大丸は工事中で隣の高層ビルに移り、八重洲側が高層ラッシュだ。昨年、『建築を読む』(青土社刊)の写真を撮るために、鈴木淳哉とこの辺りを回ったときから、もう風景が激変している。かつて、この辺りで前衛を誇っていた前川圀男の東京海上ビルがクラシックに見えてしまうくらいだから。バブルの時代よりも、ここ1、2年の方が風景の変貌が早い気がする。植田さんが書き留めた「都市住宅」の多くももう姿を消しているのだろう。試写室からの帰りの地下鉄で、『都市住宅クロニクル』を読み返していると、住宅を見て文章を書き留める植田さんの姿勢は、19世紀のパリの街路を写真に収め続けたアッジェに似ているように思えた。