『ポール・ランド、デザインの授業』マイケル・クローガー宮一紀
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ポール・ランド(1914-96)。スイスにおけるデザイン教育の拠点であるバーゼル造形学校を設立したエミール・ルーダー、アーミン・ホフマンらとともに彼はスイス・スタイルとも呼ばれる国際タイポグラフィー様式を確立する一翼を担った。これは数あるグラフィック・デザイン様式のうちでもっとも重要な本流と言ってよいだろう。左右非対称、グリッドに沿ったレイアウト、サンセリフ体の使用といった特徴を持つこの様式は、現在ではあまりにも至る所で採用されているために、それがひとつの経験に基づいた様式であるとは気づきにくい。空港で、駅で、学校で、映画館で、あるいは路上で、文字の書かれた看板を見ることがあったなら、(たとえそれが何も知らない素人によって描かれていたとしても)そのほとんどすべてはスイス・スタイルと無関係ではありえない。スイス・スタイルは知らず知らずのうちに私たちの生活を支えているのである。
もっともランド自身はニューヨーク・ブルックリン出身のアメリカ人で、あまり知られてはいないがキャリアの初期にはエスクァイアをはじめとする雑誌のアート・ディレクターを務めていた。その後、いくつかの広告会社やデザインスタジオに籍を置いて数多くの優れたコーポレート・アイデンティティ(IBM、ABCテレビ、UPS、エンロン、etc...)を手掛けた後、1956年にイェール大学に教授として迎え入れられると、晩年まで教育者として若手を育成することに情熱を傾けた。
ポール・ランドのそんな教育者としての側面にスポットを当てているのが本書である。原題は“Paul Rand: Conversations with Students”。 亡くなる1年前にあたる95年、ポール・ランドはアリゾナ州立大学に招聘されて講義を行った。本書に収録されているふたつの対話は、その際に行われたインタヴューと、学生たちとのディスカッションからの抜粋で、これらはポール・ランドの生前に行われた最後のインタヴュー記録である(ちなみにオリジナル原稿は著者マイケル・クローガーのウェブサイトで読むことができる)。そして、後半にはランドのかつての教え子や仲間たちからコメントが寄せられている。それぞれが「思いやり」「手強い」「天才」「誠実」といった様々な言葉を並べて異なる人物像を語っているところが興味深い。
白地に朱と濃紺の文字が2色刷りで踊るシンプルでとても美しい造本である。全体にヴォリュームの小さな本ではあるが、最晩年まで世界中を飛び回り、自らの考えを人々に伝え続けたポール・ランドの姿が浮かび上がってくる。いつも人に読書を勧めていた彼の膨大なレファランスが巻末に資料として付されている造りも丁寧で感心する。惜しむらくはそのほとんどが日本語訳されていないことだ。最後に、ポール・ランドの印象的な言葉を紹介したい。彼の言葉はいつでも明快で未来へ向けて開かれている。
「よろしい、君はそこに立っているね。君は灰色だ。灰色のシャツ、灰色の線、明るい灰色に暗い灰色。君全体が灰色のシンフォニーだ。これらすべてが関係だよ。これは20%、こちらは50%、すべてが関係だ——わかったかね? 君の眼鏡は丸い。襟は斜めになっている。これが関係だ。君の口は楕円形で、鼻は三角形だ——これがデザインが何であるかだよ」
追記:本書の内容とは関係ないことであるが、著者の略歴がどこにも記載されていないというのは出版社の重大な過失ではなかろうか。ここに補足しておくと、著者のマイケル・クローガー(1950-)はオハイオ州のマウント・セント・ジョゼフ大学等のデザインスクールで教鞭も取っているグラフィック・デザイナー。81年の夏にスイスのブリッサーゴで行われたワークショップに参加した際、講師を務めていたポール・ランドと出会う(他にアーミン・ホフマンやヴォルフガング・ヴァインガルトら錚々たるメンバーがこのときの講師に名を連ねている)。ちなみにランドはこの地で20年以上の長きに渡って毎年夏に1週間の講義を持っていた。アーミン・ホフマンによれば、学生たちはランドのこの講義を夏の5週間に渡るセミナーの最大の山場と考えていたようである。