『NAVI』301号「NAVIっぽさってどういうコト?」渡辺進也
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僕は車の免許を持っていないので、とくにクルマが好きなのでもなく、近いうちにクルマを購入する予定もないのである。ましてや「エンスー」であるわけでもない。だけれども、毎月『NAVI』は手にとるのである。というのは、単に、もうここで10年以上も続いている「ジドウシャ巷談 是々非々」というえのきどいちろうさんの連載が読みたいからなのであって、今回もまたクルマに関係ないはなしだったな(笑)なんて思いながら毎月毎月心待ちにしているのである。いつもは立ち読みで済ますところなんだけど、でも今回は思わず買ってしまったのである。買った後、所持金が70円しかなくなって晩ご飯どうしようと思ったのはお金を払った後に気がついたことであって、本当に思わず買ってしまったのだ。
今回通巻300号を越えたということで、「NAVIっぽいってどういうコト?」というのが特集のタイトルなんだけども、つまりこれは自らの雑誌に「自己省察」をしているということである。だいたい雑誌が自己省察を始めるときっていうのは、ここでは具体的な雑誌の例は出さないけれども、いつも僕はもうこの雑誌やばいんじゃないか、雑誌の存続があぶないんじゃないかと不安にかられる。というのも、それは雑誌が内向きになっていることであって、読者の関心とかをほっぽりだして自分たちのことを考え始めちゃっているということだから。でも、これはおもしろいのである。クルマの歴史じゃなくて雑誌自体の歴史を振り返るクルマ雑誌がほかにあるだろうか。聞いたことがない。
『NAVI』にはもう25年歴史があり、自分も含めた若い年代にはそういう実感はないんだろうけれども、90年代に『NAVI』が当時一番おもしろい雑誌だったと言われていた時代があったと聞く。だから、もうその当時のことを書いている記事を読んでいるだけでおもしろいのだ。ちょっと読んだだけで『NAVI』がどれだけとんがっていたかわかる。だって、自動車雑誌なのに自動車そのものというより、自動車のある社会や生活にスポットライトを当てたものを、というところからはじまっているわけだし(創刊号の特集は『ニューヨーク自動車生態系』だそうだ。ある時期には2CVが主人公の矢作俊彦の小説も連載されていた)、テストで横転するようなクルマの広告はいらないって断りに行っているくらいなんだから。
この特集のなかでやはり一番おもしろいのは歴代編集長インタヴューだ。そこには、かつて小誌にも登場していただいたことのある、オープンカーに乗り雨が降ったら交差点で傘を差す、という逸話を持つ鈴木正文さん(現『ENGINE』編集長。詳しくは18号のインタヴューをお読みください)も登場している。そこでのはなしに僕はいたく感動したのだ。NAVIの内容についてNAVIっぽいと言われることがある。それを自分たちは何となくしかわかっていないけれども、当時確固たるものがあったかという質問に、鈴木さんはこんなふうに答える。
そんなことはわからなくてもよいことで、定義することはできないのではないか。その代わり、NAVIっぽくないことをわかっていればよくて、それさえわかっていればNAVIっぽさを理解できているのと同じである。何がNAVIっぽいかなど考えずに、やりたいことをやればいい。根にクルマ好きの血が流れているのだから、何を書いたってクルマ好きに受け入れられるものになるはずだ、と。
実際にどのようにはなしているのかは『NAVI』を手にとって確認していただければと思うのだけれども、僕がこれを読んでいるときに、この「クルマ」や「NAVI」に別の単語を入れていたのは明らかで、これはもう個人的なことでしかないんだけれども、ものすごく励まされたような気持ちになったのだ。「低速トルク」とか「ホットハッチ」とか何のことだがさっぱりわからないんだけれども、やはり読み物として『NAVI』はおもしろい。