『中国中央テレビ・新本部ビル(CCTV)およびテレビ文化センター(TVCC)』レム・コールハース(OMA)宮一紀
[ architecture , cinema ]
2月9日、中国・北京の新興ビジネス街にある中国中央テレビのビルが焼け落ちた。春節を祝って自社で打ち上げた大型花火が引火したとの説が有力であるが、ネット上にアップされた写真や映像を見るにつけ、高さ159メートルもの巨大なヴォリュームを持ったRC建造物がここまで派手に燃え上がることにただただ驚くしかない。幸いなことに、と言うと語弊があるけれども、あれだけ大規模な火災だったにも関わらず死者が消防士一名だけだったのは、同ビルが正式オープンをまだ迎えていなかったからである。昨年の北京オリンピックの際にはテナントの五つ星ホテル、マンダリン・オリエンタルが他に先駆けて営業を開始していたが、オリンピック閉幕後にはいったん休業させ、全館オープンに向けて再び建設工事が進められていた。火災が起こった日は祝日で工事は休みだったのだろう。そういうわけで被害は最小限に抑えられたわけだが、今度の火災はふたつの点で大きな意味を持っているように思われる。
まずひとつめは、火災現場となったのが中国メディア産業の新たな中枢として機能する予定だった新興ビジネス街・北京商務中心区(CBD)であることだ。中国中央テレビは国営放送にして言わずと知れた中国最大のメディアである。共産党による情報統制の直下に置かれながら、40チャンネル(!)もの放送網を持ち、その運営はすべて広告費によって賄われているという。資本主義が全力を挙げて共産主義を支えるという究極的な歪みをごく平然と内に抱えるその構造は現代の中国そのものとさえ言えるかもしれない。そんな中国中央テレビが本部ビルの移転先として選んだのがCBDで、新本部ビルとテレビ文化センターはともに今年中の竣工を間近に控えていた。周辺には北京テレビ、米・タイム・ワーナー、香港・フェニックステレビなども続々と移転を進めているという。中国の未来を象徴するような場所が舞台なだけに、早くも多くの市民から不安の声が上がっているという。これだけ大規模な火災の後ではおそらく建設計画自体が抜本的に見直されることになるだろうし、国内では高層建築の防災基準に関する見直しの議論が沸き起こっているようだ。「上海環球金融中心(上海ヒルズ)」を建設したばかりの森ビルだって(ビルの耐久性の問題が指摘されているのだから)他人事ではないだろう。もちろん私たちにとっても今度の火災は決して対岸の火事などではなく、むしろこの世界に何かを傍観するのに適した安全な岸はないのだという事実を決定的に知らしめる事態となったのではないか。
というのは、CCTVとTVCCはともにレム・コールハース=OMAが設計を手掛けたことで注目されていたプロジェクトであることに関わっている。これがふたつめの意味を持つ。その黙示録的な光景に既視感を拭えないのは例のツインタワー崩壊を彷彿とさせるからだろうか。一連のCCTV移転プロジェクトを進める上でOMAとタッグを組んだエンジニアリング・コンサルタント会社のアラップは、公式サイト上のプレス・リリースの中で次のように謳っている。「911が引き金となって、産業・消費者双方にとっての安全な高層建築のあり方が問われるようになりました」。
中央に巨大な穴を穿ち全体としてループ状の構造を持つという奇抜なデザインのCCTVは、下層階から出火した場合でも安全な避難経路を常にひとつ確保できるという超高層建築における新たな防災の観点を導入したことで話題を呼んだ。しかし皮肉にも今回の火災はもう一方の直立構造を持ったTVCCで起きてしまったのである。TVCCはテレビスタジオの他にニュースセンター、映画館、展示スペース、ダンスホール、そして前述のホテルなどが入る複合商業施設となる予定だった。自身も世界を股にかけて絶えず移動し続けるという圧倒的な流動性を目指しているように見えるコールハースは、TVCCの下層の構造体からねじれるように上昇する屋根を設えた。敷地内に隣接するCCTVの垂直平面を持たない特異な外観と相まって、そこに大きなうねりが生まれている。そして内部にはきわめて大きな吹き抜けが設えられていたという。残念ながら内部構造を確認できていないのであくまでも推論を述べることしかできないが、ビルの下層階から上層階をぶちぬく巨大な吹き抜けは、炎がビルを覆い尽くすのに十分な酸素を供給する通風口の役割を果たしたはずである。
「中国の都市爆発にいち早く着目したヨーロッパの建築家レム・コールハース」にとって、今度の火災は単なる悲劇以外の何ものでもないだろう。だが悲劇の方はと言えば、市場原理主義だろうが共産党だろうが見境なく攻撃を仕掛けてくる。某国の首相は百年に一度の事件が起こっているのだと繰り返すが、事件とはつねに一度きりしか起こらないものだ。そのとき私たちにできるのは目の前で起こっている事件をどのように解釈してやり過ごすかということに尽きるのではないか。
なおOMAの公式サイトによれば、「今回の悲劇について詳しい情報が入り次第、追って声明を発表します」としている。