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April 9, 2009

08-09チャンピオンズリーグ準決勝1st Leg ビジャレアル対アーセナル 1-1
梅本洋一

[ sports , sports ]

 アーセナルが上昇気流に乗ってるのかが試されるゲーム。入りはまあまあ。だが次第に押し込まれ始め、マルコス・セナにミドルを決められる。この日の4-2-3-1のアーセナル。対マンCのゲームとの差異は予想通り、アルシャヴィンのところにナスリが入ったことだけ。もちろんマルコス・セナの力は誰もが認めるところだが、ポッカリと空いたスペースにセナが入り込み、そこから放ったミドルはノー・マーク。ミッドフィールドでソングとデニウソンが右往左往するばかりで、さっぱり有効なパスが繋がれない。このふたりの球拾いの非力さは、今シーズンのアーセナルの低迷(?)の大きな原因のひとつだった。対マンC戦でそれが見られなかったのは、ディフェンスラインも含めて全体に比重が前に置かれ、スペースが埋まったせいだった。だが、ビジャレアルの中盤は、セナを中心にイバガザ、カニなどがボールに絡み、ダイアゴナルにパスが通りって行くから、アーセナルの中盤とディフェンスラインの間にスペースが生まれ、その広いスペースをソング=デニウソンがカバーしきれなくなっていった。両サイドのナスリ、ウォルコットもディフェンスに帰るのだが、ポジショニング上、どうしてもサイドラインを背にする形になり、その内側へとビジャレアルのパスが回っていく。
 この日の解説(久しぶりの三浦俊也)にあったとおり、前半のアーセナルは、セナの1点のみで抑えるのに汲々としていた。そして後半、トップ下のセスク、そして両サイドのナスリ、ウォルコットの距離を詰めるように指示したとヴェンゲルが語ったとおり、ふたりのセントラルの担当するエリアを縛り始めたことで、次第にアーセナルが攻勢に出るようになった。アデバイヨールも孤立せず、彼にとっても、ナスリとウォルコットが少し下がったことで、両サイドに流れるスペースが生まれ始めたのだ。「若い選手たちは、困難を自分で解決するすべを見つけ始めている」とヴェンゲルが誇らしげに語るのは、ゲーム中でのこうしたポジションの修正ができるようになったということだろう。自在にポジションチェンジが行えるフットボールであっても、このようにチェスや囲碁のように局面を見定める応用力は必要だ。アデバイヨールのバイシクルによる見事な得点は、彼の個人技と、彼にパスを送ったセスクの能力の高さの証明だが、それ以上に、このゲームで見て取れるのは、若い選手たちの成長ぶりだ。若者たちにタスクを与えれば、能力の高い若者たちは、そのタスクを見事に実行して見せてくれるだろう。だが、この夜、若者たちは、彼らに与えられたタスク以上の創造力で、ビジャレアルの素晴らしい中盤に立ち向かった。
 ビジャレアルは残り20分でジョレンテに代えてピレスを投入するが、状況を変えるには遅すぎた。すでにプレスが活躍できる空間が埋められていたからだ。アーセナルはアルムニアとギャラスを怪我で欠くことになるが、このゲームでのファビアンスキを見れば、アルムニアと同等の信頼を置けるし、ギャラスの代わりは、このゲームのようにジュルーでもいいし、ベンチにはシルヴェストルも座っていた。ホームでは、まず失点をしないこと。そのためには、このゲームの後半のように中盤のスペースをビジャレアルに与えないことにつきる。