『スタートレック』J.J.エイブラムス田中竜輔
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J.J.エイブラムスが『クローバーフィールド/HAKAISHA』のプロデュースに引き続いて「スタートレック」映画化を手掛けると最初に聞いたときには、きっとこのシリーズに思い入れたっぷりなのだろうなと勝手に思い込んでいた。しかしどうやらインタヴューによると、どうも彼自身は「トレッキー」ではまったくないらしい。この作品についての絶賛の評を見ていると、いわゆる「ビギンズ」もの(元々のタイトル案は「STAR TREK:BEGINNING」)として製作された本作が、シリーズ作品の映画化というラインにおける達成をそれなりに成し遂げているらしいことは、エイブラムスと同じく「トレッキー」ではない私にもなんとなくわかる。ディテールは極めて丁寧に、そして精密に造形されているに違いない、と、あくまで憶測ではあるものの、このフィルムを埋め尽くす美術やオブジェの類を見て思った。上映前に偶然エレベーターに乗り合わせた、やたらテンション高く話しかけてきた「トレッキー」らしき外国人のおっちゃんもきっと満足したのではないか。
しかし映画を見終わった後、そういった部分についての具体的な印象があまり残っていないことに気づく。たとえば主人公カークが乗り回す宙に浮くバイクがどういうものなのか、たとえば登場してくる異星人はどういう種族で地球人とどのような関係を持っているのか、たとえば「エンタープライズ」がいったいどのように優れた戦艦なのか、たとえば敵艦が惑星を破壊するために用いるドリルやら「赤色」がどのような武器であるのか・・・・・・それらはたしかに「SFっぽさ」を示す記号としては機能している、けれども決してそれ以上のものではないのではないか。アイオワのバーでカークがウフーラと出会うシーンで、ちょうどふたりの間に座っているやたらと顔のでかく歪な宇宙人の存在がまるで気に留められないように、たしかにそこにあるものとしては示されるのだが、決して強く焦点を合わせられることはなかったのではないか。
では、エイブラムスは何を映し出しているのか。それは、決して「スター」ではない、若き俳優たちの姿だ。終始トラブルを起こしてはボコボコにされ顔を腫らし、また自ずから絶体絶命の窮地に陥らんとするカーク=クリス・パインをはじめとして、どの俳優も素晴らしい存在感を示している。ある種のぎこちなさや稚拙さを武器にして彼らは登場人物を演じている。とりわけ、没個性をその人生の命題とする異星人のひとりであるスポック=ザカリー・クイントが、かつてのコンプレックスであった「地球人の目」をその終盤で自身のアイデンティティとして回収する物語の強度は、決して説話の問題だけによるものではなくて、その俳優自身の身体=目という器官の力を信じなければ決して成立させられなかったはずのものだ(その一方で彼らに比べればはるかに知名度の高いウィノナ・ライダーやエリック・バナを、その個性をほとんど隠蔽するかのように映し出していることは非常に興味深い)。
『スタートレック』は、その一見SF的な形相をあくまで仮面であると率直に表明し、映画を何よりも俳優の側に引き寄せることを選択している。中盤以降に頻出する「物質転送装置」は、まさにこのスタンスを物語の内部で二重化――この装置はまさにこのフィルムの複数の(虚構の)空間に対する身体の優位性を指し示すための格好の素材だったに違いない――する。あるいは、カークの両親が敵艦の襲来によって引き離される冒頭のエピソード、窮地の戦艦の操縦室にひとり残った夫と、その限界状況において出産を迎えてしまった妻が、あたかも目の前にいるかのように示される偽の切り返しを用いた対話の演出からすでに、そのスタンスは表明されていたと言うべきかもしれない。シネスコを用いながらも、決して巨大なスケールの風景/空間を映し出すことに拘泥するのではなく、あくまで俳優たちの会話劇をクロースアップによってその肌のザラつきや湿り気とともに捉えようとする『スタートレック』は、その意味において正統に「顔」のフィルムを実現している。
それをたとえばクラシックな試みという言葉で呼べるかどうかといえば断言はしかねるのだけれど、しかしこのフィルムの成功に、何よりも俳優の存在を念頭においた演出が徹底されたことが大きく寄与していることは疑い得まい。J.J.エイブラムスというまだ若い作家にとって、その最初の監督作品『M:i:ⅲ』にて、トム・クルーズという例外的な――しかし同時に現代のハリウッドで最も重要な――俳優を中心に置いた作品を手がけたことは大きな経験だっただろう。そしてこれからもそれは大きな意味を担うことになるように思う。エイブラムス監督、トム・クルーズ主演の『クローバーフィールド』なんてものがあれば、是非目にしてみたかったものだ。
丸の内ルーブル他、全国ロードショー中