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October 19, 2009

『ヴィヨンの妻──桜桃とタンポポ』根岸吉太郎
梅本洋一

[ cinema , cinema ]

 もし根岸吉太郎にスタジオという背景があったなら、このフィルムはかなりの傑作になったのではないか。田中陽造のシナリオも太宰のテクストを活かし、松たか子をはじめとする俳優たちもよい。演出のテンポも揺らぎがなく、見事に収まっている。
 つまり、このフィルムはかなり良好な作品に仕上がっていることは認めよう。しかし、もしこのフィルムが同様のシナリオで同じ俳優たちで今から50年前に撮影されたとしたら、素晴らしい傑作になったのではないか。
このフィルムには、どこまでも時代が貼り付いている。戦後の街並み、省線、闇市、和服の女たち、そして放蕩の作家、苦学生から身を立てた弁護士、闇商売の飲み屋……。今、ぼくらの周囲を見渡しても、放蕩の作家はいるが、その他の要素は存在しない。今は決してない風景に、だから、根岸吉太郎は直面しなければならない。それらの背景は、まるでイタリアのネオレアリズモを校正する世界のようなのだが、ぼくらの回りには、派遣村はあっても、省線はもう走っていない。
 製作資金が潤沢にあれば、それらのすべてをオープンセットの中に作ることもできたろう。かろうじて省線は走らせたが、スタジオという構造と力を欠いた映画は、そうした世界を撮影するとき、ひたすら俳優たちに寄り添うことしか許されない。時代を明瞭に感じる背景を、俳優たちの背後につくることは許されないのだ。室井滋と伊武雅刀が演じる居酒屋の夫婦は、それなりに存在感があったが、その居酒屋に松たか子目当てでやってくる妻夫木聡の職業を工員だと思う人はいないだろう。彼にとって、工員という職業は未知の職業だ。つまり、根岸吉太郎にとって、『ヴィヨンの妻』を構成する諸要素を映画的に構築することは禁じられている。
 戦後を舞台にした映画も、その意味においてすでに「時代劇」なのだ。日本のどこにも、闇屋も、戦後の喧噪も残ってはいない。まるで江戸時代のフィルムを撮るように、この世界を再現するしか方法がない。かつての京都のスタジオには江戸の街並みが再現されていた。東宝のスタジオには銀座の街並みがあった。しかし、スタジオが崩壊した今、そうした「時代劇」は禁じられてしまった。根岸吉太郎は、そうした失われた世界に、痛切な哀惜を込めて、このフィルムを撮影しているようだ。
 太宰治生誕100周年がゆえに、このフィルムが撮られたのだろうが、ぼくらの住むこの現在の世界にも、まだ映画に撮りうる何かが残っていないのだろうか。

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