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January 23, 2010

『オルエットの方へ』ジャック・ロジエ
結城秀勇

[ cinema , cinema ]

 職場では偉そうにしているが好きな部下の女の子には頭が上がらない男が、偶然を装ってヴァカンスにその女の子とその女友達ふたりと、大西洋岸のとある海辺の町で2週間ばかりの夏の日々を過ごす。
 この映画のなにが素晴らしいかを一言で言えば、2時間半あまりあるこの映画のほとんどの時間で女の子たちがバカみたいに笑ってきゃあきゃあ言っているだけということだ。木靴を履いて踊ってはきゃあきゃあ言い、エクレア食ってはきゃあきゃあ言い、ヨットに乗ってはきゃあきゃあ言い、うなぎを床にぶちまけてはきゃあきゃあ言う。もちろんそんなヴァカンスもいつか終わる。夏の始まりと終わりでは、いろんなことが様変わりする。しかしたとえすべてが元通りでなくなってしまうにしても、いやそれだからこそ、あのバカ騒ぎに意味がないわけではない。
 喧噪とこみ上げる運動の中で、3人の女の子たちはもう誰が誰だかわからなくなってほとんどもう抽象的な「女の子」になる。もちろん彼女たちにもそれぞれに違った背景があり、違った顔がある。それをカメラはここしかないというくらい完璧に美しく切り取る。それらの顔は皆違って魅力的なのに、またひとたび彼女たちが動き出しバカ騒ぎを始めれば、それぞれの部分的な差異による美しさを、もっと普遍的な「女の子」の美しさが覆い隠してしまう。女の子女の子と書いてきたが、別に彼女たちはティーンエイジャーなわけでもなく、もういい大人だ。でもこういう女性たちはきっと死ぬまで「女の子」だろう。そうじゃない女は若いころから女の子じゃない。ダニエル・クロワジが好きでやってきたはずのベルナール・メネズが魅了されてしまったのも、そうしたものだったはず。静けさと倦怠の中でひとりの「女の子」に戻り、再びバカ騒ぎがやってくることで「女の子」全体みたいなものになってしまう3人の女の子を通じて、ちょっと世界に恋をする。
 この作品の助監督として名を連ねる、ジャン=フランソワ・ステヴナンの名前のせいだろうか。『オルエットの方へ』はどこかジョン・カサヴェテスの映画を思い起こさせもする。周りの男性の友人には、『ハズバンズ』の男たちのようであってほしい。周りの女性の友人には、いつまでも『オルエットの方へ』の女の子のようであってほしい。そんなふうに思えた作品である。


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