『スイングバイ』柴幸男加々本浩基
[ theater ]
3月22日、こまばアゴラ劇場の一階受付。私は自分の名前を受付係員に名乗り、整理番号の書かれたタイムカードを渡される。劇が幕を開ける20分前、番号で振り分けられたわれわれ「観客」は自らの番号を確認しながら待つ。番号を呼ばれたさきにはエスカレーター。係の方に案内されるまま、あたふたしながらも2階の劇場内入口へ。一歩また一歩と足を進めていく。タイムカードを押している前の人に習い、私もタイムカードを機械におとした。「月 13:50」という印字がなされる。座席に着席すると「社内報」なるものがプレイヤー(演者)によって配られる。われわれはあたかも自らがこの会社に来た新人社員のように振舞われていることに気がつくだろう。そうここは、ある会社の「入社説明会」の場所なのだ。そういうような説明を話しはじめるのは演劇の登竜門といわれている第54回岸田國士戯曲賞を前作の『わが星』で受賞した戯曲家の柴幸男氏ではないか! 演出空間で時の記憶に想いを馳せる人々の心を掬いだし、新たな演劇世界を構築してきた柴幸男氏。さて今回は、人類の歴史と巨大な高層ビルをリンクさせ、時間軸を巧みにずらした、彼自身の「仕事」にまつわる想いの詰まった独特の世界観を開花させている。
『スイングバイ』というタイトルは場面転換や回転、「空間が飛ぶ」という意味があるらしい。たびたび登場するプレイヤー(演者)が入れ替わり立ち替わりクロスするリズミカルなシーンでの場面転換は、会社のチームワークを表現しているのだろうか。私が思うにこの「スイングバイ」というタイトルにはなにかこう仕事でリフレッシュする、新たな一日の訪れの想いも込められているのだと思う。
現在と過去をリンクさせ繋げる。たとえば、1階から2万階……というふうに階数じたいを会社の歴史はたまた、人類の歴史になぞっている。すなわち(今日の)3月22日の階から過去の1年前のあの階や、20年前のあの階に行くことだって可能なのだ。けれど、セリフにもあるように「自分の過去を振り返ったものはしばらくするとつまらなくなって現在の階に戻ってくる」。今を生きないといけないということに気がつかされるのだ。この想像の積み重ねによる創作力のすばらしさ、独自の世界観には目を見張るものがある。この会社による、社員たちによる営みや人との関わり合いがこの高層ビルには「記憶」されているのだ。
社内報をつくるためにある社員が掃除のおばさんにインタビューする印象的な場面がある。彼女は上司から教わった言葉を支えに仕事をしている。誰にでもできるような仕事かもしれないが掃除をすることによって社員一人一人の手間を省くことができる、と。
社員12人が自分のする仕事を名乗ってはまた名乗るシーンがある。「私の仕事は○○です」と。一人一人いまある職業について個々人が様々な役割を果たして仕事をしている。子供のころ、手を挙げて自らの夢を発表するシーンとこのシーンがリンクして泪がでてきた。「私はケーキ屋さんになりたい」「僕はパイロットになりたい」などとまるで子供に返ったかのようにプレイヤー12人が手を挙げている。人は時とともになりたいもの就きたい職業がかわる場合がほとんどだ。将来の夢が、現実的な仕事をこなしていくといった責任感に変化していく。そういうことが身を持って感じることで社会人として、ひとりの人間が子供から大人へ巣立っていく。それでも日々の生活は続いていくのだ。
女子社員が後輩の新人に「会社は人間でできている」というようなセリフを発するシーンがある。会社は数多の人間のチームワークでなりたっていて、人間の社会は人と人の繋がりでできている。プラトンや聖徳太子などのような歴史上の人物だって人と人との間で大業を成し遂げてきた。会社の過去を行き来することと人々の生きてきた歴史をリンクさせた柴幸男から大きなメッセージを受け取った。だけどもなぜか明日への一歩へ踏み出す足元が軽くなった気分だ。