『ナイト&デイ』ジェームズ・マンゴールド結城秀勇
[ cinema ]
謎に満ちたエージェント・ロイ(トム・クルーズ)に連れ去られるようにして、ジューン(キャメロン・ディアス)は世界中を駆け巡る。カンザス、ブルックリン、南海の孤島、オーストリア、スペイン……。その移動の過程はほとんど描かれることなく、彼女の意識が薄れた後再び甦ることを意味する黒いスクリーンが、その距離を埋める。唯一映画だけが、その空間的な距離をなにも映らない映像によって代用することが出来る。ブラックアウトを伴う極めて受動的な移動(つまり観客である私たちが体験するのと同じもの)は、終盤トム・クルーズの生命の危機と共にやってくるホワイトアウトによって真逆のヴェクトルに変換される。
しかし、このように終始にやけたトム・クルーズの顔を見るのはいつ以来なのだろうか。『マイノリティ・リポート』『コラテラル』『宇宙戦争』などで彼が築き上げた「逃げるヒーロー」の像を継承しながらも、この映画で最も印象に残るのは、彼の(優秀なスパイであるにしてはあまりにも間の抜けた)惚けた微笑みなのである。走行中の車のフロントガラスにへばりつきながら発する「素敵なドレスだね」という言葉……。あるいはキャメロン・ディアスの策略(?)によって、スペインにおびき出され、それまでになくシリアスな振る舞いを続ける彼が、「会えて嬉しくないの?」というたった一言で、あまりにも無防備に銃弾の中をゆっくりと彼女を抱きしめに歩いていくシーン。ジョージ・クルーニーやロバート・ダウニーJr.のような俳優たちが、ケイリー・グラントという役者の業績を追いかけているように見える中で、グラントに最も近づいている俳優はトム・クルーズなのかもしれない。
ケイリー・グラントが美女の運転する自動車の助手席が似合う男だったように、この映画の最後、トム・クルーズはキャメロン・ディアスの運転するポンティアックGTOの助手席に収まる。もはや彼らには世界中を節操もなく旅する必要はない。細長いシネマスコープの画面の、狭い上下の枠に挟まるわずかな空間の距離を飛び越える力さえあれば。ここか、そこか。With me, without me. With me, without me……。